The 32nd story 事実の発覚《その1》
| 一方聖流は、一度自分の家へ寄った後、蓮香の家を訪れていた。 「ただいま」 リビングに着いてそう言った聖流だったが、そこに誰かがいる雰囲気はなかった。 『蓮香ちゃん?』 タシットでそう呼びかけても、依然として反応がなかった。 不思議に思って、聖流は家の玄関へと回りその扉を開けてみると、それはすんなりと開いた。 この家にいることは確かだろうと思い玄関の扉を閉めると、聖流は不意に後ろから抱きしめられた。 聖流がそれにびくついて身動きの取れなくなっている最中、背中から柔らかな声がした。 「おかえりなさい」 それを聞いた聖流はほっと一息ついて、身体に回された手を自らの手で包んで返す。 「ただいま」 答えて、絡められた手を解きながら振り返ると、そこには上気した蓮香がいた。 「シャワー浴びてたから、出られなくて」 そう言いながら、蓮香はまだ少し湿った髪を手櫛で梳くのだった。 「よっ、と」 莱夢は永輝や美琴と共に、ラルゴの街へと戻ってきた。 それを目に留めた未徠は座っていたベンチから立ち上がり、 「聖流はまだだが、先に行く」 そう言って、早速歩き出したのだった。 「聖流くんはまた、蓮香ちゃんのところかな?」 頼んだ品が来るまでの間、四人はゴザの上で聖流のことを話していた。 「多分、そうだろう」 それに対して隣に座る未徠が返答する。一方で永輝は、 「蓮香さんって、誰ですか?」 と、聞き慣れない名前を二人に問う。 「聖流くんの彼女だよ」 莱夢はそう返して、再び聖流の話に戻る。 「それにしても、聖流くんが付き合う人って、いつも年下だよね」 「……ああ、そうだな」 言う未徠の脳裏に浮かぶのは、もちろん柚愛のことだった。 「あいつも、どうしてよりによって聖流と付き合ったのだろうな」 「柚愛ちゃん?」 「そうだ。今頃、何処で何をしているのか知らないが」 そう言って、目の前にある冷水を口にする。 美琴はそんな未徠から視線をずらして、その隣に座る莱夢を見る。 視線に気がついた莱夢は微笑んで返すが、美琴はそれに対してどう反応すればよいかと迷っていた。 そんな折、 『用も済んだから行こうと思うのだが、誰か案内してくれないか?』 と、聖流からタシットで連絡が入った。 それは、莱夢と未徠にも届いていたようで、 「聖流くんがもうすぐ来るって」 「ああ。俺が迎えに行く」 未徠が席を立ち、店の外へと出ていくなり、 「普段はつんけんしてるけど、柚愛ちゃんのことを一番に心配しているのは、やっぱり未徠くんだよね」 莱夢は物憂げにそう言って、軽くため息をついた。 美琴はそれを見て少し微笑み、永輝はそんな美琴を見てほっとしていた。 「……」 しかし、そんな二人の表情を、戻ってきた未徠は訝しげに見ていた。 既に太陽は沈み、空は暗く、街は静かだった。 そんな中、町をつなぐ一本道を一人の女性がゆっくりと歩いていた。 辺りに街灯はなく、ただ遠くに町明りが見えるだけだった。 彼女は薄明かりの中をゆっくりと歩きながら、懐かしい日々を懐古していた。 いつも決まって突っ掛かってくる女の子と、そんな彼女を宥める女の子。 今となっては、一歳の年の差も言うほどではなくなったが、当時は大きかったと思い返す。 あくまで年上なのだと自分に言い聞かせて冷静を装いつつも、結局は熱くなっていた。 そんな日々も懐かしい。 今はもう宥めてくれる彼女もいなくなったのかと思うと、彼女は自然と感傷的になっていた。 トランスを使って家へと戻ればよいだけにも関わらず、今日の彼女は何となく歩いて帰りたい気分だった。 魔法が一般的なこの地域では、道というものがあってもろくに舗装もされておらず、街灯も勿論ついていない。 それでも彼女は、今日はこうしていたかったのだった。 『もしかすると、美琴さんの感情が戻っているかもしれない』 未徠は、ベッドの上で横になりながら、莱夢と聖流の二人にタシットでそう伝えた。 『ん?どうしたの急に?』『腹ごなしにタシットか?』 二人から返ってきたことを確認して、未徠は続ける。 『莱夢、今日あの店で、俺が柚愛のことを一番に心配していると、言っただろう?』 『えっ?そんなこと言ったかなぁ……』 惚けたような声で、莱夢から返ってくる。 『聖流も聞いてる』 『ああ……。まあ事実だからしょうがないな』 『……莱夢、柚愛に嫉妬でもしているのか?』 未徠は莱夢だけに向かってそう言った。 『へっ?何?聖流が居る前で、そんな話がしたいの?』 少しだけ怒った口調で、莱夢から返答があった。 それは、恐らく聖流に伝えてはいないのだろう。 『いや、聖流には送ってない。個人的に気になっただけだ。その話はまた、機会があればな』 『……うん』 先ほどとは違い、落ち着いた声でそう返ってきた。 未徠はまるで何事もなかったかのように、続ける。 今度は聖流にも聞こえるように、 『それで、莱夢が言いながらため息をついているのを見て、美琴さんが微笑んでいた。いや、そう見えたというだけかもしれないが、恋愛感情がないならそんな反応はできないはずだろう?』 『それは俺も見た。言われてみれば、確かにそうだな』 『……』 莱夢はそれに対して、ただ黙然としていた。 面と向かうものとは違う、意識しなければ相手に伝わらない中で、未徠は莱夢が何を思っているのか、推し量れずにいた。 『感情が戻っているなら何故俺たちにそのことを言わないんだ?それに柚愛ちゃんも、戻したなら戻したといえばいいのに』 『さあな。何か思うところがあるのだろう。こればかりは本人に聞くしかない』 『私が、呼ぶよ』 落ち着き払った声で、莱夢が言った。 『きっと私が言えば、柚愛ちゃんも来てくれると思うから』 『いいのか?』 『うん。柚愛ちゃんにはちゃんと言ってあるから。私は、未徠くんの味方だって』 『そうか、悪いな……。今日はもう遅いから、明日にでも』 『うん……』『ああ』 終わって、さて寝ようかと思った未徠に、再び声が届いた。 『未徠くん』 『何だ?』 ただ名前のみが響いていたが、未徠には無機質にも感じられるそれに僅かな感情が含まれているような気がしていた。 『……おやすみ』 『ああ、おやすみ』 そうして、夜は更けていった。 |