5話 異様な空気の流れ往く人

「心霊スポットって?」
と、人の行き交う校門のそばで、僕は振り向いて茉子に尋ねた。なんだか、時が止まったような気がする。
「えっ、もしかして行ってない?」
「行ってないも何も、そういう場所さえ知らないけど……」
「そう……。熱でもあるのかな、私……」
彼女はそう言って、覚束ない足取りで玄関へと向かって歩いていった。
「……」
僕はただ、その後姿を眺めていた。唖然というよりも、何のこと何だかさっぱり分からなかった。
「多分、私のことだと思うよ」
と、美久は言った。
「へっ?」
僕はそれに対してあまりにもみっともない声で答えた。周りの人はそんなことを取り止めることなく歩いていく。
「推測だけど、茉子には私が見えているんだよ」
「でも、美久だなんて一言も言わなかっただろ?」
「茉子も確証がないんでしょ? その、自分が見えていることに。それに誰かまでは確認できないんだよ」
「そうなのか……?」
「本人に訊いてみなよ。多分見えることに悩んでいるだろうと思うから。私には、そんなこと一言も言わなかったけど……」
美久はそう言って、僅かに肩を落とした。
お昼。普段は学食を食べる……。いや、いつもはそうしているのだけど、今日は弁当がある。明らかに怪しい。とにかく、浮く。これだけは間違いない。
「弁当!?」
と、僕がその包みを出したとき、茉子と聡司は異口同音に言った。茉子はその包みに釘付けだったけれども、聡司は声が重なったことに気付いて少し戸惑っている。
「確かに……」
と、それに対して美久は一人頷いていた。まあ聡司がそんな反応を示すのはいつものことなので、ここは気にしないことにする。
「どうして弁当なの?」
と、茉子は尋ねる。
「どうしてと訊かれてもなぁ……。事情を説明するには時間が要るんだよ」
と、僕は包みを取りながらそう説明した。いや、説明になってないか。
「自分で作ったんじゃないでしょ?」
「ん、まあ」
「じゃあ誰……?」
茉子はそれを聞いて、首を傾げている。美久はそれを見て、一人で笑っている。
「もしかして……、新しい彼女?」
と、聡司が不謹慎にもそう言った。
「なっ……」
どうやら美久の癇癪に触ったらしい。でもいくら怒ったところで二人には聞こえていな…
「えっ? でも……。ここにいるはずがないし……」
いや、どうやら茉子には何処となく分かったらしい。
「どうかしたの?」
「いや、美久の声が聞こえたような気がして……」
「えっ、川谷さん?」
と、まあ聡司は二人とも苗字で呼ぶ。そんなことはともかくとして。
「うん……。はぁ、やっぱり本当に熱でもあるのかな……」
熱とかそういうことじゃなくて、本当は……。僕は、言うべきか言わざるべきかと悩んでいた。
ちなみに、美久は食べなくても平気らしい。昨日の夜に食べていたことに関しては、食べても何も変わらないのだそうだ。どっちでも大丈夫って言っていた。彼女らしい少しお気楽な返答だった。
まさか茉子に霊感があるとは思わなかった。それに、聡司が茉子のことを好きだということも。あんなにも分かりやすい反応をしていたのに、気付いていなかったなんて。
しかし、あのお弁当を作ったのが新しい彼女だとは心外だった。私の存在に気付いてないとはいえ、渡晴がそんなにすぐに転換できるはずがない。そんなことくらい、聡司だって分かっているだろうに。
しかし、どうしたものだろうか。これでは、本来の目的が達成できそうにもない。まさか、逆恨みするわけにもいかないし。

「なあ、ちょっといいか?」
と、僕は予鈴が鳴って次の講義の準備をしに行こうとする茉子を呼び止めた。聡司はそれを少し気にしながら、食堂から出ていった。
「講義終わったからでいいから、少し話したいことがあるんだけどよ」
「私のこと?」
と、美久が口を挟むので、とりあえず軽く頷いておく。
「えっ?」
「別に、大したことじゃないから。とりあえずメインホールで待っていてくれないか?」
「う、うん……」
「じゃあ、よろしくな」
そう言って、僕は食堂を出ていった。
渡晴は気付いていない。私がこうして戻ってきた、本来の目的を。それから、呼び止められた茉子が微妙に戸惑っていたことを。果たしてこんな状況で、私がここにいるということを、渡晴が茉子に話せば、彼女はどういった反応を示すのだろうか。私が目的を達するには、それも必要なことだけど。
それが済んだら、できるだけ早く茉子と二人だけで話したい。そして、伝えたい。

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