The 11th story 魔法回顧録《その1》

「こうやって、いつも未徠に邪魔されてばかり……」
先ほどの木に腰掛けて、柚愛は漠然と部屋の中を見ていた。
「もし私が美琴さんの邪魔をしたというのなら、未徠もまたキミの邪魔をしようとしているということ」
部屋の中では、未徠と美琴が話していた。
その声は、ここまでは聞こえない。
ただ、未徠が多少怒っている様子が伺えるだけだった。
「あの頃の思い出を捨てて、何を求めるものがあったのか知りたいけど、キミはもういない。その問いに何も答えなんて見つめることはできない……」
永輝は、そんな二人の話を口を出さずにただ聞いていた。
それは、何か納得した雰囲気にも、何か反論したい雰囲気にも思えた。
「ただ、あの永輝さんを蔑ろにした行動しかできていないなんて、我ながら情けない……。未徠だってそう、彼のことなんて何も考えてはいない……。だから、あんなことが言えるの、キミの記憶を戻したいなんて。それで万一記憶が戻った時に、キミが一体誰にどんな判断を下すのかすら、何も考えずに。まるで……、何かに狂ったかのように、未徠はそれにばかり縛られているみたい」
そう言いながら、柚愛は室内の未徠を目を細めて見ていた。
「ただいま。やっと、見つかったよ」
その声と共に、突然部屋に莱夢が現われた。
まだ起きていて話していた永輝と美琴は彼女の突然の出現に驚いているようだった。
「美琴ちゃん、はい、これ。一応借り物だから、大切にね」
莱夢は、二人が驚いていることに構わず、その向かいに座りながら、手に持った本を美琴に手渡した。
「えっ、はい、ありがとうございます」
受け取りながら、美琴は頭を軽く下げて礼をした。
「借り物って、元々誰のものなんですか?」
美琴の横に座る永輝には、未だに"カノジョ"が引っかかるようだった。
「私の友達だよ。今はもう、いないけどね」
莱夢は少しだけ眉をひそめて、目の前に座る人物を一瞥し、すぐさま視線を外したが、それには誰も気づかなかった。
「えっ、ごめんなさい……」
永輝が好からぬことを聞いたと思いとっさに謝る一方で、美琴は手にした"君が故郷"をぼんやりと眺めていた。
「別にいいの。もう、あまり気にしてないから。過去を追いかけても、取り戻せるわけじゃないでしょ?」
莱夢はそう言って、美琴が本を持つ手の上に静かに自分の手を重ねた。
「ただ、この本のことを思い出すと、なんとなく、彼女がまだ、いる気がするの。私はそれを感じるだけで十分」
まるで空気の流れでも読むかのように、ゆっくりと瞼を下ろす。
そして、またゆっくりと目を開けて、美琴をしっかりと見て言った。
「私にとって、この本を美琴ちゃんが持ってることは本望だから。負い目を感じないでね?」
「は、はい……」
美琴は乗せられた手に少し冷たさを感じながら、莱夢の言葉に僅かな温かみを感じた気がしていた。
「それじゃ、私はもう寝るね。二人とも、おやすみ」
莱夢はそう言って立ち上がり、自らのベッドへと入っていった。
「もう、あれから一年が経つんだよね」
「……私が、あの町に来てから?」
「そう」
二人っきりとなった部屋──もっとも、起きているのが、ということだが──で、二人はあの頃を回顧していた。
「あの時はびっくりしたよ。公園に君が倒れてるんだもの」
窓の外を眺めながら、永輝は懐かしそうにそう言った。
それが二人の出会いだった。
「ごめんなさい……、何か助けられた覚えはあるんだけど、それが誰だったか、思い出せなくて……」
彼に対する記憶が確かなら、美琴も同じようにあの頃を回顧できたのかもしれない。
彼との馴れ初めを語り合えたかもしれない。
しかし今、彼女の彼に対する記憶は余りにも抽象的なものでしかなかった。
「きっと、あの魔法のせいだろうから、何も謝ることなんてないよ。謝らなければならないのは、あの柚愛っていう魔女なんだから」
「……何か、理由があったんだと思う。敢えて、こんなところまで魔法をかけに来たんだから」
「どんな理由があるにしても、あんまりだよ。あんな魔法をかけるなんて……。それも、よりもよってあの日に。本当なら、あの日に君にあれを渡すことができたのに。結局、返事は随分と先延ばしにさせてしまったもの」
彼としては、あの日彼女にエンゲージリングが渡せなかったことを随分と後悔しているらしかった。
前日の彼は翌日を期待と不安で迎えようとしていたのに、当日になってイエスともノーともつかない状況になってしまったことに対して、無気力感を感じているようだった。
「多分……、あの人は私の一年以上前の知り合いなんだと思う……」
「えっ?」
「公園で最初にあの人に会った時に、"やっと会えた"って言ってたの。それに、さっきも"面影が..."って言ってたでしょ?」
「確かに、そうだけど……」
「多分、過去の私に、あの人と何か関わりがあったんだと思うの」
「……その、過去のいざこざに、今の僕たちが巻き込まれる理由はないと思うけどな」
「そうだけど……。でも、一体何があったんだろう」
永輝のもっともな意見とは対照的に、美琴はその過去に少し興味を抱いていた。
翌朝、空は薄曇だった。
五人は、宿屋で朝食を摂ってから、身支度をして宿屋を出た。
そして一行は、町へ入ってきた道とは反対側に位置する道から、次の町にあるセーハ遺跡を目指す。
空には、百メートルほどの距離を置いて、あの黒鳥が飛んでいた。

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