The 13th story セーハ遺跡《その2》

「……美琴さんがここに来る以前の名前?」
柚愛は、美琴の意思を改めて確認する。
「はい……」
求められた返答を、美琴は不安そうな面持ちで返す。
柚愛はそう言う美琴を見て、しばらく考えてから、
「あおい みく。美しい空と書いて、みくって言うの」
「美空……」
「……うん」
相槌を打った後、柚愛は再びぼんやりと空を仰いだ。
永輝はそんな彼女の横顔を見て、彼女が美琴に魔法をかけた張本人であることを、自分がしばらくの間忘れていたことに気がついた。
それと同時に、柚愛の隣に誰かが座るのが見えた。
永輝が一声を発する前に、美琴はぼんやりと空を眺めながら座る柚愛に横から抱きついた。
「名前を、教えてくれてありがとう。ずっと知りたかったから……」
柚愛は急に重みを感じて驚いていたが、それが美琴だと分かると、目の前に座る彼女へと咄嗟に抱きついた。
「ううん……、私こそありがとう……」
美琴は彼女の思いがけない行動に吃驚して、目を白黒させていた。
「ずっと、美空とこうしたかったよ……」
柚愛はそう言って、美琴をより強く抱いた。
美琴は、そんな彼女をその両手で背から優しく包み込んだ。
そこにはかすかに泣き声が響いていたのだった。
『そっちは、何かあったか?』
『いや、それらしいものは何もないな』
『莱夢のほうはどうだ?』
『今のところは、何も』
『そうか。引き続き頼む』
三人はいつものあれで話していた。
いや、伝え合っていたというべきかも知れない。
これはお互いに認めた相手に対して伝達するための魔法"タシット"を利用している。
無線機のような感覚ではあるが、相手を限定するので傍受の危険性がないという点で便利がいい。
ただし、エネルギーの過度燃焼によってお互いに空腹が早くなるというデメリットがある。
魔法使いはその過度燃焼を起こす魔法の類をシーと呼んでいるが、それはともかくとして。
三人は三手に分かれて、お互いに割り当てた場所を捜索していた。
しかしながら、未だに何かが見つかるという気配はなかった。
『石版なんだよな?それも、文字の刻まれているやつ』
『ああ。そこに書かれている文字が、手がかりになっているらしい』
『そういえば、入り口のところにあった岩石は、誰か調べたの?』
『いや、俺は遺跡の奥のほうを頼まれたから、あの岩石については何も』
『……莱夢も調べてないのか?』
『役割を決めたのは未徠でしょ?私は、あそこが任されてなかったから、未徠が調べるものだと思ってたけど』
『……そうか』
それから、しばらく間をおいて、
『入り口にあったあの岩石なのだが、どうやらこれらしい。二人も、それらしいものは見つからないだろう?』
『ああ……』『うん』
『……そうか。とりあえず、ここへ来て欲しい』
きっとあの二人は二人だけの世界に入ってしまったのだと思うほどに、永輝は暇を持て余していた。
あの黒装束の魔女、柚愛は、相変わらず美琴に抱きついていて、僅かながらに泣いているように伺える。
一方の美琴は、そんな柚愛をその身で包み、彼女の背を優しく撫でていた。
永輝は、そんな二人を眺めて溜息を軽くつき、頭上に広がる空を眺めた。
そこにあった空は、確かに美しかった。
薄雲の中にあるソレールが鈍色に光り、綿雲が空を泳いでいた。
「あの……、永輝さん」
呼ぶ声に答え、振り向いた先には、美琴が困ったような顔をしていた。
「その、どうやら寝てしまわれたみたいで……」
永輝は、相変わらず美琴に抱きつく柚愛の様子を伺う。
そこからは、先ほどのような泣き声もなく、ただ微かに寝息のような呼気の感覚があるだけだった。
「うん、そのままでいるわけにもいかないよね……」
そう言って、永輝は美琴の後ろに回り、背を抱く柚愛の手を優しく離した。
それから、彼女を座らせて、自分自身はその隣へと腰を下ろした。
そうして、柚愛の肩を抱いて、彼女が軽く自分にもたれかかるようにする。
「これなら、いいよ、ね?」
「うん」
永輝はそうすることに多少罪悪感も持っていたのだけれども、ここに柚愛を寝かせるわけにもいかなかったので、仕方がないことだと思っていた。
一方美琴は、永輝の行動に対して何ら嫉妬するわけでもなく、ただ妥当な方法だとばかり思っていた。
皮肉にも、彼女が柚愛によってそうであるからこそ、そうなったのであった。
永輝は、隣で寝息を立てている黒装束の女性を軽く覗き込んでみた。
そこには、先ほど対峙した時にはとくに意識をしていなかった顔があった。
それは、どことなく未徠に似ていたのだけれども、永輝はそんな風に思わなかった。
彼は──勿論美琴もだが──、柚愛が未徠の妹だとは知らなかったからだった。
「至って普通の岩で、ただそこに文字が書かれているだけだな……」
三人は、あの石を目の前にして話していた。
「ああ。しかしそれが、他の箇所も回らなければ意味が分からないようになっているらしい」
「つまり、ここに書かれていることを覚えて、次に訪れたところのものと繋げなければならないということか」
「まあ、そうだ。ただ、順番が明白でないから、それも同時に判断する必要性がある」
「遺跡は全部で何箇所なの?」
「四大陸で七箇所になるようだ。それだけを回らなければならない」
そうして話される前にある岩には、次のようなことが書かれているのだった。

──
ツナグモノヘ タクス

ジチ
──


「ん……。もしかして、寝てしまっていたの……?」
永輝に肩を抱かれて、彼にもたれかかるように寝ていた柚愛は、起きるや否や、そう尋ねた。
「……お疲れ?」
「美空── いや、美琴さん……、そんなことはない」
「……なんなら、もう少し寝ていてもいいけど?」
永輝がそう言うのを聞いて、柚愛はやっとそこに永輝がいたことを思い出し、
「えっ?あっ、ごめんなさい。こんなところで寝たりして……」
柚愛はそう言いながらその場から慌てて立ち上がって、
「私は、そろそろ行くよ。今日は、二人ともありがとう。……あと、未徠には言わないでね、私が教えたこと」
「うん」
「あっ、永輝さん、例の魔法だけど……、未徠がレリックを全て訪れて、"あの神"を訪れるようになるまでには、解けるようになるから……。それまで、しばらく待っていて欲しい」
「……待てればね」
「うん、なるべく、早く……。それじゃまた、未徠がいないときに、会えれば」
そうして、急に薄く白い煙が立ったかと思えば、そこにはあの黒鳥がいた。
その鳥は、軽く会釈をしたように見えたかと思えば、羽を広げて飛んでいった。
「あの時のカラス……?」
「うん……、多分魔法で変身してるんだと思う」
二人はそのまま、黒鳥が飛んでいった美空を眺めていた。

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