The 40th story 事実の発覚《その2》

「今度はあんなところに……」
明鏡は、ディスプレイを見ながら紫水の奔放ぶりに些か呆れていた。
それでも、また何故か許可が下りているのだろうとも思っていた。
しかし現実には許可など下りておらず、紫水の独断であった。
既にそのやり取りに辟易していた明鏡は、そうとも知らず聞かずじまいになるのだった。
「もしかして……、美空さんの日記に出てきた"彼女"って、柚愛さんのことじゃないか?」
柚愛が帰った後、美空の家のリビングでぼんやりとしていた美琴に、永輝はふと思いついたように言った。
「そうかも、しれないね……」
それに対して、美琴は少しだけ顔をあげて返答した。
しかしその言葉にあまり力はなかった。
「しばらく一人になりたいの。先に帰って貰っていい?」
「ん、ああ……」
「それじゃあ、永輝のうちのリビングに送るから」
「うん」
永輝がそう言うのを聞いてから、美琴は永輝をトランスで転移させた。
「……あの抱擁も涙の意味も、好きだった美空さんと会えたから、かな」
ぽつりとそう呟いて、
「私自身が必要とされていたわけではないなんてこと、最初から分かっていたけど。最初から見ていたのは美空さんだけで、彼女の目に私が映ることはなかったもの……」
はあとため息をついてからおもむろに立ち上がり、はたと思い出したように膝を打った。
それから彼女は、永輝を気遣って進んで開こうとはしなかった、柚愛から借りている教科書を自宅から取り寄せた。
ページを二、三めくり、目次が表示されている項目を開く。
そこには幾つもの魔法の名前が、その主な目的と共に記載されていた。
それを左端から順にたどって探してゆく。
魔法についての基礎知識から始まり、汎用性の高い魔法、使用頻度の比較的高い魔法、それから少しトリッキーな魔法まで。
その中に見つけた文字は、セント。残り香をたどる魔法。
探索系の魔法があれば、他の日記も探すことができる。
今度は十六ではない。あの日記の後の十八を探すためだった。
あの日記(十七)には、その日あったことが淡々と書かれているだけで、何一つ記憶を消した理由については書かれていなかった。
そして、それは常に"彼女"と共にあった。
"彼女"が誰かではなく、このあと"彼女"とどうあるのか、それが寧ろ気になっていたのだった。

一方、自宅へと帰ってきた永輝は、片付けている途中だったことに気がついて台所に立った。
湯呑みを洗いつつぼんやりと思うことは、先ほど柚愛が言ったことだった。
"今でも美空のことが好きだから"
永輝が今思うところでは、美琴と美空は別人物だった。
しかし美琴が美空の記憶を戻したとなると、その後の彼女は果たして美琴なのだろうか、それとも美空なのだろうか。
恐らく記憶としては両方を持っている。それは、美琴であって、美空でもあって、そのどちらでもないということだろうか。
今は二人が別人物だという認識があっても、元々、そしていずれ同じ人となるのなら、柚愛が言ったことはまさに同じ人が好きだということでしかなかった。
その言葉を自分はどう捉えればいいのか、永輝は思い悩んでいた。
素直に嫉妬すればいいのだろうか。
それとも、今は関係のないこととして、他人事だと済ましてしまうのだろうか。
いや、彼女のその気持ちに同調するという方向性もあるのかもしれない。
今はそのあたりをどう思っていいのか、どう感じていいのか、永輝はよく分かっていなかったのだった。
彼は、それとは別に、美琴自身が柚愛の告白をどう受け止めるのかということも気になっていたが、敢えて触れないで置こうと思っていた。
危惧することはない、それで彼女の気持ちが揺らごうなどということはないと信じていたからだ。
とはいえ、同じ立場に立たされたらと思うと、それはそれで心配にならざるを得なかった。
一人にして欲しいなどと言われたけども、果たして一人にしていいものだろうか、と。
大丈夫だと信じていたいけれども……、だからこそ彼女に応えたのだ。
でも……。
今となってはあの場所に届くことはない。彼女と同じように魔法が使えるわけではないから。
せめて魔法が使えれば。
永輝のその願いは、他のメンバーとの感覚的な距離をより遠いものへと変えていくのだった。

「思えばあれからもう一年も経っているのだな」
あれからしばらく沈黙が続いた後に紫水がふと気付いて言った。
「ああ」
「未徠が美琴の居場所を突き止めたのが一ヶ月くらい前だったか。省を挙げたにしては遅いくらいかもしれないが」
「柚愛のたどり着くのが思いの外早かったからだ。もう少し時間がかかるかと思っていたが……」
「さすが柚愛だな。そこまでフライの魔法に長けているとは予想外だった」
未徠はそう言う紫水の言葉を聞いて、まるで自分が言われているかのように少し照れていた。
「まあな……」
「……なんというか、お前のシスコンぶりも相変わらずだな。少し安心した」
「いや、俺は兄としてだな」
「分かった分かった。しかし、もう柚愛も三十になるのだからな?」
「ん……、ああ……」
分かってはいるが、といった様子で応える。
しかし紫水の目にはとてもそうとは映っていなかった。
「ほどほどにしないと鬱陶しがられるだけだと……、いや、私が言うことではないな」
「まあ、これからはあいつもついてくるらしいから」
俺も安心できる、ということだろう。結局未徠は分かっていないなと、紫水は思う。
「ん、そうか……。その方が、美空のためにもなるかもしれないな」
紫水の言ったそれに未徠は首をひねり、
「それは、どういう意味なんだ?」
「いや……、まあ、こっちの話だ」
柚愛がどういう人柄なのか、それを美空が再発見するにはいい機会かもしれないと紫水は思っていた。
単に記憶を戻すのではなくて、消した理由を根本的に解決しないと意味はないだろうから。
「……もしかして、紫水は美空が記憶を消した理由を知っているのか?」
未徠は、先ほどまでとは違う真剣な表情をしている。
紫水には美空が記憶を消した理由を未徠がこれだけ気にするわけも分かっていた。
しかし、だからこそこれを未徠に言っていいものかどうか悩ましいところだった。
とはいえ、そのために嘘をつくというのは忍びない。それにばれた時が手間になるだろう。
「知っている。だが言えない」
「それはどういう……」
「説明くらいはしても大丈夫だろうと判断してだが。まず消した理由が書いてあったのはあの残された手紙だ。そこに恐らくこれが理由だろうと思われることが書いてあった。あくまで明確にそうだと提示してあったわけではないということを予め断わっておく」
「うむ。で、何故言えないのだ?」
「私が訊いた限りでは、他の人の手紙にはそういったことが書かれていなかった。ただ、莱夢だけはどうなのか訊けていないが、恐らく書かれていなかったのだろうと思う。一方で、あの手紙は個人に宛てて書かれたものだ。つまり書かれていた内容は明確にその個人に対して書かれている。だから、他の人の手紙にはなく私の手紙にだけに書かれていた内容をおいそれと話していいものか、と」
「そうか……」
一先ずこれで未徠が納得したようなので紫水は内心ほっとしていた。
未徠にすんなりと言えないことへの建前上の理由ではあったが、未徠の目を誤魔化すにも遜色ないようだった。

一方、セントの魔法の存在を知った美琴は、あの書斎で早速その魔法を使っていた、が……。
「……はあ」
書斎の真ん中に立って、美琴は一人嘆息した。
それも無理はない。
元よりここは美空の家。辺りは美空の私物ばかりであったため、セントの魔法にはその全てが反応したのだった。
「他の魔法をあたろう」
そう言って美琴は部屋を出ていった。
美琴が日記を探すにはまだまだ時間がかかりそうだった。

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