第三十一話(S) 来客

今日は二月五日の日曜日。
育人君が初めてうちに遊びに来る日。
午後三時に瑞井駅の前の映画館で待ち合わせという約束になっている。
以前、家に遊びに来たいと言っていた美樹ちゃんと仁志君は例のこともあってその話は保留。
よって、育人君だけが家へと遊びにくることになった。
何故時間が午後の三時なのかというと、育人君にクッキーを作って待っているとそう約束したからだ。
それは俗にいうおやつの時間で、その時にクッキーを出そうかとそういう考えの元でだ。
昼過ぎ、キッチンが片付き、開いたところでクッキーの準備をする。
ボールに小麦粉や牛乳、卵、それに味付けをして捏ねる。
それの色違いを幾つも作り、マーブルとして形作る。
さらにそれをオーブンへといれ、ダイヤルを回し、クッキーを焼く。
これが二時四十五分くらい。
そろそろ映画館の前へと向かうか。
迎えに行くだけなので何も持たずに家を出て、映画館を目指す。
駅までは三、四分くらいでつく。
角を曲がって約束の場所、映画館が見え、二、三歩歩いたところで声をかけられる。
「よっ」
振りかえるとそこにいたのは育人君だった。
「あっ、育人君。今の電車で着いたところ?」
「うん」
「じゃあ行こう。ここから少し歩いたところだから」
そして、育人君を家まで案内する。
「さあ入って」
と、家の玄関を開けるとそこにはお母さんがいた。
「こんにちは」
「こんにちは……ってあら、育人さんじゃない。皐月、お客さんって美樹ちゃんじゃなかったの?」
……ってお母さん、育人君のこと知ってるし。
ということは、隣に住んでたってことも勿論知っているだろう。
突然、学校へ行く時間が遅くなったこと。
最近、楽しそうに学校に行くようになったこと。
それを考えると、察してバレてしまうのでは。
「え、うん……」
って返事なんてしてる場合じゃなくて、早くしないと。
「ささ、育人君あがって」
「えっ、うん」
と、育人君をお母さんの目の届かぬところへと案内する。
「まだ片付けきれてなくて散らかってるけど……」
と、二階の突き当たりにある自分の部屋のドアを開けて、育人君に言う。
「先に座って、寛いでて。クッキー取ってくるから」
そろそろ焼きあがった頃だろう。
そう思い、育人君を部屋に残し自分は階段を降り、キッチンへと向かう。
そこにはまるで待ち構えたかのようにお母さんがいた。
訊かれるのは必然的だなと思いつつ、棚からお皿を出す。
「皐月、育人さんって、もしかして……あれ?」
「えっ?育人君は単に……」
「単に?」
「単に……勉強しにきただけで」
「そうなの?私はてっきり彼氏かなんかだと」
「えっ、そんな、別に、そういう関係なんかじゃ、全然ないって」
と、あたふためいているとうっかり皿を落としてしまう。
皿は辛うじて割れることは無かったものの、これはバレたも同然……。
「私は別にいいのよ。付き合う相手が育人さんなら。大久でバイトしてた甲斐があったわ。向こうのお母さんとも仲良かったし」
もうその気になったお母さんは誰にも止められない。
これはもうバレたも当然だなと思いつつ、重い足取りで階段を上る。
「お待ちどう」
「……どうかしたわけ?」
私の気が滅入っているのを察してか、育人君が訊いてくる。
「……実は付き合ってること、バレちゃって」
私はすっかり育人君は引っ越しを告げたときみたいに驚くんだろうな、と思っていたけど……。
「別に気にすることないって。どっちみち何時かはバレるんだし」
あれ、育人君にしては案外冷静……。
「そりゃそうだけど……」
「それにこそこそと隠れる必要が無くなったんだし」
「うん……」
「というか、うちもそろそろ危ないんだけど……」
って、そんなの聞いてないんだけど。
「えっ?」
「だって月曜から朝にうちに来るでしょ?あれからずっと疑われてて」
ということは私のせいだってことか。
「いや、まだバレてはいないよ?」
バレてないっていってもどうせバレるのは必然的だし、いっそのこと。
「なんだ、なら別に話しちゃってもいいよ。というかそれなら話しておいてくれない?」
「え……」
「そのほうが育人君ちに行くのも楽になるしさ。お願い」
「う、うん」
なんだか安心したら小腹が空いてきた。
そして目の前には自分の焼いたクッキーがある。
「では一段落ついたところで、お先に頂きま〜す」
と、まあこういうわけで双方両親ともに知られることになったのだった。

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