The 39th story 六通の遺書《その2》

「あと、話したいことなんだけど……、私が美琴の感情を消した理由を話しておこうと思うの」
「もういいのか?」
「うん。これから一緒に旅をすればいずれ言わなくても分かることだろうし、隠したまま一緒にいるというのも変な話だからね」
柚愛は、軽く笑いながら言って、
「その、私が勝手に思っていたことだから、軽い気持ちで聞いて欲しいんだけど……」
と、断わってから、その理由とやらを話し始めた。

私ね、実は美空のことが好きだったの。
友達としてとかじゃなくて、一人の女性として。
女の人が女の人を好きになるだなんて変だとは思っていたんだけど、それでも自分に嘘はつけなかった。
えっと、どうしてそうなったのか気になると思うんだけど……。
二人は知っているのか知らないけれど、私は元々聖流と付き合っていたの。
でもふとした出来事でふられちゃって。
今思えばどうしてあんなことで、なんて思うんだけど、きっとそういう運命だったんだと思う。
ともかく、そうやって彼と別れてから、私は一人公園のブランコに座っていた。
そこに彼女が来て、"私でよければ、いつでも柚愛の止まり木になるから"って。
ただそれだけだといえばそうなんだけど、そのときの私はその言葉ですっと気が楽になったの。
それから、よく彼女の元へ行くようになって、気がつけば好きになっていた。
それじゃ、説明になってないって言うかもしれないけど、好きになっちゃったんだから仕方ない。
自分の気持ちに気がついてからは、今までに増して彼女の元へ行くようになっていた。
彼女がそれをどう思っていたのか、私には分からない。
彼女には同じように好きでいてくれればなんて思ったりもしたけど、現実的に難しいことは分かっていたつもりだった。
でも、それと同時に分かっていても僅かにでも可能性があるだろうって思っていたのかもしれない、時々本気で願ってもいた。
そんな最中、彼女は何も言わずただ五通の手紙だけを残していなくなってしまったの。
私はそれから世界中を巡って彼女を探したけども、彼女は何処にもいなかった。
最初の頃は一体どうしたのかと心配していたけれども、どうして私に何も言わずに言ってしまったのかということと、恋愛感情なんてものがなければこんな風に思うこともないのにということが相まって、美琴の恋愛感情を消すことになったの。
当て付けだって言われるかもしれないけど、あの頃の私にはそんな風に考えることもままならなかった。
ただただ焦燥感と憎しみに駆られて、一心不乱に探していた。
そうしてやっと見つけたのがあの日だったの……。

「こうやって言うのもなんだけど、私は今でも美空のことが好きだから」
そう言って、柚愛は話を締めくくった。
「あっ、誤解しないでね。別に、記憶が戻ったときに永輝さんの邪魔をしようなんて思ってないから」
「ん、ああ……」
腑に落ちないといった表情で永輝は応える。
「でも、いきなりこんな話されても迷惑だよね。二人には直接関係ないことだしさ」
柚愛はそう言って小さく笑うも、そこには寂しさがにじみ出ていた。

「どうも、様子が変わったようだな」
「ああ……」
魔法管理省内の一室で、二人はディスプレイを眺めながら呟いた。
「……しかしここに居てても仕方ない。少し出掛けてくる」
「ん、何処へだ?って、もういないのか……」
明鏡が振り向くと、そこにはもう紫水はいなかった。

「邪魔をする」
紫水が着いた先は、未徠の家だった。
「紫水か。久しぶりだな」
未徠は一瞥し、その姿を確認して言った。
「なんだ、素っ気ない。お茶の一杯でも出したっていいだろう?」
未徠の向かいのソファ──そこは図らずも先ほど柚愛が座っていた場所だった──に座って、紫水はティーポットとカップを取り寄せ、ミルクティーを二杯入れた。
「それで、何の用だ?」
「省から美琴さんの保護を任務として受けていたはずだが、一体どうなっているのだ?せっかく、私が根回しをしてその仕事が回るようにしてあげたのに」
「そんな形で受けなくても、行くつもりだった」
「省を動かしたからこそ柚愛よりも先に美琴さんの元へ行くことができたということ、分かっているのだろうな?」
「ああ……、ありがとう」
そっぽを向いてそう言う未徠に、紫水はため息をつかずにいられなかった。
それでも、未徠だから仕方ないかと割り切ってもいたが。
「しかし、今はもう協力を仰ぐ必要はない。柚愛は魔法を解いて戻ってきたからな」
「……次は、美空の記憶を戻すつもりか?」
「美琴さんがそうしたいというのなら、俺はそれを手伝うまでだ」
「そうか。省の方は未徠を野放し状態だが、今後どう出てくるのか分からないからな?」
「……ああ」
「分かっているならいいが」
紫水は目の前のカップを手にとって一口飲む。
「……」
少しだけ間を空けて、もう一口飲んでから、
「あの日、彼女は手紙を残して去ったが、未徠の手紙にはなんと書いてあったんだ?」
「確か、急にいなくなってごめんとか、探さないで欲しいとか、柚愛のことを気にしてあげて欲しいとか、そんなことが書いてあったな」
「そうか。私宛のものにも、似たようなことが書いてあったが……」
紫水は、聖流に尋ねたときにも、自身のものに書いてあったような"記憶を消した理由"を彼が挙げなかったことを思い出す。
未徠のそれに書いていないのだとすれば、恐らく柚愛のものにも書いてないだろう。
莱夢のそれになんと書いてあったのかは分からないが……。
未徠と柚愛が当事者だとして、それなら聖流のものには書いてあってもよいものだが、そうではなかった。
つまり、私のものに書いてあったということには、何か意味があるのだろう。
そんなことを思いながら、紫水はミルクティーを手に取った。

一方、柚愛の話を永輝の傍で黙って聞いていた美琴は、柚愛の突然の告白に戸惑っていて、確かに今までそういう雰囲気を感じたことがあったけれどもと、思い返すのがせいいっぱいだった。
「その、私っ」
「ん?どうしたの?」
美琴の一声に柚愛は笑みを込めて答える。
「こういうとき、なんて言えばいいのか、わからなくて」
「うん、私が勝手に想っていただけだから、気にしてくれなくてもいいよ。それに、記憶が戻ればきっと、ね」
そう言って、笑顔からはたと何かに気付いたかのように表情を変え、
「もしかすると、私はただ、彼女が本当はどう思っていたのか、それを知るのが怖くて記憶を戻すことに反対していただけかもしれない」
と二人に聞こえないくらい小さく呟き、それを二人が聞き返す間もなく、
「それじゃあ、また明日」
と挨拶をして、柚愛はその場からいなくなったのだった。

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