The 46th story 空への憧れ《その1》

未徠と柚愛との間が気まずい状態のまま一段落して聖流と莱夢が慣れた様子でその二人をあしらう頃合い、ようやく六人はその場から解散して永輝と美琴は各々の家へと戻った。
聖流と莱夢は、永輝たちが家へと戻った後しばらく未徠と柚愛を茶化してから家へ帰った。
しんと静まり返った未徠の家では、未徠と柚愛がお互いにだんまりを決め込んだものの未だ牽制し合いながら相手の様子を窺っていた。
未徠は柚愛には帰るべき家があるのに何時までここにいるのだろうという気でいたが、こうなった手前、未徠は何も言いだせなかったし、柚愛も家へ戻ることができなかった。

そしてその翌日。
未徠の連絡で集合場所を再びディーティの丘、それから目的地をノール国ローコとして集まることになっていた。
約束の時間の十五分前くらいに美琴が永輝の家を訪れ、その数分後に二人は丘へと着いていた。
備え付けてあるベンチに座りながら他愛無い話をして待っていると、しばらくして柚愛が現れた。
「同じ時間に来るのも嫌だしね」
軽く挨拶を交わしてからそう言ったのち、しばらく逡巡してから柚愛は永輝の隣へと腰を下ろした。
それは永輝の美琴との間隔よりかはやや空けた具合の距離で、永輝は美琴の側に微かに詰め、美琴はその位置のわけを思う。
「思えば……、永輝さんは心配じゃないの?」
ふと柚愛がそう呟いた。
「何が?」
「ええっと、美琴の記憶が戻って美空だったときのことを思い出した時に、私のことが好きだって、美空が言うんじゃないかって……」
「ああ……。心配してないわけじゃないけど、僕が美琴にそれ以上に好きになってもらえれば……ね」
「……強いんだね。私はとてもそんな風には思えなかったよ。まあ、今だから言えることなんだけどね、多分、美空は私を選んだりはしないよ。だから私に関しては心配なんてしなくていいよ」
「どうして、そう思うの?」
そう美琴が問う。
「あの頃のことを思い返してみると、私が一人で善がっていた気がするし、美空はただそれに付き合っていただけなんじゃないかなって。家に行くのも私の方が多かったしね。そんな状況に私がただ固執してただけだったんだよ……」
そう言う柚愛の顔は妙に憂いを帯びていた。
「おはよう」
その言葉に振り向くと、そこには莱夢が来ていた。
「二人はまだ?」
「うん」
柚愛が答えて言う。
「……柚愛ちゃん、あれから未徠くんと仲直りしたの?」
「……まだ。ここにも何も言わず出てきちゃった。どうせまたいつものようにそのうち元に戻っちゃうんだから、いいんだよ、別に」
柚愛はそう言いながらも莱夢から目を逸らしていた。
「多分、そうなんだろうけど……」
「ちょっと気まずいだけだから」
言ってぼんやりと空を見上げる。
そこは雲がいくつか流れるだけで、綺麗に晴れていた。
それから莱夢が美琴の隣へ腰を落ち着けて、聖流が来るまで誰も何も言わなかった。

数分してやって来た聖流は、挨拶を済ませてから向かいのベンチに座って嘆息吐いた。
柚愛はそれを一瞥してから、立ち上がって永輝と美琴の傍へとしゃがみ込んで聖流に背を向ける。
莱夢はそんな二人を窺ってその場から立ち上がり、聖流の隣へと座った。
「どうかしたの?」
莱夢の呼びかけに聖流は物憂げに顔を上げて、
「昨日ああして言われてから、蓮香ちゃんとのこと考えていたんだけど、思い返してみると自分でもよく持っているなと思ってな……。彼女の名前は知っているけど、それ以外に何を知っているのかと自分に問うてもあまり浮かびそうになくて。もうある程度付き合っているし多くを知っている気になっていたけど、その実は何も知らない──知っている気になっていただけだったんだな」
「……あれから彼女には会ったの?」
「いや。昨日は会えなかった。何か、忙しいらしくてな」
「そう……。そんな状態だとは思ってなかったし、会っていい子だなと思ったから素直に応援してたんだけど。そういうわけにもいかないみたいだね」
「……。多分、何か事情があるんだろう」
目を背ける聖流に対して、莱夢は聖流の目をじっと見て言う。
「そう思いたくなるのも分かるけど。でも、聖流くんの言うことが本当だとしたら、私は聖流くんがこのまま蓮香ちゃんと付き合い続けるのを黙って見ていられない」
「っ!何もそこまで言うことはないだろう!?」
聖流はその場からばっと立ち上がって言った。莱夢は依然冷静な様子で、
「言ったところで聖流くんが蓮香ちゃんとの関係を変えるとは思ってない。それでも、私が言わないと他の誰も言わないでしょ?」
聞いて、二人と話していた柚愛がちらりと振り向く。
「……その、多分、言わないだけだと思うよ」
と、消え入りそうな声で言う。そうして、何事もなかったかのように向き直って二人との話に戻った。
「……」
「あ、おはよう」
「ああ……」
聖流が声のする方を見上げると、そこにはむすっとした表情の未徠がいた。
未徠は、永輝や美琴と話している柚愛をしばらく見遣ってから言う。
「さて、揃ったようなので行くことにする」

そうして、六人はノール国のローコへとトランスで移動していた。
「すごい……」
最初にそう声を上げたのは永輝だった。
「うわぁ……」
美琴も思わずそう呟く。
二人の見上げる空には、宙を浮遊する車や、支えなしに宙に浮かぶ円筒形の建物が幾つもあった。
空を所狭しと飛び交うその車の姿は宛ら鳥の群れのようだった。
もはやそこは鳥だけの楽園ではなく、人の住空間として確立されていた。
一方の地上にはあまり多くの建物は建っておらず、遊歩道と幾つかのポートがあるのが目立っている。
「えっと……、これはどうやって上へ上がるんですか?」
「あのエレベータを使うんだよ」
莱夢の指差す先には、円筒の上にドーム状の覆いをつけたような乗り物が上へ向かって移動していた。
中には五、六人くらいの人が乗っているようだった。
「あれの下にボタンがあって、押すと降りてくるの。で、それに乗って上へ上がるってわけ。まあ、空が飛べればそんなものも必要ないけどね」
聞いて、永輝は空を見渡した。
幾羽かの鳥がまるで吸い込まれるかのように建物の中へ入っていくのが見える。
そう数が多いわけではなかったが、それは際立って見えた。
いや、永輝にはそう見えていたという方が的確かもしれない。
空。フライの魔法。
数日前にそういう魔法があることを知って鳥になってから、少しごたごたしていたせいで取りつく暇がなかったもの。
美琴のことばかり考えていて、自分が等閑(なおざり)になっていたのかもしれないと永輝は思う。
もっとも、フライの魔法にしても劣等感から来るものであって、自分自身のためというのは些か肯定しにくいものだけども。
「もういいか?」
既にこの光景に大した驚きも見せない未徠が言う。
「ここにある遺跡は一般公開されていない、調査のためだけに入れる場所だ。セーハの遺跡のように忌避されているわけでも、ラルゴの遺跡のように放置されているわけでもない。だから、ハイドがないと難しい上、それでもバレないとは言い切れない。それに……、まあ、追々話すとして、今回は二人を連れていくのは難しい」
「……ああ」
永輝が応えて言った。
「ここにいれば飽きることもないだろうし……、適度に過ごしていてくれればいい。さて、行くか……」
そう言って未徠は二人に背を向けて歩き出す。
「それじゃあ、またね」
莱夢が二人にそう声を掛けてそれについて行く。
聖流は今にもまた溜息をつきそうな雰囲気で、柚愛はそんな聖流を少し後ろからぼんやりと眺めて、それぞれ未徠の後に続いて行った。
「……ここ数日思ってることなんだけど」
四人の後ろ姿を見ながら、美琴がふと呟く。
「うん?」
「私たちって、ただ観光してるだけじゃない……?」
そう言われて、永輝は返す言葉もなかった。

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