The 24th story 聖流と蓮香《その1》

「やっぱり、ここが一番落ち着くよ」
ここは美琴の家。
彼女は、永輝が彼女を見つけた当初は永輝の家の一室にいたが、その後落ち着いてからは村の空き家だった場所を借りている。
これも永輝の計らいと、長の厚意によるものだった。
「こうして感情が戻ったのだから聞いておきたいんだけど、美空という人のことをどう思ってるんだ?」
「興味はあるけど……、記憶を戻したいのか戻したくないのかって言われると、どうも自分のことじゃないみたいで。だからまだ、はっきりとした答えが自分の中にあるわけじゃないの」
「そうか……」
「どうするのか決めたときには、まず最初に永輝に言うつもりだから」
「うん……」
美琴はそう言うも、永輝の反応は心許ないものだった。

「おかえりなさい」
美麗な声が響く一室。そこは聖流の彼女、蓮香の住家だった。
「ただいま」
「今回は、何処の町へ行ってきたの?」
「ん……」
訊かれた聖流は、一度蓮香を見て、それから目の前に置かれたアイスコーヒーに目を移した。
「聖流さん?」
「蓮香ちゃん、ごめん」
聖流は、一度蓮香の目を見てそう言った後、蓮香に頭を下げる。
「俺、嘘をついていた。今は別にあの仕事をやっているわけじゃないんだ。いや、休職しているというのが正確かもしれない」
それを聞いた蓮香は、別段驚いた様子も見せずに、
「……そう。それで、今はどうしてるの?」
「未徠を知っているだろう?」
「うん。アーチェの、幼馴染だった人でしょ?」
「ああ。莱夢と一緒に、その未徠の仕事を手伝っている」
「どんな仕事なの?」
「うーん……、俺の判断で言っていいのかわからないからあまり詳しくは言えないけど、あちこちの町や村を転々としてる。今日は、ミュークに行っていた」
「そう。なんとなくそんな気がしてた」
言って、蓮香は軽くため息をつく。
「とりあえず、はっきりしてよかったよ。私もいつまでも隠し通されても困るし、聖流さんとしても隠し続けるのも大変でしょ?」
「えっ、ああ……」
「でも、無理はしないでね。ここに待っている人がいることを、忘れずに」
そう言ってから、蓮香は立ち上がって、キッチンの方へと入っていった。
一方、聖流は、あの時柚愛が言ったことを思い出していた。
"彼女も薄々気がついてるように見える。"
聖流は、その可能性の高さを今は身をもって感じていた。
あの時は、女の勘は一概に否定できないなという程度にしか思っていなかった。
でも、今、聖流が隠してきた嘘を明かしてもあまり驚くことなく、それどころか"そんな気がしてた"とまで言われている。
柚愛ちゃんのことを言われるのも時間の問題だろうか。
いや、もしかすると蓮香ちゃんのことだから、聞かずに見守っているかもしれない。
聖流はそんな風に思っていた。
それは蓮香が甘いからではない。聖流に全幅の信頼を置いているから。
嘘を嘘だと見破ったとしても、それを今みたいに聖流が言うまで待つ。
だからきっと、柚愛のことも尋ねてこないだろう。
それなら自分は……。
「どうしたの、そんな真剣な顔して?」
いつの間にか、キッチンから戻ってきた蓮香は元の場所に座っていて、テーブルにはビスケットの盛られた籠が増えていた。
「いや、なんでもない」
それなら自分は、そんな蓮香に応えるべきだろう。
「そう?また何か、考えごとでもしているのかと思って」
きっと、柚愛のことは忘れることもできない。
「そんなところかもしれないな」
でも、一年以上も前のことをいつまでも気にしているわけにはいかない。
「私にできることだったら、何でも言ってね?何でも……いいから」
想い出として、そっと胸にしまっておく。
過去のこととして、懐かしむときだけ引き出してこればいい。
「ああ……、わかった。ありがとう」
「ううん。私にできるのはそれくらいだから」
そう言って、蓮香は目の前に置いたアイスコーヒーを飲んだ。

「しかしいつまで見ているつもりだ、明鏡?」
乱立されたディスプレイを眺める明鏡に向かって、戻ってきた紫水は尋ねた。
「一応言っておくが、そこに映っているこの男は、ここの職員だ」
紫水に未徠を指しながら言われた明鏡は振り返って、
「それはどういうことなんだ?今は遺跡を巡っているが、そんな任務が誰かに当てられたなどということは聞いたことがないが?」
「ああ。本来は、この女の保護についていた」
そう言って、紫水は永輝と共にいる美琴を指差す。
「それが保護に失敗した。しかしそのことはここには報告されていない」
「なら、今は一体何をしようとしているんだ?もう終わったんだろう?」
「さあな」
「失敗したなら、ここへ戻ってくるしかないだろう?二次的な任務が課されることなどないのだから、もはや外部で活動する意味はないではないか」
「いや、神に会えば失敗を帳消しにできる可能性がある」
「……名誉のためか?こうして大凡の人員はその行動を見破られているというのに、失敗してから神に会ってそれを消してもらっても、何も変わらないだろう?」
「聞く前に調べてみろ。何かと面白いから」
そう言うと、紫水は目の前のテーブルの上にコーヒーメーカーと一つのカップを取り寄せて、一杯のコーヒーを入れた。
「飲むか?」
言われた明鏡は、一度軽く振り向いてからテーブルの上にシュガーポットを出した。
「二個頼む」
「……いや、カップも持ってきてくれ」
「ん、なかったか?……悪い」
そうして現れたカップに、紫水はコーヒーを注いで角砂糖を 二個入れた。
一方で、明鏡は巨大なスクリーンを何も言わずに眺めていた。

「一つ、思うことがあるのだが」
振り返って、空になったコップをテーブルの上に置いた明鏡が紫水に尋ねる。
「なんだ?」
「神は絶対的な存在で、願いを叶えてくれるのだろう?」
「ああ。一般にはそう言われているな」
「そして、その神の会うためには、世界中にある遺跡からレリックを探し出す必要がある。でも、不確定なレリックがあるにもかかわらず、神が願いを叶えてくれるということを、一体誰が確認したんだ?」
「そもそもレリックというものは、昔からあったわけではないというのが定説だ。偶発的に神に会った男が、その手掛かりを残すために世界に散在させたらしい。巨万の富を得た彼が、死に際に神とレリックのことを言ったと伝えられている。それまでは皆会えることすら知らなかったらしい」
「なら、その神に会った男というのは魔法使いなのか?」
明鏡は、メーカーを持ち、自らのコップの中へ再びコーヒーを注ぎながら尋ねた。
「どうしてだ?」
「あのトリルの遺跡は封印されていただろう?あんな芸当ができるのは魔法使いくらいしかいない」
「いや、それがどうもはっきりとはいえない。あの封印は例の戦争中に掛けられたものだそうだ。それ以来、内部を確認できた者がいない上に、地元では立ち入ることが禁忌とされていたから、内部まで見たことのある者が生存していなかった。ただ言い伝えられているのが、あの中に文字の書いた岩があったらしいということくらいだ」
「だから"おそらくある"ってことか」
「ああ。調査そのものが戦後になってお互いの国の行き来が自由化したことに伴って行われたために戦前の記録がないというのも、一因だな」
「調査に関わっていた紫水ですら、その程度しかわかってないのか……」
「あの封印のように色々と障害が多くて、綿密に調べられたわけでもないから仕方ない」
明鏡は、振り向いて未徠の姿を一瞥すると、向き直って再び紫水に尋ねた。
「すると、あの男は一体何を元に遺跡を巡っているんだ?」
「最近ここには来ないし、話す用もないからわからない」
「なら、会えれば分かるのか?」
「どうだか……」
言って、紫水は意味深に深くため息をついたのだった。

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