The 31st story 魔法管理省《その2》

「そういえば結局、レリックに刻まれた言葉が何を意味するのかを、聞けず仕舞いだったな」
残り半分の道もあと少しというところ、聖流はふと思い出して言った。
「どうせまた次の遺跡で会うのだろう。その時に訊けばいい」
「それはそうだが……」
言い澱み、言いたいことはそんなことではないと思い返す。
「でも、何故あの時に尋ねなかったんだ?」
「……それよりも、次のレリックの暗号だ」
未徠は聖流から顔を逸らして、前方にある石版を指す。
その場所には、次のように書かれていた。

──
ツナグモノヘ タクス

ルト
──

「……」
聖流は話を濁された気もしていたが、目的の場所に達してまでそれに抗う気は起きなかった。
そして、その後ろで莱夢がそんな未徠を案じていた。
「また、"ツナグモノヘ タクス"か……」
「ああ。何を託されているのかは、全くもってわからないが」
「"ロ"と"ルト"がこうして離して書いてあるということは、それぞれが別の意味を持っているという解釈でいいかな……?」
「恐らくはそうだろう。加えて、それの書き方が前のものと同じということにも何か意味があるはずだ」
「"二"と"ジチ"、"ヘ"と"ニト"……、一字と二字だな」
「ああ……、恐らく暗号か何かだと思うのだが、あと四箇所もあるうちから考えても仕方ない」
そう言って、未徠が踵を返して見たのは、洞穴の入り口から僅かに差し込む光だけだった。
時を遡ること、半時間ほど前のこと。
相変わらず大掛かりにディスプレイの並べられた機械ばかりの奇妙な空間での話。
とある画面を眺めていた男は、驚いて立ち上がっていた。
「何故あそこに紫水が!」
男の見ていたディスプレイには、三人の人物が映し出されていた。
一人は永輝という魔法使いでない男性。
一人は美琴という元魔法使いである女性。
もう一人は、今ここで驚いて立ち上がっている男の同僚である紫水という女性だった。
「ここの職員として監視対象である彼らに直接会うというのは、問題だろう」
「何を騒いでいるのだ?」
後ろから声がして振り返ると、そこには先ほど画面に映っていた紫水がいた。
再度画面を見ると、そこに紫水の姿はなく、永輝と美琴の二人が映し出されているだけだった。
「何、私人として会ったまでだ」
「しかし上からの許可は下りているのか?」
「ああ。見ての通り」
そう言って、紫水は一枚の紙を取り出して明鏡に見せる。
「あの女性は幼馴染だった。ただ、旧友に会うだけに許可がいるとは面倒なものだな」
紫水は大きなため息を吐いて、備え付けられたソファの上に腰を下ろす。
そしてまたコーヒーメーカーを取り寄せて、明鏡に入れるかどうか尋ねるのだった。
「……一体、あの五人とどういう関係なんだ?」
ソファに座り、前に置かれたコーヒーカップを手にとって、神妙な面持ちで明鏡が紫水に尋ねた。
「正確に言うと、もう一人いるのだが……、まあよい。あそこにいる男性以外は私の幼馴染だ。それにも関わらず何故このような場所でこのような仕事をしているのか、よく分からないが。上も、何を考えているのだろうな」
言ってから、コーヒーを一口飲むと、何処からかショートケーキを一ピース取り寄せた。
「一応、配属が決まった時に上にはその旨を伝えたのだが、何故かこのままだ」
ケーキにフォークを入れ、一切れを口へ放り込んで、もう一切れ切り出す。
「そうか……。ところで、彼らは神に会って、何をしようとしているのだ?」
「……この間、調べてみろと言ったのに、さては何もしていないのか?」
「いや、色々と忙しくてだな……」
「ただディスプレイを眺めているだけだろうに」
紫水は苦笑しながら言う。対して、明鏡は紫水のお気楽ぶりに、
「誰かは監視していなければならないのに、紫水がしょっちゅう席を外すからだろう?」
「そこまで深刻なものでもないとは思うがな。しかし、コーヒーだけでは飽きるだろう?明鏡も食べないか?」
そう言って、紫水は手にしたフォークにケーキを差したまま明鏡の眼前へ向ける。
「……何を」
紫水から視線を逸らして、明鏡は僅かながらに赤らむ。
「冗談を本気にされてもな」
差し出したケーキを自分の口へと運び、再び手にコーヒーカップを取る。
そうして残りのコーヒーを飲み切って、カップを再び元の場所へと返した。
一方の明鏡は、そんな紫水に少し苛立って、ディスプレイの方へと向き直るのだった。
「さて、腹も減ったし、予告通り食べに行こうと思うのだが、二人はどうするんだ?」
ラルゴの街へトランスで戻ってきた三人は、街中をぶらぶらと歩いていた。
「私は行くよ。その前に、あの二人を呼んでくるね」
「ああ」
そうして莱夢は美空の家へと転移する。
「俺は、用があるから後で行くことにする。終わったらまた連絡するから」
聖流もまた、転移してその場からいなくなった。
『……一人で店に入っても呼びにいけないだろう?』
取り残された未徠は、独り言のように二人にタシットでぼやく。
『私はすぐに戻るから、そこで待ってて』
言われて、未徠は一人でため息をついて、手短なベンチの上に腰を下ろすのだった。
莱夢が美空の家についたとき、リビングでは永輝が一人惚けていた。
「あれ、美琴ちゃんは?」
何気なく美琴がいないことを不思議に思った莱夢がそう尋ねるが、
「……」
永輝からは何の返答もなかった。
「永輝くん?」
名前を問うも、依然返答がなく、永輝はぼんやりと虚空を見つめたままだった。
莱夢は永輝の前へ回って顔の前に手をかざしながら、再び尋ねる。
「どうかしたの?」
「えっ!いや、何でもないです」
言われて、やっと気がついた永輝は、慌てて莱夢に返答した。
「そう?ならいいけどね。それで、美琴ちゃんは何処にいるの?」
「奥の部屋で、調べ物をしているはずです」
「……?永輝くんは手伝わないの?」
莱夢は、永輝の返答に対して不思議そうに尋ねる。
「ここは、美空さんの家ですから、僕が勝手に触るのもどうかと思って」
「そう。まあ、一応女の子の家だからね。あまりそうは見えないんだけど」
もっとデザインに凝ってもとか、カーテンの色を鮮やかなものにすればとか、一頻り喋ってから、
「そういえば未徠くんを待たせて来たんだったよ。食べに行こうって話をしてたでしょ?」
「はい」
「とりあえず美琴ちゃんを呼んでくるから、待っててね」
そう言って、莱夢はリビングを出て奥の書斎へと向かった。
開いていた書斎の扉から中を覗き込んだ莱夢の目に映ったのは、山積みの本とその間にいる美琴だった。
「美琴ちゃん、終わったから美味しいものでも食べに行こう」
「あっ、はい」
美琴は本の間から顔を上げて、返事を返す。
「そういえば、ここでこんなものを見つけたのですが、開け方が分からなくて」
そう言って、美琴は先ほど自分の家へ送った本を再び手に取った。
「美空ちゃんの日記帳だね。多分ロックシールの魔法が掛かっているんだと思うんだけど」
「私にも開けられますか?」
「どうだろうね。ロックなら本人にしか解けないし、シールなら他人でも解き方さえ分ければ解けるけど。とりあえず、やってみるしかないと思うよ」
そう言うと、莱夢は紙を取り寄せ、そこに術式を書いて美琴に渡した。
礼を言ってその紙を受け取った美琴は、目を軽く閉じて心中で術式を唱える。
少し間をおいて再び美琴が瞼を開けたとき、その手にある日記帳から微かな音がした。
「……開いちゃったね」
美琴の手の中にある日記帳を眺めて、莱夢が呟いた。
それとほぼ同時か、廊下から足音がして永輝が顔を見せた。
「未徠さんを待たせているんでしたよね?」
「あっ、うん。そうだったね」
言われて振り返った莱夢は、それを肯定して返答し、向き直って美琴に、
「とりあえずそれについては後回しね」
「はい」
美琴は返答すると共にその日記帳を再び自身の家へと転移させる。
「それじゃ、ラルゴに戻るね」
そうして、美空の家は再び無人境となったのだった。

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