The 47th story ローコ遺跡《その1》

「私は、こうやってついて来てくれるだけで、十分だけど……。あの四人はどう思って永輝と私を連れて来てくれるのかなって……」
そう言われて、永輝は何も言葉を返せなかった。
「永輝はあの時──柚愛さんが私の前に現れて私の感情を消していった時に、自分がそばに入れなかった責任とか感じてるんでしょ?」
「……まあ、多少は」
そんなことを言っているが、勿論内心は多少なんてものではなかった。
「そんなこと、永輝が気負う必要ないと思うけどね。でね、あくまで私の推測なんだけど……、多分永輝に私を助けてるって思わせたいんだと思う。力になってるってね」
「そうなのかな……」
「でも、実際のところは、こうして私と話しているか、観光してるかってところだよね」
またしても、永輝は沈黙せざるを得なかった。事実それ以上のことができただろうか。
「もう感情を戻すことも終わったし……、ちゃんと永輝に好きだって言ってあげられる。だから別に永輝がわざわざ遺跡を巡ることに付き合う必要もないんだよ」
思わぬ言葉に、永輝は驚いて頭をあげてから項垂れた様子で、
「そんなこと、言わなくても……」
「だから、私といたいからいる、私がいたいからいる。それでいいと思うよ。元々、私だって大して魔法が使えるわけでもないから、こうして遺跡の近くまで一緒についていく意味もないんだし。ふと思ったんだけど、あの時戻りたかったら戻ってもいいって未徠さんが言っていたのは、そういう意味なんじゃないかな」
言って、ふうと一息つき、
「今こうしているのはただの成り行きなのかもしれない。もしかしたら、せめて何処でどういうことをしているのかくらい、知っておけって意味かもしれないけどね」
「それはそれで、観光してるだけ、か……」
永輝は少しだけ肩を落として、建物が多く浮遊する宙を見上げるのだった。

一方、遺跡へと向かった四人は、情緒漂う古めかしい建物が一定の規則を持って建っている人っ気のない場所を、ハイドを掛けたままある程度まとまって動いていた。
『……柚愛』
先頭を行く未徠が後ろを振り返らずそう言う。もっとも、振り返ったところで柚愛の姿が見えるわけではないけれども。
『……何よ?』
少し間を置いて不機嫌そうな返事が返ってくる(もっとも、字面からの想像でしかないが)。
二人は永輝や美琴と別れてからもずっとこんな調子だった。
『恐らく、ここでも件の玖蘭という老人が現れる。嫌でも会うだろうから自分で確かめるといい』
『……そう』
相変わらず妙な間を挟んでそう返した。
莱夢と聖流の二人は、いつものこととして聞き流している。
いや、聖流に関しては寧ろ蓮香のことでいっぱいいっぱいなのかもしれない。
まるで浮気でもされているかのような感覚。ここまで信じてきたものが壊れてしまうかのような。
思い、聖流はふと柚愛と別れた時のことを思い出す。
喧嘩した勢いで飛び出した別れの言葉は、寸時にとどまらずその後ずっと尾を引くことになった。
そんなつもりで言った言葉ではなかったのだけども、気付いた時には彼女の心はここにはなかった。
彼女が飛び出していった直後取り繕えばまた彼女が戻って来てくれると高をくくっていた自分が、嫌になった。
幼馴染として、それから彼氏として付き合ってきた身からして、こうなっては彼女が戻って来てくれることなどないことも何処かで分かっていた。
それでも尚固執していたのは、何処かで彼女が戻って来てくれると信じていたからなのかもしれない。
それも、心を見て叶わぬ願いだと知った。
最初から分かっていたこと。願っても彼女はそうしないのだと分かっていたはずなのに。
そうしてようやく柚愛の存在を振り切り蓮香と共にいることを選べた気がした。
でも。そうなって気付けた距離があった。
もうあんな想いはしたくはないと思っても、その時既にその只中にいた。
気付いてしまったのだ。
彼女のことは何も知らなかった、知らされてなかった、知ろうとしなかったことに。
そこにあった確かな距離に。
まだ、幼馴染としても友人としても気遣ってくれる柚愛の方が近いかもしれない。
離れていった柚愛にさえそう思ってしまうほどの距離が蓮香との間にあった。
会えば労わってくれる、癒してくれる、そばにいさせてくれる。
それでも尚、彼女のことは何も知らないというに等しかった。
ようやくちゃんとその隣に立つ人として、彼女の傍にいれると思っていたのに。
実際のところ、蓮香が聖流に出自や仕事を本当に話す気がないのか、聖流には分からない。
もしかしたらもう一度訊けば快く話してくれるかもしれない。
そんな淡い期待が聖流の脳裏をよぎるのだった。

聖流がそんなことを考えて、柚愛がその背(辺り)をもの憂げに眺める。
未徠は二人の様子に構うこともなく歩き続けて、遺跡全体の真ん中あたりへと辿り着き、そこで一度立ち止まって、振り返る。
そうしてタシットで視覚情報を送り、感覚だけで距離感を測る。
おおよそ近くにいるだろうと思しきままで、未徠は呟く。
レリックがあるのはこの遺跡の何処か。場所はそれ以上は不確かだ。広い上に上下もあるのでそれ相応の時間がかかると予測されるので覚悟して置いて欲しい。今ちょうど四人いるので、ここから四方をそれぞれ分担して探すこととして、それ以上どうやって捜索するのかは任せる。ただし、見えないこと。これは必須の条件だ』
『……分かった』
聖流はそう短く頷いた。
『また、手間なことしてたのね。それも、美琴の、美空のため、か……』
『美空のためになるかどうかは分からない。しかし、美琴さんがそう望むなら、戻ったとしても……』
そこまで言って、未徠にしては珍しく言葉を濁した。
美琴の記憶がなくなるわけではない。だから、戻っても美空はそのことに納得できるだろう。いや、せざるを得ないという方が正しいのかもしれない。
でも、美琴は後悔しないだろうか。
『分からないよね、そんなこと。私は、今は美空ちゃんにまた会いたいからこうするだけ。永輝くんや柚愛ちゃんが納得できるなら、それでいいって思ってる』
『……どうあれ美琴さんがそうしたいというのだから、やると決めた限りはやる。たとえ他の誰に止められても咎められても、だ』

四人がそんな話をしている頃。
その遺跡には別に二人の人影があった。
「予想の範囲内でよかったな」
「次もそうとは限らないが……」
明鏡と紫水の二人は、四人の行動が見えるくらいの位置にいた。
もっとも、四人はハイドを使っているのでその姿を直接確認することはできないが。
なら、その上でどのようにしてそこにいることを確認しているというのだろうか。
「今回はあくまで警告だけという話だ。もっとも手を出されたらその限りではないが、恐らく彼らはそんなことはしてこないだろう。そういえば、デュート国が禁止しているのは我が国の幾つかの遺跡への侵入であって、巡回そのものではないから警告の際に注意しなければならない。他の国の制約はうちの管轄外だからな。あとは……、向こうが手のうちを知り得ない明鏡はこちらにとって有力だということも心得て置け。さて、準備はいいな?」
「ああ」
「しかし顔合わせ辛いものだな。ともかく、行くぞ」
紫水がそう言った次の瞬間、そこにはもう誰もいなかった。

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