第三十八話(S) 波打際
この間は、育人君に誘われて水着も持たずに海へ行き、暑い最中、肌を焼いていた。 この時分は肌は焼いてなんぼだったから、別にいいんだけど。 でも流石に海を目前にして暑いのに耐えかねて、二人で私のうちまで帰ってきた。 まあ事情はともかく、今度は私が誘うことにした。 ピリリリリ、ピリリリリ── 「もしもし三野木です」 男の人の声だけども、育人君ではない。 なら、育人君のお父さんだろうか。 「もしもし岸原ですが。育人君いらっしゃいますか?」 「ええっと……皐月さん?」 「えっ、はい。お世話になっております」 「いえいえ、滅相もない。育人でしたよね?今呼んできますから」 「はい」 それからしばらく保留の音楽が鳴っていて、育人君の声と同時にそれが止まった。 「もしもし皐月さん?予定決まったわけ?」 「うん。明日空いてる?」 「もちろん。そうだ、仁志や美樹も誘う?」 何故二人の名前が? 「えっ、できれば二人で行きたいんだけど」 まさかデートだというのを分かってない? 「そう?なら止しておくけど……。えっと、海だよね?」 「うん。この前の海岸へ。昼過ぎ空いてる?」 「うん」 「じゃあ一時くらいに家に来て。何も持ってこなくてもいいから」 「えっ、何もいらないの?」 「うん。あれ、もしかして、何か期待してた?」 場所が海だから、例えば泳ぎに行くだとか。 「えっ、いや、そんなことはないよ?」 「そう?別に泳ぎにいってもいいんだけど」 「え、いや、遠慮しとくよ。折角計画立ててくれたんだし」 「そう?別にいいよ。泳ぎに行くのでも。時間もあるしね」 「でも……ねぇ」 「ならそれはまた今度にする?」 「えっ……う、うん」 一体育人君は何に戸惑っているんだか……。 「ならまた近いうちに行こう」 「うん……」 なんだかいつかの育人君を思い出す。 多分こんなことを言っても反応は一緒だろうな……。 「そのときは育人君が誘ってよ」 「えっ、僕から?」 「うん」 「そんなことを言われてもなぁ……」 予想的中。 「仕方ない。私からかけるよ」 「うん。そうして……」 「じゃ、明日昼過ぎにうちにね」 「うん」 ──ガシャン ダメだね、これじゃ……。 で、明日の昼過ぎ。 ピンポーン……。 「こんにちわ〜」 家の中に育人君の声が響く。 駆けつけた私に対してまず質問をひとつ。 「で、何するわけ?」 「とりあえず、夕方までうちで涼んでいって」 「う、うん」 まだこの調子だったのか……。 そして夕方。 まだ太陽は沈んではいないけれども、大分傾いている。 「そろそろ海に行こう」 「えっ、うん」 色々と話している最中、そろそろなんて言うと育人君がまた元に戻っている。 全くどうしたものか、別に付き合って半年になるのだからそれほどにまで遠慮することもないのに。 どうせなら海に行こうって育人君から誘って欲しかったのに、結局私が誘うことになってるし。 恥ずかしいのか単純に億劫なのか、多分前者だと思うけど、どうにかならないものかな……。 そして、電車に揺られて今度はバスで浜へついた頃。 「もしかして夕日見に来たわけ?」 「うん。ここなら綺麗だと思って」 「なら折角だしカメラでも持ってこればよかったな……」 「胸の中にしまっておいてよ。この光景」 「うん。そうさせてもらうよ」 海の水平線に沈んでゆく太陽は普段見ることの出来ない姿を私たちに見せていた。 |