The 12th story セーハ遺跡《その1》

「あの門の向こうにセーハ遺跡がある」
門からある程度離れた位置から、未徠は四人にその場所を示した。
「遺跡そのものは何度か訪れたことはあるが、レリックを見たことは一度しかない。あれはただ、忽然とそこに違和感なくあった」
「森の中の木ということか……」
聖流は、セーハ遺跡の門を見つめながら言った。
「ああ。しかし、どこも同じとは限らない。そして、そこに何があるのかもわからない」
「永輝くんは、ここへ来たことがあるんだよな?」
「はい、随分前ですが。その時は家族と観光で来て……。あまり、注視してみたこともないので何とも言えませんが」
何分幼いときの話で、彼の記憶も曖昧と化していたが、ただここに家族で来たという事実だけは彼の中で確かなものだった。
「観光業をしているくらいなのだから、一般人が立ち寄る分には危険性はないということだろう」
未徠はセーハ遺跡の安全性を確認した上で、さらに永輝と美琴の二人にこう尋ねるのだった。
「とはいっても、中で何が起こるかはわからないからな。村に残っているか?」
「このセーハに?」
「ああ……、ついてきてもなんら魔法が使えないのだから、戦闘となったときは足手まといでしかない」
「……はあ」
確かに未徠の話すことは正論ではあったが、旅に出る前に美琴に言ったその目的が永輝の頭の中にあった。
今ここに、こうして永輝のいることが、何を目的としてどういうことを意味するのかということ。
それを考えると、永輝としては三人の遺跡探索に是非ついて行きたかったのだった。
「永輝くんは、ここで、美琴ちゃんの傍にいてあげて」
莱夢にそう言われ、永輝は美琴のほうを伺う。
彼女は永輝の視線に気づきはしたが、彼に対して何の言葉も掛けなかった。
いや、寧ろ掛けることができなかったのかもしれない。
ただ、返事を返す代わりに、彼に対して少しだけ笑ってみせた。
永輝は可とも不可とも取れない彼女の反応に対して眉を顰(しか)め、再び未徠のほうへと向き直して答えた。
「……ここに、残るよ」
「ん、そうだな、一応、あれを掛けておく」
未徠はそう言って、手を軽く振った。
それと同時に、永輝と美琴の周りが僅かに黄色く光ったような気がした。
「これは?」
そうやって訊く永輝を未徠はスルーして、
「夜までには一度ここへ戻ってくる。それまでは……、二人はこの村でゆっくりしていてくれ」
そう言って、未徠はあの門のほうへと歩き出した。
「やっぱり、未徠は難しく面倒なやつだ。はっきりと言えばいいのにな」
聖流はそう言って、未徠と同じように門のほうへと歩いていった。
「それじゃ、二人でごゆっくりとね」
そうして、この場所には二人だけが残された。
「未徠さんって、永輝さんにだけは態度が淡々としてるよね」
ぽつりと美琴が呟いた一言は、意外にも永輝に深くつき刺さった。
三人は門をくぐった後に、遺跡の案内所で、おそらく維持費と町の収入に当てられるであろう入場料を払った。
それから、入場料と引き換えに遺跡のパンフレットをもらい、中へと入っていった。
そうした先は、至って普通の観光地だった。
目の前には岩石の塊が何かしらをかたどった形を保っていた。
保護のためか、その手前に囲いがあり、道沿いに一つの看板が立てられている。
そこにはその岩石の説明と共に、手を触れないようにとの注意書きが書いてあった。
「別に、どうということのない遺跡だな……」
「うん。とりあえず三手に分かれて、怪しそうなところを捜索するのが手っ取り早いかな」
莱夢は目の前にはだかる大きな岩石を見上げながら、呟く未徠へと言葉を返した。
「そうだな」
未徠は手に持ったパンフレットを二人に一つずつ渡し、自らのパンフレットを広げて指差しながら言う。
「俺は、この範囲を行くから、二人はここと、ここに」
「おう」
「それから、何か怪しげなところがあったら、いつものあれで知らせてくれ」
「うん」
そうして、三人はその場から散り散りになった。
「私の中では曖昧で、はっきりとそうとは言えないんだけど……、あの公園で倒れていて永輝さんに助けてもらった日から、なんとなく、自分が何者なのかは不思議だったの」
公園のベンチに腰掛けて、水飲み場を前にしながら、二人はゆっくりとしていた。
「うん。でも、美琴が以前誰であろうと、僕の気持ちは変わらないから」
「うん……、そういう時って、ありがとう、って言えばいいのかな」
美琴は遠い空を見ながら呟いて、軽く溜息をついた。
「莱夢さんが来た時、私に"久しぶり"って言ってたでしょ?」
「うん」
「あれを聞いて、私は嬉しかったの。私が誰だったか知っててくれる人がいるんだって」
「多分、あの三人はみんなそういう人だよ」
永輝は水飲み場を見ながら呟いて、思案顔になっていた。
「それに、あの柚愛とかいう魔女も、そうだろうな」
ぼんやりと空を眺めて、永輝は大きく溜息をつく。
それは、隣で同じベンチに座っているはずなのに全くもって報われない自分の気持ちに対してだった。
「私が、何?」
突然聞き覚えのある声が背後からして、永輝は思わず後ろを振り向いた。
案の定、そこには"あの柚愛"がいた。
「なっ、また何をしに来たんだ!」
永輝はその場から勢いよく立ち上がって、後ろを向く。
そうしてベンチ越しに永輝と向かい合うことになった柚愛は、永輝の問いには答えずに水飲み場側へと来た。
永輝はそんな彼女の行動を訝しげに思い、座っている美琴を守るような位置へと動く。
「私には、そのつもりはないけど」
「……そう言われても、信用できるはずがない」
「無理もないことは承知。でも、少しだけお願い」
そう言って、柚愛は永輝のほうへと歩み寄った。
一方の永輝は、近づいてくる彼女に対して身構えて、
「何が、目的なんだ?」
「永輝さん」
「えっ……?」
永輝がそう言っている間に、柚愛は永輝の真ん前に立っていた。
「こういうのは、趣向に合わないけれど」
そう言って、柚愛はゆっくりと永輝の背に手を回した。
永輝は柚愛の思いがけない行動に驚いて、
「な、何するんだよ!?」
抜け出そうと身をよじる永輝の動きを制しながら、柚愛は言う。
「何も言わずに、じっとして。永輝さんにはプロテクトがかかっていて魔法が効かなくなってる。だから、たとえ掛けたくてもできないことはわかるでしょ?」
プロテクト……?」
「未徠か誰かが、私が信用できないからって掛けたんだと思う。あれは結構体力を使うのに。ともかく、しばらく静かに、じっとしてて。お願い」
そう言って、柚愛は永輝の胸に顔を埋めた。
「……」
永輝はそれに対して何も言えず、そこから抜け出す理由を失った。
確かに未徠は別れる前に魔法らしきものを掛けていったので、彼女の言うことがもっともらしかったからだ。
しかし今まで別の女性と話していたのに、突如現われた黒装束の女性に抱きつかれている姿は、周りから見ても変な光景だっただろう。
二人同様に周囲でくつろいでいた人は、その三人の状況に興味というものを向けていたことはいうまでもない。
一方、永輝の背を見ることとなった美琴は、突然彼に抱きついた女性に話しかけようかどうか迷っていた。
確かに彼女は美琴から例の感情を消し去った張本人ではあったけれども、だからこそ彼女が自分の過去についてあの三人よりもより知っている気がしていた。
しかし、彼女は今さっき永輝に対して静かにするように要求したばかりであるし、自分が話しかけてよいものかと悩んでいた。
……ただ、柚愛が敵であるという考えは、美琴の中にはあまりなかったのだけれども。
何処かで変に同情していた感覚もあったし、その上で彼女が自分に魔法を掛けた理由が気になってもいたからだった。
それに、恋愛感情のなくなった今、どこかに空いた感覚を感じるものの、なくなったものが大切であったという感覚がなくなっていたというのもある。
永輝が自分にとってどういう存在であったかという疑問も、彼が家族のようなものだと言ったことによって何処となく彼女の中で彼の位置する場所が決まってしまっていた。
皮肉なことに、美琴と永輝の思う恋愛感情の重さは、現時点では異なっていた。
一方、永輝は背後に美琴がいる状況でこんな格好をしていることに引け目を感じていた。
確かに彼女に恋愛感情がないのだから嫉妬というものも感じないのであろうが、それでも彼にとっては穴があったら入りたいくらいだった。
対して、軽く見下げれば、そこには黒髪の女性がいて、片側にあの黒いトンガリ帽子を持った手を後ろに回されて抱きつかれてしまっている。
そして喋るな動くなと言われて、なんら身動きの取りようがないし、僅かに伝わってくる温かみが人間味を感じさせてもいた。
今、感情をなくしてはいない美琴がいたとすれば、もちろん彼女から叱咤と激語が飛び出すであろうが……。
「そう、そんな風に……」
胸元で僅かに声がしたかと思えば、彼女は背に回した手に少し力を入れてからそれを離し、永輝と少し距離を置いた。
「少し、見直した」
柚愛は、永輝を直視してそう言う。
「えっ?」
それに対して永輝は、何か思いがけないことを聞いた気がして聞き返す。
「……聞こえなかったのなら、別にいい」
柚愛はそう言って、先ほど永輝が座っていた場所の隣へ腰を下ろした。
「永輝さんも、もう座っていい、よ」
何処か釈然としない状況下で、違和感のある柚愛の言葉を受けて、変な感覚の中、永輝もベンチへと座った。
「未徠がいると、こんな近くにはいれない……。せめて、こういうときぐらいは」
柚愛はぼんやりと羨望するかのように空を眺めながら呟いた。
「こんな近くって、誰の?」
「……その、美琴さん。……やっぱり、こう呼ぶことにどうしても違和感がある」
「前は、なんていう名前だったんですか?」
今まで黙っていた美琴は、そのとき思わず柚愛にそう尋ねてしまっていた。
それは聞こうか聞かないかと悩んだ末の一言だった。

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