The 21st story トリル遺跡《その3》
ライトによって薄く照らされた洞窟に、一つの足音が響いていた。 「何だか今日の未徠は、未徠らしくないな……」 ぼやきながら歩く洞窟は、先ほどの分かれ道以降一本道で、その広さも大して変わってはいなかった。 「あの壁から手が離れなかったからといって、後ろに転がっていくなんて、らしくない」 言ってから何となく聖流は違和感を覚えた。 そういえば、何故、あの壁から手が離れなかったのか、何の前触れもなく急に手が離れたのか──。 「っ……」 何かにぶつかった感触を得て、改めて目の前を見ると、そこには透明で淡い緑色の壁があった。 なんだろう、これは。 そう思って来たほうを見ると、いつの間にかそこにも似たような壁があった。 「閉じ込められたのか……」 言えども、時既に遅し。 聖流は、分かれた二人に連絡を入れるために、タシットを使おうとした。 しかし、どうもその魔法が効力を発揮した感覚はなかった。 一方、ライトはその効力を発揮して辺りを明るく照らしていた。 「外部との魔法が使えないということは、これは封印か……」 だとしたら、あの魔法もきっと効力がなくなっているに違いない。 それなら未徠が気づいているだろうから、大丈夫だろうが、しかし一体この封印は何だろうか。 そう思って辺りを調べ始める聖流は、上にいるかすかな影にしばらく気づくことはなかった。 『……?聖流との交信が途絶えたようだ。何かあったらしい』 先ほどの開かなかった壁の近くに立ちながら、未徠は莱夢へと送る。 『私のほうは、何も起きる気配はないよ。ただ、ずっと道が続いているだけみたい』 『そうか。俺は、あれを元にしてあいつのほうへ行くから、一度ここまで戻ってくれ』 『わかった。気をつけてね』 『ああ……』 言って、未徠は軽く目を閉じる。 聖流から送られてきた"風景"を紐解き、見つめる。 『十メートルほど、離れた場所なら大丈夫だろう』 そうつぶやいて、聖流から送られてきた"風景"の元へと転移した。 「薄緑の壁以外、特に何もないな……」 「当然のこと。それ以上の余力はもはやないわ」 突然背後から声がして、聖流は驚いて振り向いた。 それはきっと来るであろう未徠の声ではなく、どこかしわがれた印象を受けるものだった。 振り向いた先には、一人の老人が立っていた。 「……あなたは?」 「わしか?わしは……、ああ、玖藍(くらん)という者だ。ここに封印を掛けた張本人じゃよ」 「この結界は?」 聖流は、この玖藍という老人によって作られたと思われる結界で、相手に場の優位があると思ってそう問うてみるが、老人はその質問に答えることなく、 「ここまで来れたということは其方、他の遺跡を訪れたことがあるということだな?」 聞こえていないわけではない。 ということは、単に無視されているだけなのだろうか。 「まあよい。もはや老い先短いというのにそんなことを知っても何の特にもならんわ」 年の方、見たところ六十は過ぎているが八十にまではいってないというところだろうか。 背はさほど高いわけではないが、どこか貫禄のようなものを感じさせる面をしている。 ただ、どういうわけか、服装に関してはあまりいいとは言えなかった。 サイズそのものはしっかりとしたものを着ているのだが、ところどころ綻んでいたり、妙な切り傷のようなものがある。 「ともかく、わしは他の遺跡にも現れるようにしてある。其方が順に遺跡を辿っていけば、またどこか出会えるじゃろうて」 "現れるようにしてある"とはどういうことだろうか。 もしや、今こうして見えている老人も、"現れるようにしてある"存在なのだろうか。 だとすれば、老人自身はどこにいるのか。 恐らく、それを訊いても応えは返ってきそうにないと聖流は思った。 「ああ、いい忘れておったが、ここの暗号は、分かれ道の反対側の道にあるからの。もっとも、ここへ来なければ見れないようになっているが……」 「反対側?」 「なに、この程度の道を戻ることなど、其方が魔法使いであろうとなかろうと容易なことじゃろう?」 最初の質問に答えたところから見て、誰かが認識の下で映し出しているであろうから、記憶された映像ではないだろうと、聖流は踏んでいた。 しかし反応は芳しくない。 聖流は、何か引っかかるものを感じていた。 「さて、そろそろこの姿でいるのも限界かの。何か訊きたいことがあれば、次の遺跡で訊いてくれればよい」 言い終わると、光る埃が舞い上がるようにして老人は姿を消した。 「応えるつもりがないわけでもないのか……」 「聖流、大丈夫か?今の光は何だ?」 背後から聞き覚えのある声がした。 それは、きっと来るであろう未徠の声だった。 「けりって?」 もっともな質問を永輝は柚愛に投げかけた。 ただ、その反応に若干の違和感があることを除いては、ごく普通の会話だった。 「そろそろ、終わりにしようと思って」 一呼吸をおいて、落ち着き払った様子で柚愛は呟いた。 「……何を……?」 永輝のした質問には何一つ答えがない。 相変わらず、もやもやとした雰囲気が漂っている中、無駄かもしれないと思いつつも永輝は再び尋ねるのだった。 「美琴は、"美空でいる"という記憶を戻したいんでしょ?」 しかしながら、一方の柚愛は永輝の話を聞いているのかいないのか、美琴に向かってそんな質問を投げかけていた。 「えっ……」 言われて、美琴は何のことかと一瞬思い、それとなく悟って永輝を見る。 永輝は、柚愛に問うた内容を蔑ろにされているようであまりいい気分ではなかったが、美琴の視線を受けてその意図を察してはいた。 軽く頷いてから、向こう側に座り何故か芳しくない反応を繰り返す柚愛を見る。 疑心暗鬼にも似た感情を抱きつつも、永輝には柚愛が何かを変えようとしている気がしていた。 「まだ、どちらとも言えない。昔の自分に興味はあるけど、でも……」 「そう……」 「あの……、昔の私── 美空という人のことについて、教えてくれませんか?」 ふと、聖流の言葉を思い出して、美琴は柚愛に尋ねる。 それを聞いた柚愛は、何故か一度永輝と目を合わせてから、再び美琴を見る。 「……優しかったよ。ただそれだけは言える。あとは……、あまり魔法を使いたがらなかったってくらいかな」 「逆に、それが辛くなるのかもしれない」 うす曇の空を眺めながら、永輝は一人言ちた。 「わからなくもない。傷つけまいとされるのが逆に辛いときもあるから」 「せめて、戻ってくれれば、まだ……」 赤茶けた地を見ながら呟く永輝を見た柚愛は、軽く頷いて、 「そうだよね。私も、いつまでも逃げているわけにもいかない」 そう言うと、柚愛は立ち上がって、美琴の前に立った。 「元に戻すよ。もう、見てるのも辛いから」 「えっ?」 「でも、あの三人には言わないでね。少し様子が見たいの。遺跡のことも気になるし」 永輝はほっとした様子で頷いて、美琴は心配げに目の前に立つ柚愛を見ていた。 「大丈夫」 そう言って、柚愛は美琴の額の前に手を翳して、聴きなれない言葉を紡いだ。 聖流は、やってきた未徠にここであったことを告げた。 未徠は時々首をひねりながら聞いていたが、聞き終わると、 「その玖藍という老人が、ここを作った可能性があるかもしれないということか」 「ああ。しかし、どこからここに映し出しているんだろうな」 「次の遺跡で聞くしかないだろう。とにかく、反対側へ行くなら莱夢に連絡しないと……」 そう言って、分岐点へと転移した。 |