The 5th story 旅立つとき《その1》

「と、いうわけだ。あの柚愛のしたことだが、よければ協力してもらえないだろうか?」
その翌日。
デュート国のメルクアーチェを繋ぐ道の、中ほどにある茶屋『そよ風の丘』。
その一角に、二人の魔法使いと一人の魔女はいた。
「柚愛ちゃんがその美琴さんを追いかけていたことは明らかだったけど、私たちには一時的な阻害はできても、彼女を止めることなんてできなかったと思うよ」
「でも、彼女が来た時に危害を加えることなんて、勿論できるわけがないよな、未徠」
「……ああ」
「未徠くんの愛しき柚愛ちゃんだもんね」
それを聞いた未徠は僅かにむすっとした表情で、
「……誤解を生むような言い方だな」
「だってそうでしょ?未徠くんって、柚愛ちゃんが好きだから、彼女が来た時に無理してでも止めようなんてことをしなかったんでしょ?」
「……」
今の一言で、未徠はそう言われて否定できない自分が少し嫌になった。
「まあ、私も一度彼女に会いたいから、その冒険ってやつについて行こうかな」
「俺も行くよ。元々魔法使いは、基本的に"神"に対してそれほど信仰心ってものがないから、その存在を探そうなんて誰も考えなかったけど。事態が事態だから仕方ないだろうしな」
「二人とも有り難う」
彼は、二人に向かって永輝の前にいたときとはまた違った態度で礼を言った。
「しかし、調べたところによると、過去に同じように"神"を探した魔法使いがいたらしい」
「そんなこと、どの文献にも載ってなかったけど?」
「いや、俺が以前図書館の管理をしていた時に、倉庫内にあったものだ。生憎持ち出すことはできなかったのだが、"メモリー"で記憶はしてある」
未徠はそう言って、目の前に置いてあるお茶を(その外見にも似合わず)味わうように飲んだ。
「でも、敢えてそんなところにおいてあった書物だろう?いいのか、勝手に記録を持ち出しても」
「その分には大丈夫だ。自己責任において管理しろと言われていたから、俺の中だけに仕舞っておけばよい」
「未徠くんが全責任を負う覚悟なのね……」
「柚愛の存在があったから、万一のこともあろうかと思ったのだが……、本当に必要になるとは思わなかった」
どことなくしんみりと言う彼の姿は、二人には恐らく寂しげに映ったのだろう。
「私たちも、何かあれば、ね?」
「うん。共に行動すると決めた限りは、同じようなものだろう?」
「二人とも、迷惑をかけて申し訳ない」
運命を共にしようとする二人に向かって、彼は再び礼をした。
「いいの、気にしないで。それより未徠くん、早く二人のところへ連れて行って」
「ああ、そうだな。話の続きは、それからだ」
未徠はそう言って席から立ち上がり、勘定を済ませに行った。
一方、あの二人はなだらかな丘の上にある家にいた。
「おはよう」
呼びかける彼とは対照的に、彼女は何処か恭しい態度だった。
「おはようございます」
彼女はそう言いながら軽く礼をした。
「だから、僕に対しては何も遠慮しなくてもいいって」
昨晩も同じようなやり取りがあったのだが、今日も二人は相変わらずだった。
「そう、言われても……」
「えっと……、そう、家族だと思えばいいんだよ。なんというか……、昨日はそうなるつもりで、呼び出したんだし」
「う、うん……」
「結婚って分かるでしょ?好きだと、ああ、その……、大切だと思う人と、一緒に暮らすっていう……」
「うん……」
「昨日は、それを君に頼もうと思って」
「でも私、何故永輝さんを大切だと思うのか、わからなくて……」
「そのために、今から出かけようと思うんだ。未徠が、元に戻す方法を教えてくれたから」
彼は気楽そうに言っているけれども、内心は"神"に会うという想像もしないような話に対して、少し引け目を感じていた。
しかし、そこは彼も彼女のためとあって、恐れはするけれども、その冒険に対していきり立ってもいた。
彼女──つまり美琴のために、自分こそがしっかりしなければならないのだと。
こちらは、茶屋の前の道にて。
「柚愛ちゃんとも、何処かで会えればいいけどね」
「……嫌でも追いかけてくるだろう。それより、行くぞ」
「うん」 「おう」
そうして、茶屋の前にいた三人はその場から姿を消した。
辺りには、それに驚き足を止めるものなど、一人もいなかった。
「ともあれ、これで用意完了だね」
目の前に一つのバッグを備えた永輝は、リュックサックを背負う彼女に言う。
「う.. きゃっ、何!?」
「久しぶりっ」
彼女は言い終わるまでに、いつの間にか現われた女性に抱きつかれていた。
「……待たせたな」
「莱夢、いくら懐かしいからといって、それは突然すぎるだろう……」
そこにはいつの間にか未徠がいて、その隣に少し呆れているような雰囲気の男性がいた。
「二人は?」
「俺の、幼馴染だ。その美琴さんに抱きついているのが莱夢で、こっちが聖流。三人だけでは辛いものがあると思ってな」
「……あんまり変わってないね」
莱夢と呼ばれた女性は、相変わらず美琴に抱きついたままで、しみじみと言った。
「えっ?」
きょとんとしている美琴とは対照的に、莱夢は彼女を包み込むその腕に、少し力を加える。
「……私を、知ってるんですか?」
少し強張りつつも、美琴は莱夢の肩越しに尋ねた。
「ん、まぁ、そんなところ。でも、ごめんね。今の私には、あなたのことを話せないの」
「それって、どういう意味ですか?」
感じる不快感を容易に表沙汰にできないらしい永輝は、彼女のふとした一言に疑問を抱いて、問う。
「……そっちは、永輝くん?」
「は、はい……」
「そうね……。また話すべき時になれば、話すから。その時まで待っててね」
「……?」
「まあ、今のお前には知る必要のないことだ」
やはり未徠はけちなやつだと改めて思い、永輝は僅かながらに額に皺を寄せる。
「あと、それほど多くのものを持っていく必要性もないからな。三人とも、ここへ来た限りはトランスでお前の家へ戻ってこれるのだから」
永輝は、言われた言葉と、自らの持つ荷物、そして美琴の背負うリュックを比べてみる。
「永輝さん……、それは多くない?」
美琴は、相変わらず莱夢に抱かれたまま問う。
「……」
一方、言われた永輝のほうは、ただ沈黙を保つのみだった。

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