The 7th story 美琴と柚愛《その2》

セーハ遺跡は、三人とも行ったことがないから、歩いていく他あるまい」
未徠はそう言って、町の入り口から目的地のほうへ向けて歩き出した。
「飛んで行けないのか?」
何も歩いて行くような苦労などしなくてもいいのではないか。
そんな些細な疑問から生まれた永輝の問いだった。
それに対して、投げかけられた当の本人である未徠は答えるようなそぶりを見せないので、
「生憎、魔法使いなら飛翔の魔法をかけられて飛べるけど、そうでない人には無理なの。召喚魔法もあるけど、人を乗せられるほど大きな飛行動物はいないでしょ?」
と、莱夢が代わりに答えるものの、未徠はそこに余計な一言をわざわざ足すのだった。
「つまり、楽して行こうなんて考えは甘いということだ」
そんな相変わらずの未徠の態度に対して、永輝は少しむすっとした。
それを見かねてか、聖流は追加説明して、
「飛翔魔法フライは、飛ぶ練習が必要だからな。二人にその魔法をかけても、練習している時間の方が勿体ないし……、運動に長けていても、あれは数週間掛かるからな」
「うん。魔法そのものは魔法使いなら誰でもかけることができるけど、そういう意味では不便だよ」
「そう、ですか……」
それを聞いて残念そうにしている美琴を見た二人は、彼女が少し淋しげに見えた。
「……」
一方の未徠は、然として黙っていて、ただ只管目的地に向かって歩き続けていた。
「あの場所に歩くは、未徠と莱夢と聖流……。それから、美琴……。あと一人は……」
空を飛ぶ、とんがった帽子を頭に載せた奇妙な鳥は、その目を軽く瞑って、しばらく、
「今の……、彼氏……?」
そう呟き、僅かに光る目を開けて、改めて目下を望んだ。
「もしかすると……、同じような思いをしているかもしれない……」
顧みた過去の自分と照らし合わせて、再度見る。
「でも、だからと言って、揺るがせるわけにはいかない……。これは、報いなんだ……。そう、報い……」
声とはとても似つかない鳴き声で、彼女は何度もそう呟いた。
「上に、変わった鳴き方をする鳥がいる……」
美琴は空を見上げ、そこに飛ぶ鳥を見つめる。
「あの鳥、頭にとんがった帽子を乗せてないか?」
それに合わせて、永輝も見上げて、ふと気づいたことを口に出した。
「とんがった帽子?そうか……」
一度見上げた未徠は、その姿を確認すると、少し長めの呪文を唱えた。
唱え終えると、空を飛んでいた鳥はその羽ばたきを急に止めて、静かに落ちてきた。
未徠はその鳥を両手で受け止めて、手のひらで眠るそれを眺めた。
「こいつにしては、あまりにも無防備だな……」
「その鳥は?」
未徠は、永輝の当然の問いを無視して、
「莱夢、しばらく頼めるか?」
「うん……」
未徠の差し出す手に眠る黒色(こくしょく)の鳥は、確かに頭にとんがった黒い帽子をつけていた。
「あからさまな姿であんなところを飛んでるから、スリープをかけられたりするんだよ……」
莱夢は手のひらの上で静かに眠っている黒色の鳥を見ながら、一人呟いた。
フライを使うときはいつもこの格好なんだから……。少しは、隠れようとしないの?」
彼女が話しかけようとも、当然その鳴き声が返ってくることはなかった。
「……その鳥は何ですか?」
傍を歩く美琴は、空から落ちてきた鳥を見ながらそう尋ねた。
それに対して、前を歩く未徠は淡々と、
「鳥網スズメ目カラス科カラス属のハシブトガラスだ」
「えっ、その、そういうわけじゃなくて……」
美琴がそういうつもりでないことは、未徠も当然わかっていた。
ただ、今は、この鳥が誰であるのかは伏せておいたほうがいいと考えたためだった。
しかし、せっかくの未徠の考慮も無駄だったらしい。
「どのみち、目が覚めればわかるだろうから、しばらく待ってるといいよ」
「莱夢……」
それではと、自らの行為の無意味さを憂いて、未徠は自ずと呟いていた。
「えっ、もしかして……」
「ああ、そのつもりだった」
「そう……、ごめん」
継ぎ接ぎのようなやり取りは、当の美琴には何のことなのかさっぱりだった。
一方、更に後ろを歩いている二人には、そんなやり取りは聞こえていないようだった。
「未徠は昔からあんな感じだったな。あの柚愛ちゃんも含めて……、その、よく近所で遊んでたけど、あいつは気難しい奴で……」
「やっぱり……」
「確かに頼れる奴だけど、その反面絡み難いからな。もっとも、俺たちは長い付き合いだから、慣れているけど……。まあ、つれない奴だって程度に見てればいいと思う」
少し気重に言う聖流は、どこか淋しそうな感じもしていた。
しかし、永輝はそれに気がつく様子もなく、
「その"つれない"っていうのが、一番辛いけれども……」
「まあな……。でも、あいつにもいろいろあったんだ。だから、あんな調子で……。でも、あいつがディーティに来たのは、美琴さんを守るためだから。一昨日はあれだったけど……、あいつはもう大丈夫だと思うから、それは安心していい。俺たちもいることだしな」
そう言って、聖流は前を歩く莱夢に目を遣った。
「はい……。えっと、一つ質問していいですか?」
訊こうか訊こまいかと少し悩んだ質問を、永輝は聖流に向けて投げかけようとしていた。
「うん?」
もっとも、聖流はそんな永輝の心境など勿論知るはずもなかったのだけれども。
「昨日莱夢さんが言っていた"美琴のことを知っている"というのと、未徠がここに美琴を守りに来たのって……」
「ああ……。それはその……」
聖流は、言いたいのは山々だった。
美琴の彼氏だという永輝の立場もあって、その気持ちはより増していた。
しかしそれを、未徠との約束が制していた。
「莱夢さんも未徠も、以前に美琴と会っているということ……?」
「……」
聖流は、永輝のその言葉に何の返事も返すことができなかった。
寧ろ、話してしまったほうが未徠にとっても楽になるのではないかと思う反面、未徠がそれを拒み続けることも理解していたため、聖流は未徠の今の状況に少し危機感を感じていた。
抜け落ちた箇所……、虫食いのように空いた四次元の世界がある理由を、誰一人として知らないからこそ、余計に恐ろしく感じていたのだった。
各々に理由はあった。
未徠が美琴を守りに来たこと。
柚愛が美琴を探しに来たこと。
どちらも、"カノジョ"がいたことが影響していた。
発端は、その"カノジョ"が突然いなくなってしまったこと……。
そのときから、二人は各々の理由に基づき、動き始めていた。
未徠は愛するもののために。
柚愛は愛したもののせいで。

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