The 20th story トリル遺跡《その2》

その言葉からは、何か覚悟のようなものを感じた。
ただ、彼女が元に── 元の美空に戻ってしまったときに、彼を愛してるのかどうか、それはわからない。
それを知っているのは、居ない美空だけだろう(いや、もしかすると誰にもわからないのかもしれない)。
彼女が一体どういう気持ちでいたのか──個人的に願うなら、それが利己的なものであってもいいのなら、自分のことを想っていて欲しいと思うのだけれども、それはきっと叶わないだろう。
でも、ただそれを微かに願っている自分がいる……。
限りなくそうでないに等しいのだけれど、それでも、そうであればいいと思っている自分がいる……。
その気持ちを裏切られるのが怖いから、彼女が記憶を戻すということから逃げているのかもしれない。
無理だって分かっているのに、そんなことなんてありえないと思っているのに、それでも。
……きっと、この気持ちに何か踏ん切りの様なものがなければ、"彼女が記憶を戻す"ということは受け入れられないだろう。
彼らの続ける旅の先に、記憶が戻せる可能性があるとはいえ、素直に応援することもできない。
彼がああしてそれなりの覚悟を示したとしても、私は、まだ……。
でも……、条件つきとはいえ、彼がしたひとつの覚悟に、今の私なら少しだけ応えられるかもしれない。

「で、ここが封印されている場所だ」
そう言って、未徠は洞窟内の異様に明るく光る壁の前に立った。
その明かりは壁全体から湧き出るかのように辺りを照らし出していて、壁にはまるで扉があるかのように彫られた場所があった。
「太いところを真っ直ぐ来ただけだな……」
「ああ。わざわざ封印まで施しているのに、あまりにも安直な場所にあるのは不自然だと思わないか?」
「ここから先は通したくはないけども、ここまでは来て欲しいってことかな?」
「もしくは、急いで封印をかける必要があったのかもしれないな」
「どちらにしても、この先に隠したいものがあることは確かだ」
そう言って、未徠は壁の周囲を調べて始めた。
そこに何か怪しげな仕掛けがあるか、ないか……。
「それがレリックだろうな」
「ああ……。ただ、問題はどうやってこの封印を解くかということだが……」
未徠は、少し屈んでその手を壁に当ててみる。
かといって、何が起きるということもなかった。
「さて、どうするか……」
未徠はそう言って立ち上がろうとしたが、
「ん?」
「うん?どうかしたの?」
未徠の声を受けて、同様に周囲の壁を調べていた莱夢は、未徠に尋ねた。
「いや、壁から手が離れないんだ」
「手が?」
「ああ。まるで貼りついてしまったかのように動かない」
「何かトラップにでもはまったのか?」
「いや、そんなことは書いていなかったはずだが……」
そう言いながら、未徠は軽く壁に足をかけて、後ろに体重をかける。
「しかし、びくともしな...
その時、急に未徠の手は壁から離れて、未徠はものの見事に後ろへと転がっていった。
「未徠くん!?」

憎しみだけでは生きていけない。
今は何となくその意味がわかる。
憎悪だけで生を保つと、手段が目的に変わってしまう。
憎しみによって復讐や反撃として行動を起こすはずが、行動を主体として憎んでしまっていたのかもしれない。
失ったことではなく、失わせることばかりを考えていたのかもしれない。
私にとって、何が大切だったというのだろう。
何のために彼の住む町まで行って、彼から持ち去ってしまったのだろう。
失くした彼女に会って、自分はこれ以上何を失おうとしていたのだろう。

「はぁ、ひどい目に遭った……」
言って、未徠は立ち上がろうと重そうに腰を上げたが、力が入りきらずに再び尻餅をついた。
「らしくもない格好だな」
「この状況だからできる。ただ、それだけだ」
未徠はそう言いながら重い腰をあげる。
「それより、いつの間にかあの扉が開いている」
言われ、振り返った二人。そこには、また新たな道が現れていた。
「確かにそうだが……、あれはなぜ開いたんだ?」
「というより、いつ開いたんだろうね。まったく気がつかなかったよ」
「ただこの程度のことで、俺に構いすぎたということだ」
前に開かれた道へ歩を進める未徠は、ぶっきらぼうにそう言う。
「他に仕掛けがあるかもしれないというのに、それでは務まらない」
「後ろに転がっていった未徠に言われても説得力ってものがないけどな……」
「……」
もっともなことを言われて、未徠はただ黙るしかなかったようだ。
「ともかく、先へ行こう」
堪りかねて、莱夢は二人を先へと促す。
「ああ……」
返しても未徠の反応は毎度その程度で、聖流は軽く頷いただけだった。

「やっぱり、宿の看板を掲げるところは一つもなかったね」
「うん……。これからどうしよう?」
「この魔法を使えば、莱夢さんに連絡できるけど……」
美琴は、少し俯いてから永輝の顔を見る。
永輝は、その窺う顔に少し不安の色を感じた。
「とりあえず、何処かに落ち着こう。こうして歩いていても仕方ないから」
そう言われた美琴は永輝の台詞に頷いて返すのだった。

今思い返せば、私の抱いた怨みはあまりにも利己的だったのかもしれない。
私は彼女の気持ちを何一つ知らなかったし、私自身もそれを聞こうとはしなかった。
もっとも聞けるようなものではないことは確かなのだけども、暗に確かめたり試すようなこともなかった。
そんな状況で、日増しに自分の感情が高まっていることだけを感じて日々を過ごしていた。
その中で、うっすらと彼女に期待した時もある。
もし彼女も同じ気持ちだったら、どんなに嬉しいだろうと。どんなに楽しいだろうと。
だけど、それを彼女に押し付けるようなことはなかったと思ってる。
それでも、きっと何処かで諦めきれないほど彼女に期待していたのかもしれない。
突然の行方不明を知って、私が何も言わずに単身家を飛び出したのは、きっとそのせいだろう。
もちろん何も言わずに出てきたから、しばらくして未徠から連絡が入ることとなった。
未徠には今何処にいるのかといった詳しいことは言わずに、ただ今日も居ることだけを告げていた。
でも、デュート国の何処を捜しても彼女に会えることはなかった。
ところで、この世界には大陸をその領地として国が四つある(余談だが、それぞれ同程度の大きさと規模で依存しあって成り立っているのが現状だ)。
デュート国にいないということは、他の国にいるということだろうか。
私はそう考えて、他の国をノールミュークフィーロの順に回った。
それだけのことで幾許の時間が過ぎ去っただろうか。
二周し終えたときには、もはや時間などどうでもよくなっていた。
どれだけ探しても見つからない。
ただ、そのことに呆れにも似た恨みを感じていた。
自分の想いがあくまで一方的なものであったことも忘れて、彼女の消失に苛立っていた。
私をおいて、何故知らない世界へ行ってしまったのか。
そうやって、私のことなどどうでもよくなったのか。
今何処にいて、誰とどうしているのか……。
もう、こんな辛い思いを抱くなら、いっそ恋愛感情なんてなければいいのに──。
それが憎しみと相まって、逢った時に彼女から感情を消すことになる。

「さて、道は見ての通り二手に分かれているようだが……」
「あの扉は入れたわけだから、ここからは下手に拒まれたりすることはないと思うけどな」
大して痛くも痒くもなかった聖流はそう言うが、
「いや、あれは一つ目の仕掛けで、他にもまだあるかもしれない」
未徠のほうは、まだこの洞窟に警戒しているようだった。
「なら、未徠はここで待っていればいい。二人で分かれて行ってくるから。いいよな、莱夢?」
「私はいいけど」
「未徠はこの付近でも調べていてくれればいい。もしかすると見落とした分かれ道とかあるかもしれないし」
「ああ」
「それじゃ、何かあったらあれでよろしく」
そう言って、聖流は右側の通路の中へと入っていった。
「なんだか、聖流くんが普段の未徠みたいだけど?」
「そうか?多少やる気になっている気はするが、俺のようだってことはないだろう」
莱夢は、未徠が普段の聖流みたいだと思ってもいたが、それは口に出さずにいた。
怒られてしまうのではないかと思っているわけではない。
自覚させることで、今みたいな状態でなくなるかもしれないと思っただけだった。
「じゃあ、私も行くね」
「ああ」
「あと、美琴ちゃんはタシットも使えるから、暇なら送ってみるといいよ」
それだけ言って、莱夢は左側の通路へと入っていった。
タシットフライか。あとトランスくらいあれば安心できるか……」
そうぼやきながら、未徠は元来た道を引き返していった。

小さな緑地公園の下、二人は木製のベンチに腰掛けていた。
「何かあったときのために、って渡された紙だけど……」
そう言いながら、美琴は取り出した紙をゆっくりと開く。
そこにはあの時聞いたフライの呪文に似たような雰囲気の文章が並んでいた。
「これが魔法?」
永輝が美琴の持つ紙を覗きこんで尋ねる。
「そうみたい」
美琴は紙に書かれていることに目を通しながら、応える。
「これを使うとテレパシーのようなものが送れるのか……。一度、試しに僕に送ってみて」
「永輝くんに?」
「うん」
『えっと……、これで届いてる?』
少しだけ不安そうな声で、それは永輝に直接届いていた。
「うん、届いてるよ。なんだか不思議な感じではあるけど。自分の中だけで音楽を鳴らしているような、そんな不思議な感じがする」
「さっき、莱夢さんに言われたときもそんな感じだった。意図してないのに何かを考えているような感じで」
タシットの魔法?誰がそんなものを教えたの?」
声のしたほうを見ると、そこには柚愛が立っていた。
タシットは思考回路に直接干渉して自らの意思を伝達する魔法で、相手が了承していなければ使えないとはいえ、強力なものなら相手を操ることさえできる危険な魔法なんだけど……」
そう言って、柚愛は美琴と微妙に距離を置いた位置に座った。
そこには、以前のような張り詰めた緊張はなかった。
「操るって?」
美琴は、突然現れて話し始めた柚愛に動じることなく、普通に質問していた。
「自分が考えているように聞こえるということは、脳内に直接アクセスしてる状態なの。それをその人の行動を司る部分に向けた場合、その人を操ることができる。ただ、それを拒否することができた場合は何の問題もないんだけど、拒否する部分に対して働きかけた場合は……」
「為すがままってこと?」
「うん。ただ、最初に脳内にアクセスする時点で拒まれたらそういったことはできない。それに、操るように仕掛けた場合は、何故か今までシーだったのに急にニーになってしまう。だから便宜上パペットって名前がついているんだけど……。まあ、そういうこともできるってだけで、滅多に使う人はいないよ。上手く使いこなせる人も少ないから」
その点、果たして美空はどうだったのだろうと、美琴は思っていた。
自分であり自分ではない存在に、畏怖のような妙な感情を抱いていた。
「逆に、相手から受け取る魔法はないんですか?」
「永輝さんが美琴に伝えたいってこと?」
「えっ、まあ……」
「そう。……うん、ないことはないよ。ただ、永輝さんが伝えたいときに伝えられるわけではなくて、美琴が聞きたいと思ったときに、ってことだけど。相手が考えていることが読めるっていう方が正しいのかもしれない」
「そうですか……」
それは、時と場合を選ばずに自分の考えていることが駄々漏れ状態になるということだ。
それはそれでどうかと永輝は思う。
タシットのように、伝えたいことを伝えられるわけではない。
魔法が使えないとはつまりそういうことなのだろう。
「それで、今日は何の用で来たんですか?」
突然現れた柚愛は、会話に介入しただけで結局何をしにきたというのだろう。
ただなんとなくそう思って尋ねただけの一言だった。
「えっ、今日は、その……」
そう言って、一度黙った。
それから軽く深呼吸して、続けて言う。
「そろそろ、自分にけりをつけようと、思って」

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