The 41st story ピアノ遺跡《その1》

その後。
永輝は今だ柚愛の告白の捉え方に悩むと共に魔法が使えないという決定的な差を実感し、美琴は結局あの後日記を探せないまま戻ってくることとなった。
未徠は紫水の帰った後で次の目的地であるピアノ遺跡に関する情報を収集し、柚愛は溜まったものを吐いたせいかすっきりとした様子で久しぶりに自宅へと帰った。
莱夢は柚愛が何故美琴の感情を戻したことを明らかにしなかったのかということを今だ気に留め、聖流はただ明日の遺跡への準備を淡々とこなすだけだった。

そうして、その翌日早朝。
一同はディーティの丘の上へと再び集まっていた。
「今日の目的地はフィーロ国ピアノ遺跡だ。ここは山村の近くにあって観光地となっている鍾乳洞だが、その全てが探索し尽くされているというわけではない。つまり、立ち入り禁止の領域へも踏み込む必要があるということだ。また、鍾乳洞全域の地図は比較的簡素なものしか得られなかった。場合によっては記されていない箇所があるかもしれないので、永輝と美琴さんの二人には一般の見学路から横道を探して貰いたい」
必要でないとは言わないが、ほぼそれに等しいだろう。
つまり、二人で観光でもしていればという計らいなのだろうか。それとも、二人で観光でもしてろという宛がいなのだろうか。
そのいずれにしても雑務を投げられたという心地で、永輝はそれに頷いて返した。
反論しなかったのは、ただ待っていろと言われるより幾分かましだと思えたからなのかもしれない。
「それから、柚愛には一つ、頼みたいことがあるのだが……」
突然名前を呼ばれて柚愛は不思議そうに未徠へと振り向く。
ノール国メノスの近くにある遺跡まで行って貰いたい。ただ、近いとはいえ、メノスから歩いて一日掛かる場所にある。メノスへは行ったことがあるのだが、この遺跡だけはどうしても遠い場所にあるのだ」
「……つまり、私に飛んで行けってこと?」
「まあ、そうなのだが……」
聖流は未徠の発言に少し首を傾げていた。
確か以前に二日掛かる遺跡があると言っていたはずだ。遠いから任せるのだとすれば、何故その二日掛かる方を任せないのだろうか、と。
「二日掛かる遺跡もあるんじゃないのか?」
「ああ……、山道だからな。聖流に一日で行けるとは到底思ってない。その点、飛べば直線コースで行けるから一日と言わずともより早く着けるはずだろう」
事実なだけに、聖流には云とも言えなかった。
「分かった。そういうことなら私が行くしかないよね。それで具体的に何処にあるの?」
「それはだな──
そうやって二人で談議している最中、
「美琴ちゃん、永輝くん。どうして柚愛ちゃんは魔法を解いたことを私たちに言わなかったの?」
言うことを渋っていた柚愛には直接訊き辛いのか、莱夢はその疑問を二人に尋ねていた。
「今その理由を明らかにしていいのか分からないのですが……」
年齢が明らかになっても今更変え辛いのか、永輝はそう断わってから、
「少なくとも、誰かが悪いとか、誰かに遠慮しているとか、そういう理由ではないですから」
「そう……、ありがとう」
そういうことが知りたいわけじゃないということは、永輝も分かっているのだろうと莱夢は思っていた。
やはり本人に直接訊くしかないのだろうかと思いつつ、未徠と話している柚愛を窺う。
莱夢には、柚愛はあの手紙を貰う以前とも共にお風呂に入った時とも違う、別の一面を見せている気がしていた。
吹っ切れたというよりもすっきりしたというのが適切だろうか。でも、忘れたわけではないのだろう。
一方、柚愛の向かいに立つ未徠は、相変わらずこの遺跡を巡るという工程を淡々とこなしているように見えた。
何か煩うことがある様子はない。
だけども、莱夢にはそれこそが気がかりだった。
莱夢はそれが要らぬ心配ではないかと思いつつも未だその心配を止めることができないでいるのだった。
「さて、準備もできたので、そろそろ行くことにする。柚愛、メノスの件は任せた」
「うん。じゃあ、行ってくるね」
柚愛はそう言うとその場からトランスでいなくなった。
「まずは一度ピアノへ行く」
言い終わってから、未徠は五人をピアノへとトランスさせたのだった。

鍾乳洞をメインに据えた観光地として、ピアノの町へと訪れる人は多いようだった。
幹線道路から鍾乳洞へと延びる道はその両脇に幾つもの店舗を抱え、多くの人通りがあった。
五人はそんな中を少し距離を置いて二人と三人で連れ立ちながら、両脇の店舗にあまり目を呉れることもなく歩いていた。
先を行くのは未徠と莱夢、聖流はそれに気を遣ったのか後ろを歩く永輝と美琴の傍を歩いていた。
もっとも、どちらにいたとしても居心地が悪いような気もするが。
未徠と莱夢は、遺跡へと続く道を人を避けながら比較的ゆっくりと歩いていた。
「柚愛ちゃん、今日中に戻ってくるかな?」
「多分な。そう遠いところにあるものでもないし、無理はするなと言ってあるから厳しいようなら戻ってくるだろう」
「そう……」
未徠は、莱夢が言って微かに嘆息吐いたことを見かねて、
「……今はその気持ちに応えられるだけの余裕はないからな」
「あっ、うん……」
気付かれて嬉しいのかそれとも恥ずかしいのかよく分からない心持ちでそう返す。
それから喧噪の中に消えるほど小さく、
「そういうつもりじゃないって言えば、嘘になるけど」
「まあ、なんだ、とりあえずあいつに嫉妬しても仕方がないだろう?」
言ったのが聞こえたのかどうかは定かではない。ただそう返しただけだった。
「そう、だね」
「俺はただ、兄として心配なだけだ。それ以上でも以下でもない」
ぐっと前を見据えて、莱夢の顔を窺うことなくそう言う。
「分かってる、つもりなんだけどね」
一方の莱夢は、俯き加減でぼんやりと舗装された地面を見ていた。
「あまり気に病むこともない。事が済みさえすれば、しっかり向き合うつもりでいるから」
「うん、ありがとう」
「いや、礼を言われるようなことをしているつもりはない」
などと言いながら、未徠は微かに頬染めているのだった。

そうして五人は遺跡の入口へと到着した。
まずは受付で五人分の入場料を払い、鍾乳洞の中へと踏み入る。
そこは柔らかな乳白色が辺りを包む空間に、観光客の会話と落ち流れる水音が響いていた。
都会とは違う、まさに静寂こそがその場所の在り様であるようだった。
未徠は受付で渡された案内図をまずは永輝と美琴に手渡し、
「二人は辺りに注意しながらゆっくりと奥へと進んで欲しい」
"ゆっくりと"を強調しながら告げて、二人がそれに首肯して歩き出しある程度距離が離れてから、三人も歩を進めた。
「ここは立ち入り禁止の場所も多いからあまり無闇な詮索はできない。そこでサモンを使って内部の構造を探ろうと思うのだが……」
「……もしかして、コウモリを使うのか?」
「そうだ。暗所でも閉所でも探ることができる上、この辺りには多く生息しているだろう。二人は同時に幾つくらいまでならできそうだ?」
未徠が問い、二人はしばらく思案してから、
「十くらいかな」
「十五が精一杯だろうな」
「なら全部で五十くらいになるか」
そう言ってからパンフレットを取り出して、
「まずはここの休憩所まで行って、そこで雑談でもしながら三手に分かれて探すことにする。より詳細な地図はその時に」
「うん」「ああ」
算段が整った三人は、共に幾分か足を速めて休憩所へと急ぐのだった。

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