The 36th story 美しき空へ《その3》

「えっと、こんなところで立ち話も何だから、こっちの部屋で……」
永輝の家の居間には、彼を含め六人がいた。
さすがに、六席もの椅子がなかったので、彼は廊下を隔てた別の部屋へと案内した。
そこは同程度の広さで、床は絨毯、大きな窓からは降りしきる雨が見えた。
「こっちでは雨が降っていたのか」
未徠がぼやき、
「少し前に降り始めたところです。それにしてもどうして柚愛さんが一緒に?」
美琴が問い、
「えっと、ちょっとね……」
莱夢が躊躇し、
「……はぁ」
柚愛が嘆息吐き、
「とりあえず、お茶でも入れてきます」
永輝が部屋から出て行き、
「それにしても、早かったな……」
聖流が呟いた。
絨毯の上に円を取って座し、六人はお茶で一息ついた。
「話したいことというのはだな……」
未徠はそこまで言って、お茶の上の湯気を軽く吹くように息を吐いてから、
「もう遺跡を巡る旅もここで終わりだということだ」
「「えっ?」」
そう異口同音に言うのは永輝と美琴だけで、他の三人は黙っていた。
「一週間ほど前に美琴さんの恋愛感情が柚愛に消されたことからこの旅が始まったわけだが、二人が知っているように柚愛はその魔法を解いた。つまり、美琴さんの感情を戻すという旅の目的は、遺跡を全て回る前に果たしてしまったということだ。従って、これ以上遺跡を回る意味もなくなった。だから旅は終わりだ」
「つまり、私が魔法を解いたことが、ばれたということ」
頭に乗せていた黒いとんがり帽子を傍らに置いている柚愛が、二人に向かって言った。
それを聞いて二人は呆然とし、なんとか美琴が呟いたのは、
「その……」
と、ただそれだけだった。
「うん?あれっ、嬉しくないの?」
そんな二人に向かって莱夢が尋ねるが、返答に困り二人は顔を見合わせた。
そうして、永輝が美琴に対して僅かに頷いてから、二人して向き直り、
「私、美空さんの記憶を戻したいんです」
と、美琴が毅然として言ったのだった。

「記憶を、戻したいの?」
最初にそう尋ねたのは柚愛だった。
「はい」
「……永輝さんは?」
永輝は自分へと向けられた質問が、自分自身がどう思っているのかという意味だと悟り、
「僕は、できる限り彼女をサポートするつもり」
「そう……」
でも、と彼女は思う。
記憶が戻ったとき、果たして美空は彼を選ぶだろうか、と。私はどうすればいいのだろうか、と。
「えっと、遺跡を辿ればあの神に会うことができて、神なら魔法を解くことができるんですよね?」
推測を元に進めてきた話を確信に変える為に、美琴は尋ねた。
「ああ……。そういう風に、言われている。それは柚愛のかけたラブレスだけでなく、他の魔法も──当然メモリーレスも解くことができるはずだ」
一方未徠は、やはりこのときが来たかと思っていた。
莱夢や聖流が散発的に美琴に与えた情報が、遅かれ早かれ彼女をここへ招くことになるだろう、と。
「こんなことをお願いするのは厚かましいと思うのですが……、よければ協力して頂けませんか?」
美琴はそう言って頭を下げた。
隣に座る永輝は、彼女がそうすることに気がついて、同じように頭を下げる。
「僕からも、お願いします」
「……とりあえず頭を上げて欲しい。そういうことなら、俺は今までどおり遺跡を巡る。元より、美琴さんがそう言うなら手伝うつもりでいたからな」
「俺も、美琴さんがそうすることに決めたというのなら、付き合うよ」
聖流がそう言った後、他の二人からは返答がなかった。
莱夢は何やら考えているようで、柚愛は少し怪訝そうにしていた。
それに堪りかねた未徠が、尋ねる。
「莱夢はどうするんだ?」
「私は、美空ちゃんの記憶を戻すことには反対だから。遺跡へは……、心配だからついていくけど」
「……どうして、反対なのですか?」
永輝がその理由を問う。それは美琴への賛同と自らの決意から来る反動だった。
莱夢はまさか永輝から訊かれるとは思っていなかったので、少し驚きながら、逆に問い返した。
「永輝くんは、美琴ちゃんの記憶が戻って美空ちゃんになったときに、彼女に他に好きな人がいたらどうするつもりなの?」
「……僕は、そのときの美琴に選んでもらえるように、なりますから」
言われながら、美琴がとても恥ずかしい思いをしていたことは言うまでもない。
莱夢は、"でも"と言いかけて、言うのを止めた。
ここで言っても、永輝の決意を無駄にするだけだったからだ。
ただ、あとは記憶の戻った美空が永輝を選んだとき、柚愛がどうするのかということだけが気がかりだった。
永輝が選ばれなくともそれは自分の努力が足りなかっただけだと自省するだろうと、思っていた。
でも、柚愛は……。
一方、そうやって心配されている柚愛は、永輝が決意を示したことで少し気が楽になっていた。
しかしながら、未だに記憶が戻ったときに自分がどうあるのか、記憶を消した美空の気持ちはどうなるのかについて、思い切れずにいた。
「とりあえず、今まで通りか……」
未徠がそう言い、それに聖流が頷き、莱夢が嘆息し、柚愛が悩んでいた。
「今日はこれで解散にする。遺跡の続きは明日からということだ」
各々軽く頷いたことを確認した未徠は、
「さて、俺は戻る。柚愛、少し訊きたいことがあるから、来て欲しい」
「えっ?」
柚愛が問うか問わんかというくらいで、二人はその場からいなくなった。
「つもる話でもあるのだろうな」
「私も今日は帰るよ」『話したいことがあるから、あとでうちに来てくれない?』
言うと共に、莱夢は聖流に声のない言葉を送る。
『ああ、わかった』
「それじゃあ、また」
そうして莱夢もまたいなくなった。
「俺は、美琴さんを応援するからな。もし何かあったら遠慮なく言って欲しい」
「はい、ありがとうございます」
「じゃあ俺もお暇するよ」
部屋には二人、永輝と美琴が残った。
美琴は目前のお茶で一息ついてから、
「柚愛さんは、捕まったのかな」
「多分、そうだろうな」
「そう……」
当初彼女に怯えていた姿とは違い、今は心配しているようだったのが、永輝にとっては複雑だった。
永輝は、残された茶碗を持ってきたお盆の上へ載せていった。
何かしていないとまるで間が持たないかのように。
特に気まずいことがあったわけではない。
しかし何処か不安で心許ない感覚が、彼をそうさせるのだった。
「今度は六人揃ってしまったな……」
ディスプレイに映し出された姿を見て、明鏡が所在なさげに呟いた。
「そうだな」
「まったく、音の聞こえないところが惜しい。こうなるからには、何か変化があるだろうに」
確かに幾つか設置されたディスプレイの周囲には、スピーカーらしきものは何もなかった。
「そうだな」
「映像だけ見て何をどう判断しろというのか……」
そう言って深くため息をつくと、
「そうだな」
「……」
明鏡がその返事に訝しんで後ろを振り向くと、紫水はソファの上で本を読んでいた。
「はぁ……。相変わらずだな」
「聞いていないわけではない」
紫水は本から目を離すことなく答える。
それを明鏡は恨めしそうに眺めていた。

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