The 25th story 柚愛の想い《その2》

私が美琴に掛けた魔法は解いた。
およそ一年間、すべてを捨てて各地を巡りやっと捜し当てた彼女に掛けた魔法を。
もしあのまま永輝さんの存在を知らないままなら、私はきっと魔法を解かなかっただろうと思う。
永輝さんのような存在がいなかったとしても、同様に。
魔法を解くためにレリックを探し旅を続ける未徠たちを、無駄に邪魔し続けるだけの意味のない生活を送り、タイムリミットを迎えるまで人生を棒に振っていたことだろう。
そんな人生に何か意味があるだろうか。
個人的な恨みで動いているのは誰が見ても明白で、きっと私の言い分がまかり通ることなんてない。
だからタイムリミットの存在がある限り、邪魔し続けることが無駄なことは自明だった。
答えを先延ばしするだけの行為でしかなかった。
だから永輝さんがいたことは、邪魔し続けるという行為を止めるきっかけとして感謝しなければならないのかもしれない。
もちろん、今思えばという話でしかないのだけれども。
一年ほど前なら、きっとそんな存在も無視して、自分の感情にだけ任せて動いていただろう。
形振り構うことはない。
もし未徠が邪魔してくるようなことがあれば、たとえ勝ち目がなくても全力で挑んでいたに違いない。
多分、いや、確実に負けるような気がするけども、それでも。
それほど強い感情があった。
でも、今改めて考えてみると、その強い感情の存在が何処かおぼろげになってくる。
あれは、突然いなくなった彼女に対する当て付けのようなものだったのかもしれない。

あの日、私はいつものように美空に会おうと、彼女にタシットを送った。
しかし、その返事はいつまで経っても返ってこなかった。
まだ寝ているのかもしれない。
そう思った私は、彼女の家へと行った。
玄関の扉をノックする。しかし、その応答は何もなかった。
次の日も、その次の日も、同じように何の返事も返ってくることはなかった。
三日後、痺れを切らした私は、トランスで彼女の家に勝手に入ることにした。
玄関の前に立ち、玄関の内側へとトランスする。
そこは、いままで見てきた彼女の家となんら変わりはなかった。
そのまま歩を進めて、あのリビングに向かう。
すると、そこには幾つかの封筒が置いてあった。
そのうちの自分の名前の書いてある封筒を取る。
静かに空けた封筒の中に入っていた便箋には、何処か遠くへ行くということ、探さないで欲しいということ、探しても無駄だということが書いてあった。
そこに、そうすることの理由は何一つ書かれていなかった。
読み終えた私は、間一髪入れずに未徠の元へと転移した。
何か知っているかもしれない。そう思っただけ。
美空が何処にいるのかと尋ねたけれども、未徠は何も知らなかった。
私は、それから莱夢の元へも入ってみたけれども、そこでも結果は一緒だった。
ただ、聖流の元へだけは行っていない。
まだ私の中にわだかまりのようなものを感じていたから。
会ってもきっとまともに話すこともできそうになかったから。
それからというもの、私は国中、世界中を転々とした。
最初の数日はまだ彼女のことを心配していたけども、それからあとは逆恨みにも似た怒りだけに捕らわれていた。
私を置いてけぼりにして、一体何処に行ったのかと。
私に何も言わずに、一体何があったのかと。

彼女が突然いなくなった理由は、今でも分からない。
いつもと同じ雰囲気でいつもと同じような日々が続いていただけ。
何も特別なことはなかったと思っている。
私が察知し得なかった何かがあったとしても、もはや美空はこの世界何処を探してもいないのだから、いくら詮索してもそれは推測でしかないだろう。
一方で、もし未徠が言うように美空としての記憶を戻したとすれば、明らかになるだろう。
でも、それでは美空が記憶を消した目的を何も達し得なかったことになるかもしれない。
そこまでして彼女から理由を聞き出すことは、単なる自己満足でしかない気がする。
彼女の目的を叶えもせずに理由だけ聞いて何になるというのだろう。
ただ自分の知りたいという欲求を満たすという結果だけに終わるのではないだろうか。
彼女が何のために記憶を消してまでいなくなったのか。
それが分からなくとも、彼女の選んだ選択を見届けようと思う。
大きな世界地図を眺めて地図上の一点を指差しながら、未徠は空に言葉を投げかけた。
「次はラルゴか。何か遺跡に関する情報は見つかったか」
「目的地は、海にある絶壁の側面の洞穴であります。地形上、一般の魔法使いが立ち入ることはあまりないのでありますが、研究者によって調査されており、報告には内部にレリックがあるとされているのであります」
部屋に声が響くが、部屋には未徠以外誰もいなかった。
声のする元を辿っても、声は部屋全体に響き渡っていて、音源が特定できなかった。
「内部構造や内部での状況などの報告はないのか」
未徠は相変わらず世界地図を見ながら、再び独り言のように言った。
「嵐などの影響で内部に海水が流れ込み、部分的に水溜りが生じているという報告がされているだけで、それ以外には特記すべき事項はないのであります」
「そうか・・・。もし洞窟の内部で謎の人影を見たなどといった情報があれば、些細でも構わない、その人影に関する情報を集めて欲しい」
「了解したのであります」
「さて、何の用があるのか知らないが、莱夢を呼ぶか。しばらく静かにしておいてくれ」
「……」
言われて、何の返事もなかった。
それそのものも静かにしているということだろうか。
『用も済んだから、来るなら俺の家まで来い』
音のない声を莱夢へ送った未徠は、地図の前を離れて、キッチンへと入っていった。
「ここでよかったの?」
「ああ……」
「未徠くんの家なんて久しぶりに来たよ。柚愛ちゃんがこの町を去った後、美空ちゃんがいないことがわかった日以来かな」
リビングの椅子に座りながら、莱夢は懐かしそうに話していた。
「それで、俺に何の用だ?」
キッチンで二杯の紅茶を用意しながら尋ねる。
「用なんてないよ。暇だったから行ってみようかなって思っただけ」
淹れる様子を頬杖をついて眺めながら言う。
「そうか、まあ好きにすればいい」
莱夢の前に一杯の紅茶を置いて、未徠はティーカップから一口飲む。
「ねぇ、そういえば未徠くんはまだ美空ちゃんのことが好きなの?」
言われて、未徠は莱夢を一瞥すると、手にしたカップの中身を飲み干した。
「どうしたらそんな話が出てくるんだ?」
未徠はコップをテーブルにおいて尋ねる。
「聖流くんも知ってることだよ。柚愛ちゃんは、多分知らないだろうけど……」
「そうか……」
「それで、どうなの?」
「……もう美空はいないんだ。それに美琴さんは永輝の彼女。俺がどうこうと言える立場じゃない」
「じゃあ……、もし"美空である"記憶が戻ったとしたら?」
「それでも、美琴さんは永輝の彼女だ。多分、美琴さんが今の記憶を失うようなことにでもならない限り、ずっとそうだろう」
あの日永輝が美琴に渡そうとしていたものを思い浮かべながら未徠は言った。
「自分に正直になっても、そうだと割り切れるの?」
莱夢は身を乗り出して未徠にそう尋ねていた。
前の置かれた紅茶は、まだ少しも減っていなかった。
「何をそんなにムキになっているんだ?」
言われた莱夢は、我に返って椅子に直った。
「……ごめん」
俯いて言う莱夢の視線の先には、揺れ動く紅茶があった。
「俺が美空のことをなんとも思ってないというとそれは嘘になる。でももう"カノジョ"はいないんだ。しかし、だからといって美琴さんは違う。姿形が同じでも彼女は彼女としてある。最初はともかくとして、今は別人だと思ってる。その彼女が"美空である"記憶を取り戻しても一緒だろう。今思うのは、美空であり美琴さんであれば、それは美空でも美琴さんでもないのだということ。柚愛にあんなことを頼んだのは、魔が差したとでも言うんだろうか。そうすれば"カノジョ" が戻ってくるような気がしてたんだろうな」
未徠が言い終わって、莱夢は顔を上げた。
「つまるところ、気持ちは何も変わってないんだね、あの頃と」
「まあそうだ。だから俺にとって、"カノジョ"は故人にも等しいのかもしれない」
「うん、ちょっと安心したよ。それじゃあ、そろそろ帰ろうかな」
莱夢はそう言って立ち上がり、目の前に置かれた紅茶を飲み干した。
「じゃあ、また明日ね」
「ああ……」
そうして、莱夢は帰っていった。

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