The 16th story 魔法講義録《その1》

莱夢は、永輝が美琴にした質問を痛く感じていた。
それは、彼女が美空と柚愛のことを知っていたからだった。
しかし、もしかすると、それは柚愛の一方的な感情だっただけなのかもしれない。
美空が柚愛に対してどういった感情を抱いて彼女に付き合っていたのかということを、莱夢はもとより、当の本人である柚愛さえ知らなかったのだった。
柚愛が単に心を許してくれる美空に対して、一方的に依存していただけかもしれない。
でも、美空自身が好意を抱くようなことがなかったのかといえば、そうとも言えなかった。
なぜなら、"美空"がいたときには莱夢は美空と柚愛のことを知らなかったし、当事者である柚愛は自分自身が抱いていた感情をある種の甘えとしてしか表現していなかったからだった。
だから、永輝が危惧するような、美琴が"美空"としての記憶を取り戻した時に永輝以外の他の誰かを好きになるかどうかということは微妙な問題だった。
そうでないとも断言できず、そうであるとも断言できなかった。
そういった状況である以上、莱夢は永輝のためにも柚愛のためにも美琴が記憶を戻すというようなことを避けたかったのだった。
「……"永遠"とか言っておきながら、今の自分はこんな調子だしな」
聖流を除き誰もいなくなった丘で、彼は独り言ちた。
それから、軽く溜息をついて静かに目を閉じた。
『話にとりあえずけりがついたので報告する』
その聖流の念のようなものが終わってまもなく、同じような念が彼に伝わってくる。
『うん。私たちは美琴ちゃんの家へ行くけど、聖流はこれからどうするの?』
『俺は……、もう一度彼女のところへ戻る。ああ、それから、柚愛ちゃんが三人によろしく言っておいてくれって』
『そう、わかった』
『それじゃあ、また明日』
『うん』
言葉のない会話がそうやって続いた後、丘には誰もいなくなった。
「さっき連絡があったんだけど、聖流くんはメルクへ戻るって」
莱夢は、美琴の家のリビングにある椅子に座りながら、二人にそう言った。
「そういえば、次は何処の遺跡に行くのですか?」
何気なく次の動向が気になった永輝は、向かいの席に座る莱夢に尋ねた。
「未徠くんがトリル遺跡って言ってたかな」
トリル……?それは、何処の国にあるのですか?」
「このミューク国だけど……、聞いたことない?」
「はい」
「そう。あんまり有名なところじゃないのかな……」
観光名所として機能していたら、恐らく自分は知っているだろうと莱夢は思った。
つまりは、次に行くトリル遺跡は一般に開放されていないか、若しくはまだ公にされていないということだろう。
それには、それなりに理由があるはずで、例えば安全が確保されていないとか、未だ調査があまり進んでいないということを意味する。
ということは、セーハ遺跡よりも危険が伴う可能性が高いということだろうと、莱夢は推論していた。
「あの……。莱夢さん、よければ魔法のことについて私に教えてもらえませんか?」
いままで会話に参加していなかった美琴が最初に言った言葉は、莱夢の予期せぬことだった。
「私でよければいいけど……、でもどうして急に?」
「こうして旅する以上、知っておきたいと思って」
実のところ、そういった理由も一つにはあったけれども、美琴の本当の理由はそういったことではなかった。
自分が実は魔女なのではないかと薄々気づいていた美琴は、自分が使っていたはずの魔法に少しばかり興味があって、機会があればそれを知りたいと思っていたからだった。
「そうだね……、それじゃあ、ここは私が一つ教授でもしようかな」
「宜しくお願いします」
莱夢の同意に、美琴は待ってましたとばかりにメモ帳と鉛筆を取り出し、一方の永輝は少し不安そうな顔をしていた。
「さて……」
莱夢が話を始めようとするのを窺って、美琴は机の上にあるメモ帳へと向かう。
一方の永輝は、先ほど用意したコーヒーを前において、学ぼうとしている美琴の様子を見ていた。
「私たちのデュートの国で継承されている魔法は、遺伝性のある体質によるもので、魔法使いである人の家系は基本的にみんな魔法使いなの」
「基本的に……?」
メモ帳に書く手を休めて、美琴は莱夢に質問する。
「うん。隔世遺伝っていうのがあって、例えば魔法使いとそうでない人のハーフが、同じようなハーフや魔法使いの人と結婚して子どもができたときに、親は魔法使いじゃないのにその子に魔法が使えるってこともあるの。まあ、そういった例外を除いてっていうことね」
「はい。すると大抵の場合は、家族みんなが魔法使いということですか?」
「最近は、四国の交流が盛んで人の行き来も激しいから、ハーフの人も増えてると思うけどね。でも数十年前まで四国はお互いにいがみ合っていたから、その年代の人は恐らく先祖代々魔法使いだと思うよ」
「つまり、今魔法使いである人は、数十年前まで遡れば、その先祖はずっと魔法使いということですか?」
「恐らくそうだろうね。そして次に、魔法の種類について。私たちが使っている魔法は、来るときに話したように大きく分けて二種類あるの。一つは善の魔法とされているボン魔法。もう一つは悪の魔法とされているマウ魔法。この善悪の違いは、魔法の使用が身体にとって負荷の掛かるものであるかどうかということね。このうち、マウ魔法のほうはその負担の度合いによってさらに四種類に分かれていて、軽いほうから、シーサーニーイーとなってるの」
「負担というと、それぞれどういったものがあるのですか?」
「まずシーに分類される魔法は、体内エネルギーの過度燃焼で、これはつまり空腹が早くなるの。これは、何か食事を用意しておけば全く問題はないし、それこそある程度は我慢が出来るからそれほど負担になるわけでもないでしょ?」
「はい」
「次にサーに分類される魔法は、体力を使うの。まあ、運動したのと同じようなことね。使いすぎるとばてたりするから注意が必要だけど、あくまで大別だから魔法によってどれくらい体力を使うかはバラバラで、何をどのタイミングで使うかということは、戦局を左右する重要なことなの。それから、その上のニーに分類される魔法は、使用後一定期間マウ魔法が使えなくなるの。一か八かの大技が多いけど、失敗すると後が大変になる。その代わり威力が大きいから、当てることができれば戦闘においてはほぼ勝利は確実かな」
「戦闘?戦うことがあるのですか?」
「史実に残るあの数十年前の戦争が終わってからは平和になったから、ニーの魔法ともなるとあまり使う機会もないし、私もいままでに二、三度使った程度かな。それはあくまでも平和的に利用するためだけどね」
「はい」
「あと、イーに分類される魔法だけど……、これはちょっと特殊で、一生で使うことのない人が大半だろうね。この魔法は使った後の体力消費も半端なものではないらしいし、そのペナルティが別名"タイムリミット"って呼ばれるように、人生の半ばを過ぎると……その、魔法が使えなくなるっていう大きなリスクを背負うから、好き好んで使うような人はいないんじゃないかな」
「莱夢さん、一生の半分を過ぎると魔法が使えなくなるってことは、自分がいくつまで生きられるかがわかるということですか?」
今までただ聞いていただけの永輝には、その言葉が妙に引っかかった。
どことなく何処かでこの雰囲気を感じた覚えがあったような気がしていたのだった。
「そういうことだろうね……。どうして未来予知のようなことになるのかははっきりとしていないけど……」
そう言われて、永輝は尚更違和感を感じずに入られなかった。
確かに以前にもこれと同じ感覚を感じたことがある。
それが、いつのことだったのか……。
「あっ……、そうか……」
永輝は、一人で納得していた。
確かあのときもこんな雰囲気だった、と。
「あの、もしかして、柚愛が美琴にかけたラブレスとかいう魔法は、そのイーなんですか?」
「えっ……、どうしてそう思うの?」
「以前未徠と話したときに、"彼女がこの魔法を掛けるためにした決心を変えさせるのは、容易なことではない"と言っていて。この中で"容易に変えることのできない決心"が必要なのは、イーしかないんじゃないかと……」
「そう……、未徠くんがそんなことを言ってるなんて知らなかった。私は、柚愛ちゃんがきっとそういったことを気にされることを嫌うだろうと思って、そのことは言わずに話すつもりだったんだけどね。そうまで言われたらばれるのは時間の問題だから、仕方ないかな……。でも、だからといって彼女に感情移入しちゃ駄目だよ?あくまであの魔法については、美琴ちゃんと永輝くんは被害者で、柚愛ちゃんは加害者だからね」
「はい……」
とはいったものの、永輝は何故柚愛がそうまでして美琴にラブレスという魔法をかけたのか、なんとなく気になっていたのだった。
空の鳥かごを手で顔の前に保ちしばらく見つめた後、未徠は静かにそれを机の上に置いた。
目の前の壁には世界地図が貼ってあり、そこには幾つかマークが施してあった。
「次は、トリルか。確かミューク国の小さな山村だったな」
「その地の遺跡は山奥の洞窟であります。地元ではその内部の複雑さゆえ滅多に人は近づかず、以前学者が学術研究のために洞窟内への進入を試みた際、どうやら深部が魔法によって封印されている模様でそれ以上の進入は不可であったと報告されているのであります。封印の術者は現段階では不明であり、封印の開放は確認されていないのであります」
「他の地の情報収集は現在どうなっている」
「他の遺跡についての情報収集につきましては、現在実行中であります。うち一つの収集・解析の終了まで予想では一日と二時間十四分であります。ただしあくまで概算のため多少の変動がありうるのであります」
「わかった。それでは収集及び解析のほうを続けてくれ」
「了解したのであります」
「さて……」
未徠はそう言って椅子から立ち上がり、その部屋を後にした。

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