The 6th story 旅立つとき《その2》
部屋には三人の魔法使いと、二人の魔法が使えない者がいた。 しかし、その外見は至って普通で、見た目からだけではその違いは判別できそうになかった。 一つの机を中心として、円を描くかのように集まった五人は、目の前に地図を広げて今後の動向について話し合っていた。 「旅の目的は、永輝の彼女である、美琴さんの感情を取り戻すことだ」 美琴を見ながらそう言う未徠に、美琴を除いた三人は頷いた。 「……えっと、その、お願いします」 一方、当の本人は、状況の急転に少し困惑しているように見えた。 「柚愛ちゃんのせいなんだし、そんなに気にすることないよ?」 美琴の隣に座る莱夢は、彼女の負担を軽減するためか、優しく声を掛ける。 「は、はい……」 「それで、その方法としてもっとも手っ取り早いのは、柚愛を探すことだ。ただ、あいつが易々と魔法を解くとは思えない」 「まあ、そうだよな。そこまでしてかけた魔法を容易に解くようでは、なぜかけたのかわからないしな」 「そういえば、魔法をかけた理由はわからないの?」 「ああ……、あいつは、教えてくれなかったからな……」 しんみりと言う未徠に対して、莱夢は残念そうに、 「せめて、それが分かれば彼女を説得することも望みがありそうなのにね」 「とはいえ、頑固なやつだから、それもどうかわからないが……。どのみち、あいつのことだから、こっちが動き出せば追いかけてくるだろう。その時に訊くまでだ。それよりも、もう一つの方法の方がよほど確実性がある」 「"神"を探すんだよな。レリックを辿って」 「それに神の居場所に関する情報が書かれているんでしょ?私は見たことないけど」 「レリック?」 聴き慣れない単語に耳にして、永輝は思わず聞き返す。 「こっちではあまり教えてはくれないだろうから、無理もない。まず、この四大陸──"ミューク" "ノール" "デュート" "フィーロ"の各地に遺跡があることは知っているだろう?」 「観光名所になっていて、現地では産業として栄えているところもある……、例えばセーハ遺跡とか?」 「ああ、近くならそうだ。その遺跡には石碑のあるものもあり、その石碑がレリックと呼ばれている」 「全てにあるというわけではないのか……」 「ああ。だが石碑のある遺跡の場所は分かっている。セーハにも在るから、まずはそこだ」 「それなら、見つけるのも楽ですよね……?」 美琴の、手間はかけさせたくないという気持ちがこもる一言に、未徠は気づいていないのか、 「いや、場所は分かっても、それが簡単に見れるというわけではないらしい」 という、現実という名の鋭いメスを示した。 「そんな……」 「大丈夫よ、未徠は強い魔法も安定して使えるから。私は……、遠く及ばないけれどね」 「莱夢も、そうは言うけど、その回復魔法は、俺には真似できないな」 莱夢に、まるでフォローでもするかのように聖流が言う。 「そう?聖流くんの補助があってこそ、それができるんだから」 「……そうか?」 「うん、裏方で頑張ってくれているから、未徠がちゃんと... 「……。それで、幾つかの遺跡には既に行ったことがあるから、改めてそこまで足で行く必要性はないわけだ」 眉間に僅かながら皺を寄せて、未徠は説明を続ける。 「でも、かといって、そうやって行けるところが、楽にすむとは限らないが……」 「……それでも、大丈夫?」 美琴の見る心配そうな眼差しの意味が、永輝にはわかったような気がしていた。 「少し、不安だけど……。でも、僕は、愛する人のためなら、たとえ火の中水の中... 「はぁ……」 未徠は、こんな雰囲気の中旅をしていくことを考えると、自然と溜息が出ていた。 「未徠くんも、柚愛ちゃんがいれば幾分か楽なのにね」 「あいつは、妹だ。そういう間柄ではない」 茶屋の時より少し力の篭った言い方で、間一髪入れずに未徠は言う。 「……ごめん。単に、お兄さんとして心配なだけだよね」 「ああ、何かと危なっかしいからな」 「……うん、そうだね」 莱夢には、未徠がそうすることで気を紛らわしているように見えて、仕方がなかった。 まるで、それが免罪符でもあるかのように……。 「もう、"カノジョ"もここにはいないのにな……」 莱夢の隣に座る聖流が、ぼそっとそう言う。 「忘れられないんだよ。いないからこそ、余計に」 「わからなくもないけど……。でもな……」 「じゃあ聖流くんは、もしあの人がいなくなったらどうするの?」 「……そんなこと、考えたこともなかったな」 「未徠くんみたいになったりしない?」 「可能性は、無きにしも非ず、ってところだな……」 「まだ、求めすぎて荒れるよりはよほどましだと思うけどね」 言いつつ、ある人のことが浮かんで、莱夢はこれほどまでに違う二人の現状を対比していた。 失ったものは何も変わらないのに、それに対する二人の対応の違いが生まれた理由もまた、謎だった。 「まあ、そうだな……。未徠の場合は、望みがないわけではないっていうのが救いかもな」 「……えっ、うん……、面倒な立場ではあるけどね」 「こうして、この旅をする限りは、可能だけどな。でも、容易に戻すわけにもいかないだろう……」 「そう考えるのも、感情移入のし過ぎかもね。……でも、戻った時に、どうなっているかもわからないんだね」 「し過ぎって……。その人のために、旅をしているのだから、今更目的を変えるわけにもいかないだろう?本人もそんなことを望んでないだろうし」 「本人か……。真実を話したら、どんな反応を示すのか、まったく予想できないけれどね」 「それも、未徠の許可を待つ他ないだろう……」 「そうだね……」 高く、空を舞う一羽の鳥がいた。 頭の上に三角帽子が乗っているが、どうやらこれは本人のファッションらしい。 いうなれば、これがなくても魔法の発現などは簡単にできるのだ。 本人曰く、ポリシーともいうのだろうか、魔女において、これは欠かすことのできないアイテムだそう。 兎にも角にも、偵察用に放った一羽の小鳥が、今彼女の前を通り過ぎていった。 彼女はその小鳥から情報を得て、解析し、空を飛びながら一人ぼやいた。 「莱夢も、聖流も、来るのか」 ……情報は容易に伝わるものである。 もっとも、彼女は魔女なのだけれども。 |