The 42nd story ピアノ遺跡《その2》

「昨日は、何時頃帰って来たんだ?」
三人の元からある程度離れてから、永輝は隣でパンフレットを眺めながら歩く美琴にそう尋ねた。
「暗くなって、少ししてから、かな……」
パンフレットから少し顔を上げて、だけども永輝を見ることもなしに返す。
「結局、何も見つけることは出来なかったけど。もう、他の日記もないんじゃないかな。十六より前も、十八以降も、一つとして出てこないから」
「そうなのかな……」
そこで美琴はようやっと永輝を見て、
「ほら、あの部屋に一度美空さんが現れた時に言ってたでしょ?"理由は言いたくない"って。ずっと少しでもきっかけがあるならと思って探していたけど、美空さんに全て隠されているか、処分されている可能性の方が高いから……」
永輝は聞いて少し眉を顰めた。
今の美琴を苛んでいる昔の美空を恨んでも、それは筋違いだと分かっている。
でも、いや、だからこそ、そのことに歯痒さを感じずにはいられなかった。
「それに、先にあの部屋を探した誰かが何処かへ持っていったのかもしれない。十七だけ、たまたま忘れられていた、とか」
それを聞いて、永輝の脳裏にふとあのときの疑念が過った。
「……あの三人が、意図的に隠したっていう可能性は?」
「考えなかったって言えば嘘になる。でも、十七の日記を見せた時の莱夢さんの反応は不自然なものじゃなかったし、何より今こうして私の記憶を戻したいってお願いに四人とも協力してくれているのだから、きっとそういうことはないと思うの」
「うん……」
永輝には、何もかも演技でないか、と、そんな考えが浮かばなくもなかった。
だけども、そうまでして消した理由そのものを隠すことに意味があるのだろうかと思って、止めた。
「紫水さんに会った時に、"心当たりはある"って言っていたでしょ?だからもう、私はそれでいいかなって思ってる」
「あの人が、知ってくれているだけでってこと?」
「そう。聞いたところでそれ以上教えてはくれないと思うけど、信頼はできると思うから……」
紫水が信頼できるというのには永輝も同感だった。
美空がどういう人物であったのか細かく告げ、自分に"美空を任せる"とまで残していったのだから。
「他の日記が気にならないっていえば嘘になるけど、もうこれ以上探すのも止めようかなって思ってる。日記の"彼女"っていうのもきっと柚愛さんだろうって分かったから……、もう、いいよね?」
「そうだね」
きっと美琴は"日記を探したいと思っている自分"に疲れているんじゃないだろうか。
だからこそ、それを止めるという選択を他の人にこそ認めて欲しいのではないだろうか。
そう思いながら、永輝は返していた。
「……あんまり上手く言えないんだけど、今は一度美空さんのことは忘れてしまいたい。もちろんこうやって遺跡巡りはするつもりだけど、神の元へと辿り着くという手段以外で彼女にアプローチすることはもう止めたいの。何をどうしたところで彼女になれるわけじゃない、ただ知っても知ってももっと知りたいと思うだけだから……」
「美琴がそうしたいって決めたんだったら、僕もそれについて行くよ」
「……ありがとう」
言って、美琴は遠くを見遣った。
そこには細いか太いか整備された道がうねりくねりしながらずっと続いている。
そのところどころに広い場所があって、棚田のように床が広がっていたり、天井から大きな円錐に近い形の柱が伸びていたりしていた。
「ここは本当、静かで涼しくて気持ちいい。もう何だかんだって考えることもそれほど意味がないんじゃないかなって思えてくる」
そう言って、美琴は前へ数歩駈け出してから振り向いて言った。
「ねえ、永輝。二人でお花見に行った時のこと、覚えてる?」
「確か君があの家に住むようになって一、二週間経った頃だったかな」
「そう。あの時もいい風が吹いてたよね」
「うん」
「吹かれて舞う花びらが綺麗だった」
美琴は永輝の腕を前から掴んで再び横へと並んで言った。
「また一緒に行こう?」
「うん、もちろん」
「約束だからね」
言葉と共に、美琴は永輝の腕をより近くへと寄せるのだった。

一方その頃柚愛は、ノール国メノスへと来ていた。
ノール国は他の国よりも科学技術が発展していて、都市部は他国にない未来的な形相を見せているものの、その田舎町は依然として自然を残していた。
とはいえ、ノールの田舎はやはり他国のそれとは逸していて、洗練された乗り物や家電用品が使用されており、自然──つまり緑の量も比較的少ない。
メノスは、そんな他の国でいえば大都会の隣町くらいの田舎だった。
柚愛は町の中心部にほど近い場所へ着き、そこから町の傍にそびえる山を見上げていた。
傾斜は三十度と四十五度の間程度、木は要所要所にある程度まとまって生えているものの植林されたのか綺麗に整列していた。
高さは二、三千メートルほどあって、上の方は冠雪している。
果たしてこんな山をカラスなどで登れるのだろうかと、柚愛は首を傾げる。
柚愛は過去に幾つかレリックを見たことがあったが──もっとも書かれている内容まで逐一記憶するようなことはしていない──、ある程度置かれている場所によって差があるとはいえ凡そ直方体の形をしていたことを思い出す。
未徠が言う通りレリックが山の頂上付近にあるのだとすれば、一体誰が何故あんな場所に、どうやってあの場所に運んで(若しくは加工して)レリックを設置したというのだろうか。
前のラルゴ遺跡にしてもそうだった。どう考えても人為的に作られたものだとは思えない。
だとすれば、やはり神が直接作ったと考えるのが妥当なのだろうか。
一般には、ある男がたまたま神に遇って、その後世界にレリックを散在させたと言われている。
そうして、その男が死に際に神とレリックの存在を遺言として残していったと。
伝聞として伝えられているその話が本当だとすると、彼は何故わざわざレリックを世界に散在させたのだろうか。
可能性として考えられるのは、彼が神に願いを叶えてもらった見返りとしてレリックを残したということだった。
だとすれば、ある程度説明がつく。
人為的なリスクと環境的なリスクを冒してまであんな断崖絶壁に作ろうと思ったことも作ることができたのも、神が命じて神が手を貸したからだ、と。
あんな山の上に作ることができたのも、神が手を貸したからだということになる。
すると、新たな疑問が沸いてくる。
どうして神はわざわざ辺境地や不便な場所にレリックを残そうとしたのかということだ。
来るきっかけを与える為に神がレリックを残させたと考えると、ある程度の試練を越えてこいということなのだろうか。
それも魔法を使えばさほど難しいことでもないのではないだろうかと思いつつ、柚愛は烏へと変じるのであった。
未だ玖蘭という存在があることも知らずに。
未徠、聖流、莱夢の三人は、永輝や美琴とは異なるルート上にあるとある休憩所へと来ていた。
ここは永輝や美琴が通っているルートよりも短く、見物(みもの)も少ないルートで、人通りも少ないだろうと踏んでのことだった。
案の定通りかかる人も疎らで落ち着いているようだった。
三人は一先ず休憩所に設置された椅子に腰掛けて他愛もない雑談を交わした。
そうして人のいない時を見計らってコウモリをサモンでまとめて呼び出し、すかさず彼らにハイドをかけた。
予め未徠が得ていた地図──これはパンフレットよりもより詳しく、永輝たちにも渡されている──を元にして、呼び出したコウモリたちを観光用のルートの横道へと霧散させ、彼らの超音波を使って内部の構造を一つ一つ地図との整合性を取りながら調べていく。
地図に示された道と異なる道筋がないか、若しくは奇妙なものが置いてあったり落ちていたりはしないか。
今までの通りならレリックにはある程度の大きさがあるだろうと考え、地図に示された道から地図以上に奥へ広がっている可能性が低く細いものを省いて、その残りの道を一つ一つ調べ上げていくのだった。

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