The 19th story トリル遺跡《その1》
「あの町を越えたところにあるのがトリル遺跡だ」 「結構歩いたな……」 聖流はわざと少し大きな声でしっかりと言ってみたが、未徠にはことごとくスルーされて、 「今回の遺跡は研究者さえ拒む遺跡らしい。学術研究のために遺跡に入ったという記録があるが、内部で何者かが仕掛けた封印に阻まれて、それ以上の探索を断念せざるを得なくなったとある」 「それは、どこの文献からなの?」 「これも、図書館にあった記録だ。地図のついでにあちこち調べておいた」 未徠はそう言っているが、実際は違っていた。 図書館にあったかどうかも定かではないし、図書館で調べてもいなかった。 「そう。図書館の裏倉庫にはこんなひっそりとした遺跡の調査結果さえもしっかりと書いてあるのね。確か、未徠がいたのってラウドの図書館よね?今度行ってみようかな……」 「いや、俺はあくまで危険を冒してあんなところで整理がてらに調べてた。できることならそんなことはしない方がいい。いや、するべきじゃない。そんなことは俺だけで十分だ」 未徠は、何故か急に必死になって、図書館に莱夢の興味が向かうのを制止した。 そこにあるわけではないということを悟られまいとするように。 「う、うん……」 一方の莱夢は、未徠の必死さに少し気迫のようなものを感じてたじろんでいたが、それと同時に(未徠の言うことを信じているので)未徠の捨て身的な行動を心配してもいた。 「しかし、地元の人でさえあの場所に近づかないから、ここで調査のしようもない。とりあえず中に入って、封印が解除できるかどうか調べてみるところから始める」 「うん」「ああ……」 聖流は元気なさ気に返したが、未徠はそれを気に留める素振りも見せなかった。 「まあ、二人は例によってこの辺りで待っていてくれればいい」 「はい」 「あと、遅くなるかもしれないから、先に二人だけで何処か泊まるところをとっておいてくれ」 「私たちの方はあとで連絡するから。それとあと、何かあった時のために」 そう言って、莱夢は一枚の紙を美琴に手渡した。 『この無線みたいな魔法── タシットっていうんだけど、これが使えると便利だと思って。あとでちゃんと未徠くんに説明するつもりだけど、今は秘密だからあとで見てね』 「はい」 「さて、そろそろ行こうか」 「それじゃあ。待ってるから」 そうして、どうもやる気のなさそうな聖流を連れて、二人は遺跡の方へと向かっていった。 「それじゃ、とりあえず宿でも探そう」 「うん」 「さて、見ての通り遺跡の中は真っ暗だが……」 山のふもとに立つ三人は、そこに空いた真っ暗な大穴を訝しげに眺めていた。 「遺跡というよりも洞窟だな」 その洞窟の入口には『KEEP OUT』の文字が大きく掲げてあったが、三人にとってそれは大して問題ではなかった。 「今度はライトの出番だね」 「まあそうだな。とりあえず封印がかかっている地点まで行ってみるしかない」 「そこまでは一本道?」 「いや枝分かれしている。ただ、封印の場所まで魔法が掛かっていたということは書かれていなかったから、恐らく普通の洞窟同様道を把握しながら行けばどうということはないだろう」 「簡単に言うけど、これが結構面倒なんだよな……」 「やればすむことだ。とっとと終わらせてしまうぞ」 そう言って、未徠はまた一人で遺跡の中へと入って行った。 「魔法が使えるだけ楽だと思うくらいでないとね」 「まあ、そうだな」 「あ、そうそう、さっき美琴ちゃんにタシットの使い方を教えておいたから、もしかしたら何かくるかもしれないけど、そのときはよろしくね」 「うん。しかし美琴さんにあんまり魔法を教えるのも、未徠にばれたときが怖いな……」 「大丈夫。未徠くんは"やるなら責任を持て"って言ってたから。ちゃんと責任を持って教えればいいんだよ」 「そうか。ならフライを教えたことも咎められなくてすむかな」 「フライを?あとで教えようかと思ってたのに」 「莱夢が美琴さんにフライをかけたって聞いたから、それなら最初にフライから始めた方が... 「二人とも、そんなところで話してないで早く来い。中でいくらでも話せるだろう?」 何時の間にか洞窟の入口には中へ入っていったはずの未徠が戻ってきていた。 「意外にあっさり封印された個所が見つかったが、二人がいないと話にならないしな」 「ごめんね、一人でやらせてしまって」 「……。とりあえずいくぞ」 「うん」 そうして、三人は洞窟の中へと入っていった。 「それよりさっきの話だが、聖流は美琴さんにフライを教えたのか?」 「えっ……」 「わざわざ説明する手間が省けそうだね」 「そういう問題……?」 そうして疑問を呈する聖流の声が、洞窟の中に響いていた。 「ねえ、永輝くん」 両側に田んぼの広がる長閑な田園地帯を歩きながら、美琴は永輝に話しかけた。 「うん?」 「ここは、片田舎の小さな農村で観光に来る人もいないから、そもそも宿なんてないんじゃない?」 実際、宿どころか人家から最寄の人家に行くだけでも歩いて五分ほどかかりそうな場所だった。 「確かに……」 「探すだけ無駄かもしれない」 「一応、辺りを回ってみよう」 「うん、一応ね。多分無理だと思うけど」 「そういえば、さっき莱夢さんから何を手渡されたの?」 「……ちょっと、ね」 美琴は言葉を濁して、その答えを言うことを躊躇った。 「私は教えるのは構わないけど、でも永輝くんは……」 "記憶を戻すなんて、その後残された僕はどうなるんだ?" そう言う永輝の心配そうな、でも今にも怒ってしまいそうな、なんともいえない微妙な表情が美琴の頭にあった。 それを思うと、美琴はこのことを永輝に話していいのか悩んでいた。 「僕は別に構わないよ?」 何も知らない永輝はそう言うけれども、またあんな顔をするのだろうかと思っていた。 それは、愛ではない。ただ、気を遣っているだけだった。 「別に気を遣わなくてもいいから」 「……タシットっていう魔法のやり方。テレパシーのようなものが送れるの」 「えっ?魔法って、あの魔法?」 「うん……」 「そう、か……」 「……だから、私は」 「いやいいよ。莱夢さんにやらされているわけじゃなくて、美琴がそうすることを選んだんだろう?」 「うん……」 「それならいい。前から美琴が過去について悩んでいたのも知ってるし、それが僕にどうにかなるものでもないことも知ってる。以前魔法が使えたことがわかったら、今度はそれを使ってみたくなるのも仕方がないよな」 そう言われても、美琴には自分が過去を知りたがっていたことを永輝に話したかどうかがわからなかった。 ただ、誰かにそのことを話した覚えだけはある。 それが誰だったのか、思い出せないけれど……。 「いつかは、そうなるような気がしてた。ただ、それが思ったより早かっただけ」 「……」 「僕は別に美琴に魔法が使えても使えなくても構わない。僕のことを好きでいてくれるのなら──この気持ちにやり場がなくなるようなことにならないのなら、美空という記憶が戻っても構わない。そうすることを美琴が望むなら、それを助けたい」 「……うん」 そうは言ったものの、美琴には永輝の熱意のこもる場所が掴めていなかった。 "好きでいてくれるなら"──、そう言われても、"スキ"って何なのだろうか。 どこかその響きに懐かしさややさぐれたものを感じてはいたが、その感覚も何を意味するのかよくわかっていなかった。 「僕には魔法が使えるというわけではないけど、美琴のことは誰よりもわかってるつもりだから」 言われて、それが何となく頼ってもいいということを意味することはわかった。 でも、彼がいくらそう言ったとしても、昨日の表情は嘘ではないはずだと美琴は思っていた。 私が"元に戻す方法"を尋ねたときの彼の挙動も……。 それを考えると、今の彼はどうだろう。 "望むなら、助けたい"と、彼は言った。 彼の中で何かが変わったのだろうか、それとも今の表情と言葉に無理しているのだろうか。 美琴は"家族のようなもの"と言われたその一員として、永輝の変化を心配していた。 |