The 38th story 六通の遺書《その1》

一方、残された永輝と美琴は、その場を粗方片付けた後、居間へと移り二人で話していた。
「あの日からいろんなことがあったけど、とりあえずこれでよかったのかもしれないな」
「うん、何処かでは"過去"についてはっきりさせなきゃいけないと思ってたから……。ああ、そういえば、昨日見つけた美空さんの日記の一つ前を探しにいきたいんだけど……」
「うん、それならあとは僕がやっておくから、行ってくればいいよ」
「ありがとう。何か分かったら、知らせるね」
そうして、美琴はトランスでその場からいなくなった。
居残った永輝は、それにしてもあの日記によく出てきた"彼女"とは一体誰なんだろうと、一人思っていた。

美空の家へ着いた美琴は、あの書斎へと入った。
そこは、書斎にしては若干広めの部屋で、床は赤の絨毯、壁は本棚で埋まっており、本棚に入りきらずに床に平積みにされた本が多くあった。
彼女は、そんな雑多な空間の中へ分け入って、昨日日記を見つけた周辺を捜索し始める。
積み上げられた本を上から順番に確認して、部屋の空いたスペースに別の山を作る。
そんな単純作業を繰り返しながら、表紙に"日記帳"と書かれたものを探す。
ただただ、ひたすらに。

「ちょっと、出かけてくるね」
柚愛は、ソファに腰掛けて軽く目を閉じている未徠に声を掛ける。
「ああ……」
未だ力なく頼りない返事をする彼に対して、
「大丈夫、ちゃんと戻ってくるから」
と言って、柚愛は永輝の家へと転移したのだった。

「うわっ!」
柚愛が転移した先では、彼女が突然目の前に現れたために永輝が驚いて湯飲みを倒しそうになっていた。
「あっ、こんにちは」
「ああびっくりした……。できれば玄関から入ってきて欲しいのだけども……」
永輝は湯飲みを両手でしっかりと持って言った。
「ごめんなさい。ところで、美琴は今何処にいるの?」
「美空さんの家だけど」
「美空の家?どうしてそんなところに?」
「何か、美空さんの手掛かりになるものが見つからないかって」
「そう……。二人に少し訊きたいことと話したいことがあるのだけども、永輝さんは今大丈夫?」
「ああ」
「じゃあ、美空の家に行くね」
そう言ってから、柚愛は永輝と共に美空の家のリビングへと転移した。

その頃、聖流と別れた莱夢は、一人自宅のリビングにある椅子に腰掛けて、あの日のことを思い出していた。
彼女が美空がいなくなったことを知ったのは、未徠が柚愛の居場所を尋ねてきたときだった。
タシットでの連絡は、確かに柚愛の元へと届いていて、数回に一度ほど柚愛から投げやりな無事だという返答が返ってくるものの、一体何処にいるのか分からないとのことだった。
そんな連絡を受けてからしばらくして再び莱夢の元へ入った連絡は、美空の行方も分からないということと、彼女の家に四通の置手紙があったということだった。
未徠によると、数日前に突然柚愛が美空の居場所を尋ねに来て以来柚愛には会っておらず、美空に何かあったから柚愛がいなくなったのではないかと思い、美空の家へ行ったところ、手紙を見つけたらしい。
莱夢が美空の家へ行ったときには、既に聖流、未徠、紫水がいた。
未徠に手渡された封筒を手にとって、そこに柔らかなタッチで書かれた宛名を確認した後、彼女はその封筒を開ける。
そこには、急にいなくなってしまったことへの謝罪と、一通の手紙だけで離別の挨拶を済ましてしまうことへの謝罪、それから自分を探さないで欲しいということと、未徠と柚愛をよろしくということが書かれてあった。
読み終わって、莱夢は柚愛が未徠の元を尋ねた日と同じ日に自分の元へも来ていたことを告げた。
未徠はそのことに礼を言ってから、美空へはタシットが届いていないかもしれないと言った。
その理由として投げた言葉に実感がないこと、返事が全く返ってこないことを挙げて、柚愛よりも美空を先に探さなければならないこと、美空を見つければそこに柚愛が来る可能性が高いことを告げ、自ら彼女を探しに行くと言い出した。
紫水は、そうやって逸る未徠を叱咤し、冷静になるように促した。
一方聖流は、俯いたまま何も言わなかったのだった。

さて、美空の家に着いた永輝と柚愛は、書斎で日記を探していた美琴を呼びに行き、リビングの椅子に腰掛けていた。
「まず、話さなければならないことだけど、私も遺跡を巡る旅についていくことにしたから、よろしくね」
「うん」
「遺跡が気になるからか?」
柚愛の斜め向かいに座っていた永輝が問う。
「そう。あれにはきっと何か秘密があると思うの」
「確かに気になるけど……。そういえば、柚愛さんは美空の記憶を戻すことをどう思っているんだ?」
「そのことなんだけど、美琴は記憶がないことをどう思ってきたの?」
柚愛の正面に座っている美琴は、その問いに少し悩んでから、
「私の記憶があるのは、永輝に初めて会ったときからで、それ以前のことは何も分からないんです。だから、自分は何者なのか、今まで自分がどうしてきたのか、どうしてあの場所で記憶をなくした状態でいたのか、何も分からなくて。柚愛さんにあの日会うまで、ずっとそのことが頭の片隅にあって」
「うん……。実は美空がいなくなって初めて彼女の家に行った時に、この机の上に五通の置手紙があったの。それはそれぞれ、私、未徠、聖流、莱夢、紫水に宛てた手紙で、私宛のものには探さないで欲しいなんて書いてあったの。普段温厚で怒ることもなかった彼女が、そんな手紙を残して今までいた場所を離れた上に記憶まで消してしまうなんて、よほどの何かがあったに違いないんだと思う。それでも、戻したいと思うの?」
柚愛は、美琴の"記憶を戻したい"という思いがどれほどの覚悟なのか、確かめようとしていた。
そんな話を聞いた美琴は、間を置かずに口を開いて、力強く言い放った。
「それでも戻したいんです。こうして記憶がないままでは、いつまでもそのことを気にしていなければならないから。それに、記憶を戻したいと言った私に応えてくれた永輝のためにも、戻さなければならないんです」
柚愛はそんな彼女の姿を見て悲しくもほっとした様子で、
「わかった。そういうことなら、私も応援するよ。そういえば、前から言おう言おうと思っていたけど、私に敬語なんて使わなくていいから。私の方が、一つ年下だしね」
「う、うん」
「そういや、美琴って今何歳なんだ?」
記憶と共に誕生日も忘れてしまっていたので、美琴は今まで年齢すら分からないまま過ごしてきたのだった。
当の本人は、寧ろ名前や美空自身に関心があって、年齢まで考えが及ばなかったらしいが。
「私が今二十九で、美空の誕生日が○月△日だから、三十歳かな」
(注 : 作中の暦は一年が四ヶ月、一ヶ月が六十日なので、二百四十日で一歳。従って太陽暦では十九〜二十歳に当たる)
「三十、か……」
「ということは、僕の一つ下ということか……。確か莱夢さんが美空さんと同い年で、紫水さんの一つ下だったはずだよな……」
「うん?美空と莱夢、聖流が同じ歳で、紫水と未徠が一つ上、私は一つ下、だけど」
「つまり、未徠とは同い年だったのか……」
永輝は何故かそうやって感慨深げに呟いたのだった。

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