The 23rd story 魔法管理省《その1》

「さて、彼らは今トリルにいるわけだが……?」
薄暗く、青白い部屋。
巨大な機械と、それに備わった巨大なディスプレイが乱立する場所。
そこに立つ一人の男性が、そんなことを尋ねていた。
「そうだな」
その向かいにあるソファーに、腕を背もたれに伸ばして乗せ、軽く足を開いて座る女性が一人。
目の前にいる男が言うことをただ肯定するだけの返事を返して、如何にも興味なさそうにしていた。
「……セーハレリックがあることはわかっている。これは公にされていることだ。ただ、一方のトリルは未だ調査が不十分で、あるかもしれないと言われてはいるが、これは機密事項。それにも関わらず、彼らがセーハの次にトリルへ飛び、あの洞窟へ入ったということを、このまま置いておいてもいいと思うのか?」
「ああ。何も問題はない」
「何故そう言える。どうみても彼らはレリックのある場所を知っているとしか思えない。それも不確定なはずのトリルを二番目に訪れ、あのように封印された壁の内側にまで入っている。何もおかしいとは思わないのか?」
「そんなことは言ってないが?」
「……。いや、しかし、あのまま放っておいてもいいというのか?レリックを回るということは、目的はひとつ、神と会うこと。これは我が国デュートにおいて、重大な犯罪に繋がりうる危険行為だと認識されている。それを行うための準備を、彼らはしているのだぞ?」
「レリックの巡廻は裁けないが?」
「確かに観光地化している土地が多く、これを法によって裁くことはできない。しかし、この旅の先にあるのは、神と会うことだ。それをこのまま野放しにしてもいいというのか?」
「……そんなに気になるなら、一人で見ているがいい」
そう言うと、女性はソファーから立ち上がって、部屋の出口へと歩いてゆく。
「おい、紫水、何処へ行くんだ?」
「あんたの相手が疲れただけだ、明鏡」
振り返ってそう言った紫水は、そそくさと部屋を出ていった。
そうして、部屋には一人明鏡だけが残される。
「相変わらずつれないやつだな……」
明鏡は画面の前にある椅子に座りながら言うと、映し出される映像を眺めていた。

『こっちは終わったけど、そっちは何処か泊まるようなところが見つかった?』
ベンチに座り二人してぼんやりと陽の射す空を眺めている中、莱夢から美琴にそんな言葉が届いた。
「莱夢さんから、連絡。泊まるところが見つかったかって」
「もうこの時間なら、ディーティへ戻ってもいいんじゃないかな?」
美琴の感情も戻って、永輝としては一段落した状態だった。
それにどのみち泊まるところもないので、戻って二人でゆっくりしたいと思っていた。
「そうだね」
『この町には泊まるようなところはありませんでした。この時間なら、一度戻りませんか?』
そこに少し間があってから、
『うん、そうだね。今どこにいるの?』
『洞窟から少し離れた公園ですが……』
『わかった。じゃあ少し待っててね』
「少し待っていてって」
「うん……」
何処か遠くを見ながら答えて、少し間を置いてから、
「あのさ……、僕が柚愛さんに抱きつかれたこと、どう思ってる?」
「うん?どうって?」
「その、気にしてたりする?」
「ううん。そんなこと、永輝が気にしなくていいよ。理由は知らないけど、きっと柚愛さんも何か目的があったんだよ」
それがまさか自分が試されていたとは、永輝は美琴にいう気にはなれなかった。
自分を、何もかもさらけ出していたなんて、とても。
「別にいいんだよ。そんなことは、気にしなくても……」
美琴は、一言一言丁寧にそう言いながら、永輝の目を見ていた。
「……うん」

「さて、ここから一番近い公園って、何処だか知ってる?」
あの洞穴の前に人影が三つ。
そこには、探索を終えた未徠と聖流、それから莱夢がいた。
「知っていたら、わざわざここまで歩いてくることはなかった」
「まあ、そうだけど」
素っ気ない未徠の態度からすると、そんなことを聞くなということだろう。
二人には、それがあまりにもいつもどおりで、それを突っ込む気にすらなれなかった。
「仕方ない、飛んで探すのが一番楽だよね」
「ああ……」
「ちょっと待っててね」
そう言うと、莱夢は軽く目を閉じた。
そして寸時を置いて、そこには一羽のカモメがいた。
『何ヶ月ぶりかな、この姿になるのも』
「さあ。久しく見てない気がするけどな」
『とりあえず飛んで見てくるよ』
そう二人に言うと、カモメは空へと舞い上がっていった。
「言われてみると、最近フライを使っていない気がするな」
「……柚愛みたいにタフでもないし、飛ぶことを楽しむわけでもない。いや、そう思うのはわからなくもないが、正直トランスを使った方が圧倒的に楽だ」
「まあな……」
事実あの魔法は、意外なほど飛行中の筋肉疲労が激しい。
だから基本的に長時間の飛行は難しいはずなのだが、柚愛はそれをいとも簡単にやっていた。
空へと舞い上がった莱夢は、元の場所へ戻ってくると、元の姿へと戻る。
「あの道の先にあったよ」
「うむ」

「お待たせ」
公園の入り口から永輝と美琴の姿を確認した莱夢は、二人に声をかける。
「どうでしたか?」
「今回もばっちりだよ」
「ところで、美琴さんは二人にフライタシットを教わったんだろう?」
「えっ……」
未徠に思わぬことを言われて、美琴は言葉を返せずにいた。
「あと、トランスがあると便利だとは思わないか?」
「トランス……」
「嫌なら別にいいんだが、移動が自由にできるといつでも戻ることができるだろう?」
言われて、美琴は永輝の方を見るが、
「美琴の好きなようにしてくれていいよ。僕が選ぶことでもないから」
「うん……」
そうやって返事を返しはしたが、美琴はそのまま俯いてしまった。
『私がタシットについて書いた紙を渡したときには、普通に受け取ってくれたんだけどな』
莱夢がタシットで未徠に伝える。
『そうか……』
「なら、方法だけ書いて渡す。必要だと思うなら見て勝手に使ってくれていい。決められないならそのまま開けずに持っていてくれればいい。いらないと思うなら捨ててくれればいい。そのあとで必要だと思うようなことがあったら、誰かに言ってくれさえすればまた教えられるから」
「はい……」
未徠は、美琴がそう言ったことを確認すると、何処からともなく一枚の紙と鉛筆を取り出して、そこにトランスの方法を書く。
書き終わると、未徠は持っていた鉛筆を消し──正確にいうと瞬間移動させ、紙を美琴に無言で差し出した。
美琴は、その紙を受け取ると、
「しばらく、この紙を預かっていて欲しいの」
と、永輝に言った。
「どうするのか、決められるまででいいから」
言われた永輝は、しばらくその紙を見つめていたが、
「うん、わかった」
美琴の持つ紙を受け取って、自らの服のポケットへとしまった。
「さて、そろそろ一度帰ろう」
一連の動向を見守っていた莱夢が切り出す。
「ああ……」
「それじゃあまた、日が明ければ呼びに行くから。何かあったらタシットでお願い」
「はい」
莱夢は、その返事を受けて永輝と美琴をディーティへと転移させた。
「それにしても、どうして急にトランスなんて教えようと思ったの?」
二人のいなくなった公園で、莱夢は未徠に尋ねた。
「それは、俺も気になってたな。別に教えられて困るわけでもないから、静止しようとは思わなかったけど」
「あったほうが便利だというのもあるが、遺跡の探索をしている間中、近くで待たせておくのもどうかと思っただけだ。タシットがあるなら、何かあってもすぐに伝えることができるからもう大丈夫だろう」
「なら、最初から連れてこなければいいんじゃない?」
「いや、それでは駄目だ」
「どうして?」
あっさりと真っ向から否定されて、莱夢は思わず聞き返す。
「それでは永輝の自尊心に関わる。かといって永輝だけ連れてくるとなると、美琴さんが一人になって、相手をする人がいなくなる。現状では、一人で置いておくわけにも行かないのはわかるだろう?柚愛がいるからというだけではない。今みたいな、あの感情のない状態で一人にすると、余計ないざこざが起きるかもしれない」
「感情のないことが起因してトラブルが起こると、確かに面倒だな」
「なら、遺跡に入る前にトランスさせればいいんじゃない?」
「それは俺が選ぶことではない。しかし、その度二人に確かめるのも、手間を煩わせることになるし、こっちとしても面倒だ。それならいっそ、転移を教えた方が早い」
「確かに、理には適っているな」
「まあそういうことだ。さて、そろそろ戻るか」
「私もついて行っていいかな?」
「いや、少し用がある。終わったら連絡でも入れるから、そのときにしてくれ」
「そう、わかった。じゃ、先に行ってるから」
莱夢のいなくなった公園には、聖流と未徠が残された。
「結局、あの老人って何者だったんだ?」
「俺にもよくはわからないな。言っていたことが正しいとすると、ここの洞窟に封印の魔法をかけた玖藍という名の魔法使いで、他の洞窟にも現れるってことくらいか」
「聖流のした質問に答えたんだろう?」
「一度だけな。二度目はことごとく無視された。少なくともこちらの声が聞こえていることは確かだな」
「そうか。次に会うことがあったら、なるべく時間を稼いで俺が来るのを待っていて欲しい」
「ああ。あまり時間が稼げることが望めるとは思えないがな」
「そのときはそのときだ、仕方ない。さて、とりあえず、俺も戻るとするか」
そうして、公園にはまた聖流一人が残された。
「俺も戻るか」
そして、公園には誰もいなくなった。

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