The 18th story 美空の存在《その2》

「それじゃあ、一度教えた通りに使ってみて」
「はい」
美琴は聖流に答えると、何かに導かれたかのように目を閉じた。
「……」
しばらくの静寂の後、うっすらと霧が出たかのようになって、そこにはあの時の四十雀がいた。
「戻るときは、もう一度使えばいいから。あと、他の人にかける時だけど、そのときは最初の文言の後に、その人をイメージしながら名前を唱えてから、その魔法を唱えればいい。まあ、あまり不用意に使うべきではないけどな」
聖流がそう言う間にも、四十雀はそのつばさを広げて、辺りをゆるやかに飛んでいた。
そして、前から歩いてきた永輝の肩に止まった。
「……記憶はなくしても、慣れたことは忘れないんだね」
永輝は、その四十雀の背を優しく撫でながら寂しげにそう言った。
「うーん、ああいうイーの魔法の効力は使う人が少ないせいで謎な部分が多いから何とも言えないな」
「でも、最初から飛べるわけではないということは、以前に飛べたことを覚えているということでしかないですよね?」
「たぶん、そうなんだと思うけど……。ああ、一応永輝くんに言っておくと、もし美琴さんが記憶を戻したとしたら、その時には今の記憶と昔の記憶、両方を知っている状況になるからな」
「それで、もし昔に誰かのことが好きだったとしたら、僕は一体どうなるんでしょう?」
「それは……、戻った後の美琴さん……、まあ美空次第だろうけど。ただ、俺たちには彼女が記憶を消した理由さえ分からない状態だし、彼女に誰か好きな人がいたかどうかなんて尚更わからないけどな。少なくとも、付き合っていた人はいないはずだけど」
「そうですか……」
「でも、永輝くんと美琴ちゃんは付き合っているんだろう?そういう意味では、以前にそういった関係はなかったわけだから、安心していいと思うよ」
「はい」
そうはいうものの、当事者である美琴は相変わらず永輝の肩に乗って二人の会話も聞いていたが、何のことやらさっぱりな状態だった。

「あの日、俺は一緒に風呂に入っていた聖流や永輝よりも先に風呂からあがって、部屋へ戻ったんだ」
「私たちはまだ、お風呂に入ってたけどね」
「ああ……。部屋に戻れば当然そこには鳥かごがあって、中にはあいつがいた。その時にはスリープも解けていたようで、鳥かごの中の止まり木に止まっていた」
「うん」
「その時ふと思ったんだ。もしこのまま柚夢が魔法を戻すことなく、美琴さんが恋愛感情をなくしている状態が続いたとしたら、それを口実に神に会いに行けて、そこで美空の記憶を戻すことができるんじゃないかって」
柚夢が言っていたのは、このことだったのだろうかと、莱夢は思っていた。
未徠が何を考えているのかわからない、と。
「俺は突発的に柚夢を隣の部屋に連れ出して、そこでそのことを話したんだ。だけど、あいつは一丁前に"それでカノジョが喜ぶのか"って」
「柚夢ちゃんらしいね」
莱夢は、落ち着き払った声で未徠に言った。
「そうか?俺はてっきりあいつがその話に乗ってくるものと思ってた。美空がいなくなる前まで親しそうにしていたから」
「うん。それから?」
「俺は、そんな風に思っていたから、あいつにそう言われて気が抜けていたんだろう。その後は、何もする気が起きなかった。そして、気が付いたら辺りはいつの間にか暗くなっていた」
「これからは、どうするつもりなの?」
「とりあえず、遺跡は巡る。柚夢があの魔法をちゃんと戻すとは思えないからな」
一応、柚夢ちゃんは二人に魔法を解くと約束したのだけれど、と莱夢は思い、敢えて
「それじゃあ、もし回り終えるまでに柚夢ちゃんが恋愛感情を戻したとしたら?」
と、尋ねてみた。
「もう、こうして遺跡を回る意味もないし、柚夢に二回もあの魔法をかけられるとは思わないから、この仕事も終わりだろうな。そうなったらまた、デュートへ戻って今まで通りのことをしてるんだろう」
「そう。なら……、もし、もしもの話だけど、美琴ちゃんが記憶を戻したいって言い出したとしたら?」
莱夢は、個人的にはそうしてほしくはないと思っていたが、可能性としてありうるとも思い訊いてみる。
「えっ、ああ、でも美琴さんが美空のことを知らなければそう言うこともないだろう?」
「それが、実はね、私、もう美琴ちゃんに美空という名前も彼女が魔法を使えたことも、もしかすると美琴ちゃんにも魔法が使えることも話しちゃったの」
莱夢としては、それの半分は柚夢だと話してもよかったが、美琴からああして言われていることと、今それを柚夢が話したのだと言った時の未徠の反応を考えると話す気になれなかった。
「……本当か?」
一方の未徠はそれに驚く様子もなく、ただ確かめるようにそう尋ねた。
「うん」
「……そうか。俺は別に、口止めしたとはいえそれを咎めるつもりはない。ただ、そうした限りは責任を持てよ?それを知るだけで満足するわけがないからな」
「……うん」
「一応、美琴さんが記憶を戻したいって言い出したら、俺はそれを手伝うつもりではいるけど。いくら今の美琴さんに魔法が使えたとしても、メモリーレスを解除することなんてできそうもないしな」
「自分がかけたという記憶もないからね」
「ただ、そのときは少し旅の目的が変わったというだけでやることは同じだ。何ということもない」
「そうだね」
二人は至って楽観的に見ているが、美琴に美空のことを教えることこそが、確実に彼女を少しずつ美空のほうへと近づけている。
柚夢も未徠の行動に反対したとしても、彼女が美琴に名前を教えた限り、彼女もまた美琴を美空の方へと近づけているのだった。

「聖流と美琴がああして話しているところは、どうも彼女が美空に思えてきて、違和感を感じる」
五人のやや後方の上空を気侭に飛んでいる柚夢は一人でぼやいていた。
「しかし、次の遺跡がこんな山奥にあるなんて、また不憫。一体こうして遺跡に隠した人物は、何を思ってこんな場所に仕掛けたのだろう」
もっとも、彼女はこうやってぼやいているつもりではあるが、前を歩く五人には少し離れたところでカラスが鳴いているように聞こえている。
「それがあの神であるにせよ、他の誰かであるにせよ、今まで様々な人が探して見つからなかったのだから、何か隠すことに意味があるに違いない。ただ、それに関する文献があってしかもそれが図書館の倉庫にあったなんて。それがそんな場所にあって何故今まで誰にも見つからなかったの。もしかすると存在が秘匿されていただけかもしれないけれど、それにしても仕事で容易に入れるような図書館の倉庫にあるなんて。何かこの遺跡とこの旅には違和感を感じる。あの三人だから大丈夫だとは思うけども」
とはいえ、根拠はないけど、と柚夢は心中で思っていた。
何となく、何となくだけどあの三人なら大丈夫な気がしてた。
自分の掛けた魔法を解こうとしている三人をそう思うことは変なことだけれども、何故かそんな確信があった。

「あと、一応誤解がないように言っておくけど」
聖流は、そう切り出して、少し間を空けた。
「さっき言ったように、魔法はそれがどんな魔法であっても、魔法使いなら誰にでも使える。ただ、人によってその効果の永続時間や威力が異なったりする。例えば、俺なら補助魔法妨害魔法が長けていてその効果が長く続くし威力も強い……と思ってるんだけどな。それが莱夢の場合は回復魔法守備魔法で、未徠は攻撃魔法か。未徠のあれは反則並だと思うけどな……。あと消去魔法とか付加魔法とかあるんだけど、消去魔法は大抵イーだから使う人もあまりいないし、付加魔法はむしろ全員が使えるようにならないと不便なくらいの魔法が多いから不得意という人はいないけど、柚夢ちゃんはそれが長けているみたいで、フライにしても長く飛べるみたいだな。まあ、あくまでそういった分け方も便宜上だから実際そうやって分けられる魔法すべてが得意ってわけでもないけどな」
「つまり、単に使うだけなら誰にでもできますが、それをどの程度使いこなせるかということは人によって違うということですか?」
「ああ。一応練習すれば能力は伸びるけど、その伸びやすさも人によって違うらしい。それに先天的に何かの魔法に長けている場合もあるから、得意であるからといって練習を積んできたというわけでもないな。先天性としては遺伝的に何かの魔法が得意という場合や、何の理由もなくその魔法がうまく使える場合もある。あと、基本的に魔法使い全体にいえることだけど、魔法に頼った生活をしてるせいで運動が得意じゃない。まあ俺が言えたものでもないけど……。でも、体力だけはある。魔法で使うからな。問題はそれに体がついてくるかってことだが……。物好きな人は運動したりして、長けている人もいないこともないけど、魔法の方が便利だからな……」
そう言って、聖流はひとつ、はぁとため息をついた。
「結局のところ、魔法に依存しきった生活をしてるから、身体を動かすことに慣れてないんだ。こんなに歩いたのも久しぶりだしな……」
結局、聖流の話は、こうして長々と歩いていることに対する愚痴に帰結したらしかった。

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