第三十五話(S) 歯止め

二月十七日金曜日。
この日は家庭に一つの転機が起きた。
いや転機が起こったのはお父さんであって、家庭はその影響を受けたというのだろうか。
まあそんなに大した影響ではないのだけども。
ともかくこのことを……『大切な人』に、伝えておくべきだ。
そう思い電話の受話器を取り上げ、あの人に電話をかける。
ピリリリリ、ピリリリリ──
「もしもし、三野木ですが」
「あっ、育人君?」
「皐月さん?何かあった?こんな夜分に」
育人君の言う通りお父さんが帰ってきて話を聞いた後だから結構遅い時間だ。
「えっ、ちょっとね……。今時間ある?」
「あるけど……」
「じゃあ、しばらくこうして話しててもいいでしょ?」
「うん。もちろん」
「ええっと……。実はお父さんの会社、潰れちゃって……」
というのが伝えなればならない起こった転機である。
「えっ……」
「だからもう、ここから他へ引っ越すこともないんだ」
「え、でも……」
「あれ、嬉しくない?」
「嬉しいわけないよ。倒産ってことは職を失ったってことでしょ?なんでそれが嬉しいのさ?」
えっ……?
あっ、そういや肝心なところを言い忘れている。
「あっ……。ごめん、再就職先はもう決まってて……」
「……」
「だから勤めるところが変わったってだけで……。他はそんなに変わらないから」
「へぇ……」
「寧ろ、転勤で引っ越すこともなくなったから。これ以上育人君と離れることもないだろうし」
「そう……」
なんだかすっかり白けてる。
電話越しだから表情は見えないけど怪訝な感じだろうな……。
「それを育人君に伝えておきたくて……」
「それは……ありがとう」
「そういや電話番号教えてなかったよね?」
「えっ、うん。うちのは教えたけど」
あ、やっぱり。
仁志君に先に伝えたなんて言ったら怒ったりするかな、なんて思いつつ。
「じゃあ教えておくね」
「うん」
「○○○○-××-□□□□ね」
「わかった。じゃあまた掛けたいときに掛けるよ」
「うん」
「……そうだ。二十四日の放課後って時間ある?」
二十四日ってことは私の誕生日か。
プレゼントのためのアポだろうか。
「部活あるから……。その分は遅くなるけどね」
「それは僕も一緒だけど……。じゃあその日はよろしく」
「うん。楽しみにしてるね」
「期待してて。そういや……部活って何所はいってる?」
「えっ、私?私は手芸部だけど」
これは趣味絡み。
「へぇ。手芸部か……」
「育人君は?」
「僕はテニス部」
「へぇ。私はどちらかというと文化部のほうがいいかな……」
「運動は嫌?」
「そんなことはないけど。ただ書いたり作ったりするのが好きなだけ」
「じゃあ小説とか書いたりしてるわけ?」
「小説は書かないけど。詩くらいならたまに」
本当にたまだけどね……。
「へぇ詩か……。見てみたい気もするなぁ」
「えっ……。あれは幾ら育人君でもちょっと……」
「そう……。あっ、そろそろお風呂行くから切るよ」
「うん」
「じゃあ、おやすみ」
「おやすみ〜」
──ガシャン
また随分長電話だったな……。

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