The 43rd story ピアノ遺跡《その3》

未徠、莱夢、聖流の三人は、依然として鍾乳洞の休憩場所でサモンを使用して遺跡内を探索していた。
「ふと思ったんだけど、聖流くんは蓮香ちゃんにこの状況をどれくらい伝えてるの?」
椅子に座って手持無沙汰に辺りをほどほどに見回していた莱夢は、徐に聖流にそう尋ねた。
「俺が莱夢と一緒に未徠の仕事を手伝ってる、とだけ言ってあるけど……、それがどうかした?」
「いや、蓮香ちゃんがどれくらい知ってるのかなあって」
「あまりこのことは話してないからな。俺も、蓮香ちゃんが普段どんな仕事をしているのか知らないし」
「……そうなの?」
「それでよく関係が持つものだな」
と、傍にいた未徠が二人の会話に割って入る。
「まあ、お互いが干渉し合わずにいるからな。別に現状で困ることもないし」
「柚愛ちゃんにはあんなに固執してたのに、蓮香ちゃんには淡白なんだね」
その言葉に未徠がピクッと反応するも、莱夢はそれを一瞥するにとどまった。
いや、多少むくれているような気もするが。
「そんなつもりはない。あくまで俺が言えないから訊かないだけだ」
「……こうして旅に出る前から蓮香ちゃんと付き合ってたのに?」
莱夢に言われて、聖流は少し顔を逸らす。
「ん……、何ていうか、出会ってしばらくした頃──もうあれから半年くらい経つけど、その時に一度訊いて、はぐらかされたんだよ。それ以来訊けてないだけ。今はこんな状態だから、今更訊くに訊けないけどな……」
言いながら頬をぽりぽりと掻く。その目は一点を見定めてはいなかった。
「……それで満足なのか?」
今度は未徠が訊く。
「満足するとかしないとかそういうものじゃないと思う。今はただ、そのうちお互いに何でも言えるようになればと思うだけだな……」
そしてはあと一息吐いてみせる。
「つまり、これを早く終わらせろということか。予め場所が分かっているだけ早いと思うが、それでも何かと二人の足枷になっているのは確かだろう。あれもいつ動き出すか分からないし」
あれとは何なのか。莱夢が未徠にそう尋ねようとしたところで、
「ん?遺跡の奥に誰か居るようだな」
と、聖流が言う。
「またあの人か……?」
「分からない。場所はここだが」
タシットを使ってコウモリの辿った経路を送る。
それを予め覚えておいた鍾乳洞の構造と照らし合わせる。
レリックらしきものも見つからないのだから、まずはそこへ行ってみるしかない」
「この前も何処にあるのか教えてくれたけど、一体何者なんだろうね?」
「訊いてもあの調子だからな。俺は正直苦手だ」
未徠は立ち上がりながらそう言う。
「あまり気は進まないが、確かめない訳にはいかないだろう」
今一度そこまでの道を確かめて、気重ながらもまずは一歩踏み出すのだった。

辺りは最早岩と石、それから僅かばかりの高山植物が生えているだけの場所を一羽のカラスが飛んでいた。
より上へと飛び上がるには鳥にとって些か空気が薄い状態ではあったが、それでもまだその烏にとっては余裕があった。
山頂までは凡そ今までの三分の一ほど。
烏はより高くより高く、山の頂きへと向けて飛んでゆくのだった。

「ここの奥か」
「ああ」
休憩所を如何ばかりか出口の方へと歩いたところ、立ち入り禁止の縄が張られた比較的広い穴の前。
その奥は一般の見学路の通路のように整備されていないために暗く、足元の落ちつかない道といえるのかどうかという状態だった。
「見つかると厄介だからな」
そう言って未徠は自身にハイドの魔法をかける。
トランスが使えればもう少し便利なのにな……」
「中に勝手に入られても困るから、仕方ないよ」
「まあそうだけど、それでもな」
などと言いながら、二人も未徠のあとへと続くのであった。

一方、その頃永輝と美琴は、鍾乳洞のルートに沿ってゆっくりと歩いていた。
水とそれによって溶かされた石灰岩の見せる神秘的な光景に心打たれながら、少しずつ先へと進んでゆく。
昔話から普段のこと、例えば今日の夕御飯の予定、そして全てが終わったらどこへ行きたいか。そんな他愛もないことを話しながら。
それでも、言われたように鍾乳洞の様子と手元の地図を見比べながらのことだった。
自分が何か美琴のためにできることはないかと思っていることを知ってはいるが、しかし魔法使いたらざる身で在るが故下手に巻き込むことができないと考えているであろう(というよりもむしろそうであって欲しいと思っている節もあるが)未徠の配慮を感じつつ、そうであっても尚当人の傍に入れるのは自分しかいないと永輝は思っていた。
たとえ、この旅に同行してレリック捜索のために何ら関与できないとしても。
今あり、できることを精一杯する。それが永輝なりのやり方だった。
それに対して美琴はといえば、そんな永輝の気持ちを嬉しく感じながらそれと共に儘(まま)ならないその状況を不憫にも感じていた。
しかしながら、自分でさえ記憶が戻った後に永輝のことをどう思っているのか分からない状態であるからどうしようもなかった。
何か安息の得られるような言葉を掛けようにも何ら保証はないし、保証できる自信もなかった。
もし仮に美空に誰か好きな人がいてそれが今美琴が永輝を想うよりも強い力だとするならば、今何かの保証をすると恐らく義務感や罪悪感で永輝の隣にいることになるであろうということは容易に想像できたし、そういう事態にはなりたくなかった。
そして、永輝もそんなことは望んでいないだろうと美琴は思っていた。
実際のところは分からない。
永輝が考えているのはあくまでそんな事態にならないで欲しいということだけで、実際にそうなった時にどうするのかということは全く頭になかったのだ。
そんな二人はある場所へ来て、ふと立ち止まってしまっていた。
「見て、あれ」
「あっ、綺麗……」
いや、立ち止まらざるを得なかったのかもしれない。
目の前にあるテニスコートほどの大きさの泉が、さながら宝石に光を当てたかのように奥底できらきらと目映(まばゆ)く輝いていたのだ。

その少し前のこと。
「さっきの影はあれからあの場所を少しも動いてはいないな」
「待っているのか動けないのか、そのどちらかだろう」
三人は一般の観光用の通路からある程度入って外から様子が分からないようになった頃に、狭く湿った鍾乳洞の中をハイドを解いてライトで辺りを照らしながら奥へと進んでいった。
あと二度角を曲がれば影の元へ辿りつけるという頃合いで、先頭にいた未徠は進めていた歩を止めて言った。
『恐らくあの影は玖蘭と名乗った老人であろうと推測されるが、必ずしもそうとは限らない。場合によってはそれ以外の可能性もある』
『それ以外って、他に誰がいる可能性があるんだ?』
『ん……、ただの物かもしれないし、ここの職員かもしれない』
『物だったらまだしも、あそこから少しも動かないなんて待っているか待ち伏せているかのどちらかだろうから、何か囮でも放り込んで確かめてみればいいんじゃない?』
『囮か……』
未徠は言って少し思案すると、トランスであるものを呼び出した。
『……あの鳥かごか?』
『持て余してたからな』
未徠はそう言って灯りをなるだけ小さくして角を曲がっていった。
しばらくして、洞窟内に金属の落ちる音が響く。
『動きがないな。とりあえずは大丈夫なんじゃないか?』
『そうかもしれない。少し様子を見てくる』
『ああ』『気をつけてね』
それから辺りはしばらく静かになった。もっとも、タシットなので声に出しているわけではないのだけれど。
『……見てみたがどうも予想通りのようだ。二人とも来てくれ』
言われて、莱夢と聖流は一つ角を曲がって次の角の手前にいる未徠の元へと行きつく。
それを確認した未徠は特に気にする様子もなく角の先へと出る。
二人は少し先の様子を窺いながらその後に続いた。
「……ようやく来よったか」
やや疲弊したような声で玖蘭が言う。もっとも、前回会った時とさほど変わりないような気もするが。
未徠はその玖蘭の正面から向き合って尋ねる。
「一体あなたは何者なんです?こんな遺跡の奥に一人でいるのも、行く先々で遭うのも……。よもや、あなたが……」
「わしが何じゃ?わしはただ、この遺跡とレリックを管理して守っておるだけじゃ。それ以上のことはしとらん」
「ならこんな奥にいるのは?」
「手前にいては見つかるであろう?ここは出入りが多くて敵わん」
そう言って玖蘭は深くため息を吐く。
「それよりここのレリックも探しておるのじゃろう?ちょうどお主らの仲間が今おる場所に大きな泉があるんじゃが、その中から行けるところにある。多少遠いから今回はサービスじゃ」
そう言うと、玖蘭はゆっくりと大きく手を振り上げた。
「サービ──

──スとはどうい……、な、何、いや、そんな馬鹿なことが……」
驚くことに、三人は未徠が話している間に普通のルートへと戻されていたのだ。
この、人に対してトランスが使えないはずの遺跡の中で!
未徠は辺りの様子を窺うために見返る。
やはり同じように移動した莱夢や聖流が現状に戸惑っているようだった。
「……一体、何で?」
「これはどうやって……」
二人も状況が飲み込めないのかあたりをきょろきょろとしている。
未徠が改めて周りを確認すると、この先に泉があるのが見えた。
そこには玖蘭の言っていた通り、永輝と美琴と思しき人影も見える。
「ともかく、今は行くしかない。考えるのはここを出てからにする」
「ああ……」「うん」
妙な焦りを感じながら、三人は永輝と美琴の元へと駆けていくのだった。

「美琴ちゃん、永輝くん」
今だ泉を眺めていた二人が急に背後からそう呼ばれて驚き振り向くと、三人が駆けてくるところだった。
「どうしたんですか?」
「どうやらここにあれがあるらしくって」
そう言いながら莱夢は息を吐く。二人もその場について少し落ち着いたようだった。
未徠は二人に何も言うことなく目の前にある泉の前に立って、言う。
「ここの中から行けるのか。さっさと行って終わらせてくる」
軽く手を振ったかと思いきや、もうそこに未徠の姿はなかった。
代わりに湖面にまるで魚でも跳ねたかのような音と共に水面が揺れていた。
「未徠さん?」
「大丈夫、見えてないだけだから」
心配する美琴に莱夢が声を掛け、四人はただ未徠の帰りを待つだけとなった。

水の中はうっすらと濁っていて、前方に光が入ってるのか光のベールが見えていた。
恐らくはあそこから外につながっているのだろうと思い、未徠はそこへと向けて泳ぎ進んでゆく。
水の流れは穏やかで辺りは静まり、まるで何事もないかのようだった。
光の差し込む場所へと辿り着き上を見上げると、そこは眩しいばかりの光に包まれていた。
未徠は水面から飛び上がり元の姿へと戻る。
そこは鍾乳洞ながら綺麗な円筒形の形をしており、天面は筒抜けて青々とした空を写し、底面は四分の一くらいが泉、残りが平坦な陸、そしてここにも相変わらずあの石が置かれていたのだった。

──
ツナグモノヘ タクス

ラン
──

「とらん?」
呟くもよく分からない。
そんなことよりも寧ろこの異様な光景が薄気味悪く、早々と立ち去りたいという気持ちに駆られていた。
重厚な直方体の岩の塊を背にして水へと飛び込み落ちるまでに魚へと化ける。
そうして今度は来た方向と逆へ泳いでゆく。
まるで何かに追いかけられているかのように、逃げるようにして。

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