The 4th story 真実の告知《その1》

永輝は、美琴に見つめられ続けていた。
それに慣れていないせいか、彼の顔はすっかり桃色に染まっていて、彼が相変わらず緊張していることは言うまでもなかった。
「ど、どうしたの?」
張り詰めた空気の中──少なくとも永輝はそう思っていた──、彼は思い切って彼女に尋ねてみる。
「えっ!す、すいません……!」
一方の彼女は、そう指摘されて初めて、じっと顔を見続けていたことに対して恥じらいを感じて、すっかり赤くなってしまった。
傍からみればそれは初々しい恋人同士に見えただろう。
しかし、彼が隠し持つシルバーの箱が意味するように、彼らは既に十分な期間を経ていた。
少なくとも、昨日の二人はそう思っていた。
だからこそ、昨晩の彼は銀の箱を用意し、翌日に約束を取り付けていた。
だからこそ、昨晩の彼女はその時期を感じて、翌日に在ることを想っていた。
しかしながら、そこに第三者の介入があった。
そのことを彼は何も知らない。
当然、彼は今日の行動の結果など予想できるはずがなかった。
「明日の朝九時に、あのベンチのところへ来て欲しい」
なだらかな丘の上にある家に、あるカップルがいた。
「いつもの、公園のベンチに」
二人は玄関先にいて、女性はその扉をまさに開けようとしているところだった。
「……うん」
女性は、男性の要望に対してしっかりと頷いて、扉を静かに開ける。
「それじゃあ、また明日」
「うん、待ってるから」
彼の声と共に、扉はまるで二人を別つかのように閉まった。
「いよいよ、これを彼女に渡す時……」
彼はベッドに座りながら、枕元に置いておいた銀色の箱を手にとって一人そう言う。
「彼女の返事が、彼女との未来に繋がるものでありますように……」
銀色の箱を額に当て、瞼を下ろしながらまるで呪文のように唱えたそれは、明日に託したものであった。
一方、彼女はいつもの公園のベンチの元へと来ていた。
「明日、ここで……」
彼がきらした飲み物を買いに出かけていたときに、偶然発見した銀色の箱。
きっと明日、彼はここでそれを渡すに違いないと彼女は踏んでいた。
だからこそ、彼女はその前にここにもう一度訪れておきたかった。
彼女は約束のベンチを見つめ、そこにゆっくりと腰掛ける。
ベンチの冷たさがじんわりと彼女を冷やしてゆくけれども、彼女はそんなことなど気にしていなかった。
いっそのこと、明日になるまでここで彼を待っていようか、なんて。
彼女は、そんな馬鹿げたことを考えながら彼との生活を思い描いていた。
この雰囲気が、そのまま今の今まで続いていればよかったのだろう。
でも、柚愛の魔法が在る今は、そういくはずもない……。
「今日こうして美琴に来てもらったのは……、君に渡したいものがあって」
彼は後ろに隠す箱に想いを込めて少し力を加える。
一方彼女は、場の雰囲気が厳粛になっていることには気がついていたのだけれども、今、彼に対してどんな反応を示せばいいのか悩んでいた。
彼が自分にとって大切な人であることはわかっても、その理由がはっきりしないのだから。
大切な人だから、こんな時に軽率な態度を見せるわけにはいかない。
安易な考えで、ものを述べるわけにもいかない。
そんなイメージ的なことは分かっているのに、何かに閊(つか)えて具体的なことが出てこなかった。
「僕と一緒に、未来を歩んでほしい」
彼はそう言いながら、彼女の前にあの箱を差し出す。
美琴は永輝の差し出した箱を静かに手にとって、ゆっくりとその蓋を開けた。
そこには一つの輝く指輪があった。
何処かで見覚えがあるその指輪に、何か特別な意味があるのだろうということは彼女にも容易に推測できた。
でも、その"特別な意味"が何であったのか、美琴にはそれが思い出せなかった。
「……」
だからただ、彼に対して沈黙を返すことしかできなかった。
今は黙っている場合ではなく、何か彼に対して返す言葉があるはずだということは分かっていた。
それなのに、それが浮かばないのだった。
一方の彼は、彼女が依然として沈黙を保ち続けているために失速してしまい、あたふためいていた。
「えっと……、その……」
こんな場合は、どうすればいいのだろうかと考えてみるも、少しも答えなど見つかる気配はなかった。
箱を開けただけで何の反応も示さず微々とも動かない場合なんて、想定できるはずもなかったのだから、それは無理もなかった。
しばらく永輝にとって物凄く気まずい空気が流れていたところに、彼女はやっと口を開いた。
「ごめんなさい。何も、言葉が見つからなくて。何か、返す言葉が、あったはずなのに……」
彼は、その言葉に不安と混迷を感じていたが、かといって何を意味するのかは全くもって分からなかった。
「えっ、それってどういう……」
「わからないの。何か言葉を返さなければと思うのだけれども、それが何だったのか何も思い出せなくて……」
返す言葉が何だったのか思い出せない……?
その意味を解すことが彼にはできず、そこに再び沈黙が流れようとしていた。が、
「やはり、……美琴さんを探していて正解だったようだ」
沈黙を制するかのように、突如としてそこに未徠が現われた。
永輝は突然の彼の登場に驚いて、
「! 未徠、どうしてここに……!?」
「邪魔をして申し訳ない。永輝に話しておかなければならないことがあったのだが、それよりも先に美琴さんに会っているとは思いにも寄らなかったのだ」
「僕に話しておかなければならないこと?」
「ああ……。しかしここではなんだから、まずは俺の家へと来てもらう」
彼はそう言って、自分と二人を自分の家へとトランスで転位させたのだった。
「美琴さん、無理して思い出そうとすることもない。あの魔法にかかるとそうなるのは仕方がないのだ」
未徠の家にて、未だ思い出そうと試みる美琴に対して、彼はそう話しかけた。
しかしその言葉は、目的とは異なる人物に対して働いていた。
「魔法って……美琴に!?一体誰が何のために!?」
「まあ永輝、そう怒鳴るな。まずは美琴さんが先だ」
そう言われた永輝は仕方なく黙ったが、その内側には怒りの感情が沸々としていた。
「美琴さん、そうなっているのは彼女の掛けた魔法のせいだ。今、無理に思い出そうとしても思い出せないようになっている。そうだな……、しばらく休んでいるといい」
「……迷惑ばかりかけてしまって、すいません」
「いや、構うことはない。あいつのやったことが原因なのだから……」
その場に横になる美琴に対して掛けた彼の言葉に、永輝は疑問を抱かずにはいられなかった。
「あいつって……?」
「柚愛のことだ。……美琴さんに魔法をかけた張本人だ」
「柚愛?」
間一髪入れず尋ねる永輝に対して、未徠は少し考えてから答えた。
「俺のいた町の、所謂魔女だ。彼女が、……美琴さんに対して"ラブレス"の魔法をかけた」
ラブレス……?」
「愛を失う魔法だ。周囲の人間からではない。恋心を失うという意味だ」
「だから、あんなこと……。それはどうすると元に戻るわけで?」
「やはり、それは気になるだろう。なんせ、美琴さんは……お前の彼女なのだから」
横になり、いつの間にかごく僅かな寝息を立てている彼女を見て、彼はゆっくりと言った。
「方法は二つだ。一つ目は、魔法をかけた者──つまり柚愛に魔法を解いてもらうことだ。ただ……」
彼はそう言った後、一拍ほどをおいて続ける。
「魔法を掛けるためにはリスクを必要とするものがあることは知っているだろう。このラブレスという魔法にもリスクがあり、それは……」
「それは……?」
「……今、ここでお前に言っても仕方ないな。ともかく彼女がこの魔法を掛けるためにした決心を変えさせるのは、容易なことではないだろう。第一、今彼女がどこにいるのかがはっきりしなければ説得さえ無理だ」
「……」
永輝は相変わらず未徠はけちなやつだと思っていたが、それを口に出すことは止めて、
「で、もう一つの方法は?」
「二つ目は……、この世を統治するという神に会うことだ。まだこちらのほうが楽かもしれない。知っての通り、その存在に会った者はいないと言われているが、その場所に関する情報が各地に点在しているとも言われる。それを探していく他あるまい」
「あの神に……会う?」
"神"とはまさに至高の存在であったがために、彼には思いもかけない方法で、反復することしかできなかった。
「ああ、どうあれ各地を巡る必要がある。長旅にはなるだろう。出かけられる準備を明日までに頼む」
こうなることを恐れて、自分は今ここにいるはずであるのに、と。
未徠は、自らの不甲斐なさを感じて、永輝に対して申し訳なく思っていた。
もっとも、それを表には少しも出さなかったのだが……。

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