The 14th story 美しき空に《その1》
美しい空は晴れ渡り、あの独特の青を、包み込む眼下の世界に露わにしていた。 日の光はそうした中から湧くように射しこみ、目に見える木々の青をより映えるものとしていた。 川の表面はキラキラと輝き、噴水はその中で光に乱反射を繰り返させていた。 二人はあのときのまま、噴水の脇のベンチに座り、ぼんやりと空を眺める。 時たま、風がふわっと吹いて、木の葉を、美琴の少し長めの髪を、心地よいほどに揺らしていた。 恐らく、二人に魔法をかけたのは未徠だろうと、柚愛は透き通った空を眺めながら推測していた。 莱夢はそれほど私を敵視してはいないし、聖流はきっと私を敵視はできないだろう。 彼は、きっと、そう、今も。 私にしてみれば、そうして想うことは、想われることは変な感覚でしかないのだけれども。 それから、この町には遺跡があって、三人はそこを訪れている。 私もそれほど遺跡を訪れたことはないけども、未徠にしても中に何があるかはわからないだろう。 自ずと、自らの安全の確保を考えれば、それほどの魔力を消費することは避けるはずだ。 案の定、未徠がかけた魔法はあくまで攻撃魔法だけを防ぐプロテクトであったために、彼に近づいて、その心のうちを見れたことは一つの収穫といえる。 未徠がああして魔法をかけたからこそ、永輝さんにそれほど警戒されずに近づくことができたともいえる。 とりあえず、彼に、美空── いや、美琴を、任せても大丈夫だろう。 もっとも、今の彼女は美空ではなくて、美琴でしかないのだけれども。 私の知らない、遠い存在でしかない、美琴でしかないのだけれども。 輝ける空に、ゆっくりと太陽が沈みゆく頃、空にはソレールが僅かに映っていた。 空は赤く燃えて、太陽は鮮やかな赤を示し、何処となく寂しい雰囲気を出していた。 そんな中、遺跡の門をくぐる三つの人影があった。 うち二人……、男性と女性は、残る一人とは少し距離を置いたところを歩いていた。 「今回は、やはり未徠の失態ということだな」 聖流は前を歩く未徠の背を見ながら、本人には聞こえないかと思われるほどの声でそう言った。 「灯台下暗しっていうけどね」 一方の莱夢は、赤い空をぼんやりと眺めながら聖流にそう返していた。 「まあ、未徠にしては珍しいこともあるものだな……」 「うん。そうだね」 相変わらず、莱夢はぼんやりと空を眺めながらそう返す。 ただ、話だけはしっかりと聞いているようではあるが……。 「入ってすぐのところにあったなら、あの二人をそれほど待たせることもなく戻れたのにな」 "あの二人"とは、無論永輝と美琴のことである。 しかし、二人は聖流が思うほど暇を持て余してはいなかったのだが……。 「たまには、二人っきりになってもいいんじゃないかな……。思うほど、愛は語れないだろうけれど、ね」 もっとも、実際のところは二人ではなく三人になっていたということなど、彼女が知る由もないのだが……。 「それなら、美琴さんは何を思って永輝くんの傍にいるんだろうな……。彼女は、永輝くんを必要としているのかな……?」 「感情は確かになくなったけれども、記憶はあるんだよ?彼女の中では、いくら彼のことを好きだと思わなくても、何処かで一緒にいたいと思っているんだよ。それに永輝くんだって、ああやって彼女のために懸命になっているのだから、美琴ちゃんだってそれを無駄に見ているわけではないと思うよ?」 「……そうだな」 美琴は、彼に対して自分が抱いている妙な感覚を追い求めているだけかもしれない。 彼が自分にとって、一体どういった間柄にある人のかを。 家族だと思えばいいと彼に言われてはいるのだけれども……。 「そんなことより聖流くんは、柚愛ちゃんとのことをはっきりとさせておいたほうがいいよ」 「柚愛ちゃんか。今頃、どうしているんだろうな……」 そう言いながら、聖流は青い空をぼんやりと眺める。 莱夢はそんな聖流を見て、小さく溜息をついた後、軽く目を細めて彼を横目で見た。 「聖流くん?」 「えっ、ああ、うん……、わかってる、つもりだけどな……」 「それで、よく、蓮香ちゃんと付き合えるね……」 ちなみに、蓮香とは聖流の今の彼女で、聖流とは一つ年下の魔女である。 「彼女とは、少し違うな。彼女は、追い求める人じゃなくて、傍にいて安心できる人だから……」 「聖流くんは甘えすぎなんだよ。二人と、自分に」 「そうかも、しれない。でも、思って忘れられる存在でもないからな」 「確かにそうだけど、何時までもそういうわけにはいかないことはわかるでしょ?」 「ああ、どこかでちゃんと、な……。ところで、莱夢のほうはどうなってるんだ?」 「えっ、私?私は、その……」 莱夢は、突然話を自分のことに対して振られて、少し焦っていた。 「ほら、今のところは誰ともそういう仲にはないし、こうして一人でいるほうがゆっくりできるでしょ?」 「……そうか」 「うん。憧れないこともないけれどね、今はまだいいよ」 莱夢はそう言って、晴れ晴れとした空をぼんやりと眺めるのだった。 黄昏の空の公園。 三つの人影が、ベンチに座る二つの人影に近づいていく。 二人は立ち上がって、三人の下へと歩いていった。 「セーハ遺跡のレリックは見つかった。とりあえず一旦戻って、それから次の遺跡へ向かうことにする」 未徠は至って落ち着いた様子で二人に向かってそう言った。 「はい」 「そうだな……、俺は一度アーチェへ寄ってからディーティへ行くことにする。二人はディーティでいいよな?」 「ああ。美琴もそれでいいよね?」 「うん」 「えっと、美琴ちゃん、私もディーティについて行っていいかな?」 相変わらず聖流の隣にいた莱夢は、美琴に向かってそんな問いを投げかけた。 「はい。喜んで」 美琴はそんな莱夢に対して笑顔でそう答える。 その隣にいた永輝は、何か言いたそうな雰囲気だったけれども。 「聖流はメルクへ行くよな?」 「ああ……。一度、彼女に会っておきたいからな」 「そうか。では、明日例のあれで連絡入れるから、またその時にな」 「うん」「おう」 未徠は、二人がそう言うのを聞いてからトランスで自宅へと移動した。 「私は、未徠にしてみれば二人の護衛役ってところだろうね」 「まあそうだろうな」 永輝はそれを聞いて、隣で寝ていた柚愛を思い出し、莱夢の言葉との不一致に少し可笑しくもなったが、彼女に口止めされているので、感ずかれまいと必死に笑いをこらえていた。 「聖流も、落ち着いたらディーティに来ない?もしかしたら彼女が来るかもしれないしね」 「ん……、気が向いたらな」 「それじゃ、私は待ってるから」 そう言って、莱夢は自分を含め三人をディーティへと運ぶ。 その場には、聖流だけが残される。 「彼女が来るかも、か。莱夢もお節介だな……」 そうして彼の言葉だけを残して、そこには誰もいなくなった。 |