第二十二話(S) 温室にて

結局のところ、あのイタリア料理店は美樹ちゃんが言う通り美味しいところなのだろうか。
私はなんだかイマイチ魅力に欠けていたと思う。
でもああして長蛇の列が出来ると言うことはそれ相当に違いない。
それとも何か美味しいのはお店の料理でなくてある特定の品物だったのだろうか。
だとすればあの店に行ったことは大して意味も無いような。
でもそれなら何故美樹ちゃんがその特定の品物がと言わなかったのかというのがまた謎。
ともかく味はまあまあのイタリア料理店を後にし、植物園へと向かうことにした。
植物園は中央の公園から見て東側。
南北にはしる道よりも細いものの遊園地と植物園を結ぶ東西にはしる道もある。
この道は北ゲート、南ゲートを結ぶ道とは違い地面は細かい砂敷。
因みに南北にのびる道は赤いレンガで形作られている。
公園は南北にはしる道と同じく赤いレンガ造り。
中央の公園から観覧車・植物園までは横道はなく、一直線。
一方、南北ゲートを入ったところはお土産屋が軒を連ねる。
北ゲート側は前に言った通りレストラン街。
南ゲート側は桜並木がゲートから公園まで続いている。
レストラン街から公園を抜け、二、三分ほど歩いたところにその植物園はあった。
それは大きなビニールハウスが幾つかくっついたような形をしていた。
早速そのドアを開け、中に入る。
室内は暖房が効いていてポカポカと暖かい。
そして入ったところには右と左に入り口があり、看板が吊ってあった。
[特展:世界の植物展]─┸─[フラワーガーデン]
「どっちにする?」
「う〜ん、どっちでもいいけど……。育人君はどっちがいいの?」
「えっ、僕?僕もどっちでもいいけど……」
どっちでもいい……では話は進まない。
「じゃあ、ジャンケンして私が勝ったらフラワーガーデン、育人君が勝ったら植物展ね」
「うん」
で、結果は私の勝ち。
「なら、こっちね」
フラワーガーデンに入るとそこは一面の花で、砂張りの道がその間に通っている。
チューリップがメインのようで他にはストックや石楠花、菫(すみれ)、蓮華など。
どうも春、とくに四月辺りの花がメインらしい。
そしてその砂張りの道をまるで学校に行くときのように二人で並んで歩く。
今日はどうも常に育人君といられるせいか大してドキドキもしない。
というより育人君と一緒に二人きりでいる時は……なのだろうか。
別に嫌いって訳でないし、寧ろ好きというか……そんな感じ。
一緒にいるときはなんだか……なんともいえない気になる。
和むというか安らぐというか癒されるというか……。
どうせならもっと距離を縮められたら……なんて思ってみたり。
なんだかそう想うときだけ頬が熱くなる。
一緒にいるときは大してそうもならないのに。
なんだか不思議なものだ。
ともかく喋らずにただ歩いているだけなんてつまらないので話題を探す。
「ねぇねぇ、あれみて。あのチューリップの色、綺麗じゃない?」
と、ピンクと黄、紫の混色のチューリップの方を指差す。
「えっ、うん」
って、ただそれだけで何も進む様子がない。
いや、花にはその魅力ってものを感じないのだろうかなんて思ったりする。
で、しばらく歩いてからもう一度。
「あれも綺麗じゃない?」
「うん、綺麗だけど……」
「え、何かあった?」
「いや、なんでもないよ」
なんか様子が変。
それでしばらく経ってからもう一度やってみる。
「あの花、可愛いよね?」
「うん」
……ってまた空返事?
なんだかノリが悪いなぁ。
いや、言ってしまえばいつものことなんだけど。
いつもに増してと言うべきか。
なんだか癪で少し驚かしてみることにした。
どうせこうして一緒にいててもまだあれをしたことがないのだし、いっそのこと……。
『中間地点』の看板が見えた頃、いかにも自然にという風に育人君の手を握ってみる。
「えっ?」
「あ、いやだった?」
なんて言ってみたりする。
「いや、そんなことはないけどただ……」
「ただ?」
「急だったから少し驚いて……」
やっぱり目論見通り驚いているらしい。
「なんだ。なら別にこうしていてもいいよね」
そうして手は握ったまま残り半分を歩いて行くことにした。
でもそれであがってしまったのかその残り半分も同じような感じで……。
結局驚かしただけで終わり?

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