The 45th story 魔法管理省《その3》

一方、魔法管理省の方では珍しく会議が開かれていた。
「あの五人、いやもう六人かな?とにかく、彼らが遺跡を回るのも一日に一つっていう驚くほどの速さなの」
ホワイトボートの前に一人立った女性が、そこに書かれた文字を指し棒で示しながら言う。
「既にセーハトリルラルゴピアノと四つの遺跡を回ってる。あるかどうか分からないところも含めて、全部終わるまであと八つしかないの」
「……では、何故ここまで手を拱(こまね)いていたのですか?」
長机に座るのは四人。そのうちホワイトボードから向かって右側手前に座っている明鏡が尋ねる。
「頭の痛い話ね。一つはここまで早く回れるとは思っていなかったから。二つ目は彼らの動機からしてそこまで警戒する必要もないと判断していたから。三つ目は一応禁止していたけどここまでそれを破ろうなんて誰も考えてなかったから。そもそもここじゃ神を信じる人が少ないんだからそれも仕方のないことよね」
やれやれという風にため息をついて、
「あとは、ここのところ省のデータベースに不正なアクセスが増えているのよね。一般に情報が流れた形跡はないんだけど、あんな勢いで遺跡を回られたらここから持っていかれたんじゃないかなって思うじゃない?発表していない遺跡もはっきりしていない遺跡もあるのにそれさえものともしてないみたいだし。まあ、手続きに手間取っていたってこともあるんだけど、それはそれとして……」
「で、これからどうするんだ?」
今度は向かって左側手前に座る紫水が尋ねる。
「そうね。遺跡が全部であと幾つあるのかはっきりしないというのが一番面倒臭いところなんだけど、ともかく一度こっちから接触して警戒してるって示すところからかな。威嚇射撃みたいにね。いっそ捕まえちゃうのが一番手っ取り早いんだけど、できれば穏便に済ませたいしね。大ごとになればこっちだってとやかく言われるだろうし。会って警告して説得して、それに乗ってくれるならそれでよし、そうじゃなかったらまた別の案を考えることにしよう。というわけで、お二人さんお願いね」
そう言って彼女は明鏡と紫水の肩をぽんと叩く。
「私は最近ここに来たばかりだし、二人の方があの六人のことはよく分かってるでしょ?で、私はここで指揮を執るから。奥の二人は残りの遺跡の調査を引き続きして欲しいのと、六人の身辺調査もお願い。必要なら人員を割くから私に言ってね。それと、モニタの監視の方は新しい人を呼ぶことにするからそっちの方は心配しなくていいよ。あと、二人にはこれを渡しておくから。それじゃ、今回は解散ということで」
そう言って彼女は紫水に一部の書類を渡してからそそくさとその部屋から出て行ってしまった。
奥に座っていた二人も紫水と明鏡に軽く声を掛けてから部屋を出て行く。
そうして、部屋には二人だけが残った。
「……相変わらず、よく分からないものだ」
何ともなく、紫水がぼやく。
「ああ。上が変わったと思ったら向こうの知り合いであるはずの紫水をそうであると知っていながら引っ張り入れて、その上職務として彼らと接触を計れとはどういうことなんだ」
「今のところは、何かそれなりの意図があるのではないか、としか言えないな。意味もなくするようなことではないはずだ」
「それはそうだろうが……」
でもだからといって、と唸りながら続ける。紫水はそれを制して、
「ともかく、今は言われたように動く他ない。まずは次の彼らの目的地を調べて先回りできるように計ることから始める」
「ああ……」
明鏡はどうも釈然としないようだったが、致し方なく紫水の後に付いて次に彼らが行く場所を調べることにしたのだった。
一人先に会議室を出た彼女は、その足で自室へと向かっていた。
「どうして、こうなるのかな……」
そう独り言ちて嘆息吐く。その視線はやや下がっていた。
「本人は無理はしてないつもりなんだろうけど。無茶はしないでねなんて言ってないから仕方ないよね」
言ってもう一度深くため息を吐くのだった。

「さて、彼らの次の目的地についてだが」
省の建物内の一室。モニターのあった部屋とは別の場所で、二人は机の上に地図を広げてマークを打っていた。
ディーティで柚愛と美琴の間に一悶着あった後、先に美琴を見つけていた未徠が美琴の彼氏である永輝と幼馴染の莱夢と聖流を連れて、まずはミュークセーハ遺跡へ向かった。ここは遺跡もレリックの存在も公に公開されているところだ」
と言いながら、紫水は地図上のセーハの位置に黒字で二重丸を書く。
「ああ」
「で、次が同じミュークのトリル遺跡。ここは省としてはレリックがあるかどうか分からないという見解でそのことは一般には公開されていない」
そして地図上のトリルの場所に三角を書く。
「それからフィーロラルゴ遺跡。レリックがあることは分かっているがそのことは一般には公開されていない場所だ」
と言ってラルゴに丸を書く。
「そして昨日はピアノ遺跡。ここはピアノ鍾乳洞の方が名が通っている。もっとも鍾乳洞があるからそう呼ばれているだけだが。で、彼らがここを訪れたことでレリックがあることを確認できたが、省では今までここにあるとは目算されていなかった。もちろん一般にもそういう認識はない」
そう言ってピアノにばつ印を書く。
「つまり、場合によっては予想のつかない場所に行く可能性もあるということか」
「そういうことだ。そして今のところ候補地は、カントドルチェローココーダメノスイグアルコモドアーチェだ。カントはミューク、ドルチェはフィーロ、ローコ、コーダ、メノスはノール、イグアル、コモド、アーチェはデュートにある」
紫水は今度は赤いペンに持ち替えて地図上に印を入れていく。
「これで各国三つずつか」
「そうだ。それで、カント、メノスは、遺跡の中に入ることができず、コーダ、アーチェは遺跡があってもレリックがあるかどうかまでは分かっておらず、ドルチェ、ローコ、イグアルは、遺跡は一般には公開されておらずレリックの存在も明かしていないが省ではある程度確認済み、コモドは一般に公開されていてレリックがあることも分かっている」
「ふむ。なら、コモドは恐らく既に確認していると考えるのが妥当か」
「まあそうだろう」
「さっきの話だとここから情報を持って行っている可能性が高いから、ドルチェ、ローコ、イグアルあたりか……?」
「そう言うと思っていた。しかし、彼らはこちらが予想していなかったピアノを訪れている。つまり、それ以外に何らかの情報源があると考える方が妥当だ」
「……。それなら、その他の情報源の方が確実で、現状では次の目的地は分からないということじゃないのか?」
「いいや、そうでもない。あくまで彼らがここに不正アクセスをしているという前提の元だが、"他の情報源"がしっかりしているのなら危険を冒してまでわざわざ不正アクセスなどする必要はない。つまり、その"他の情報源"のみでは情報として不足しているということだ。これで何処にアクセスしているのか分かれば問題はないのだが、そんなヘマはしていないだろう」
「……ではどうするのだ?」
紫水は先ほどあの人に渡された書類を開いて、
「これによると、データベースの管理はおおよそ国ごとに行われていて、ここ数日の不正アクセスの状況を見ているとノールとデュートの情報を管理しているサーバーにアクセスが集中している。つまり、次がミュークやフィーロである可能性は低いということだ。これで五ヶ所まで減ったことになる」
「なるほど……。どのデータにアクセスしたか分からなくとも、どのデータにはアクセスしていないかは分かるということか」
「ああ。というわけで、この五ヶ所についてあのディスプレイで場所を特定できるようになればよいということだ。もっとも、とっくの前に情報を集め終わっている、という可能性も無きにしも非ずだが……」
「そこは高々二ヶ所だから、行けるようにさえしておけばいいんじゃないか?」
「まあ、そうか……。とりあえず、そこへ行ける人を急いで集めないとな……。単に会うだけなら苦労しないというのに、敵対するというのだから厄介だな……」
そう言って、紫水は一つため息をつくのだった。

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