第六話(S) 初めての会話

私が転校してきた日から、毎日欠かさず朝に新聞を取りにいっていた。
ここに引っ越しする前からもその習慣は続いていたものの、いままでよりもその時間が楽しみになっていた。
言葉さえ交わさないものの、玄関口で挨拶する毎日。
学校へ行っても、喋るのは美樹ちゃんばかりで他の人との交わりも大してなかった。
その上で、隣人の育人君と新鮮な朝に挨拶をすることはもう日課となっていた。
学校で仁志君と喋っている声は他の声と交じり合っていたが、耳には届いていた。
しかし、面と向きあって直接話すということは全くなかった。
そして今日は十二月二十八日。
明々後日はもう今年最後の日だ。
ここへ引っ越してきて初めての年越しとなる。
年末の大掃除……のはずなのにうちは大して忙しい雰囲気でもなくいつも通りに時間が過ぎていく。
おせち料理の買出しも、もうとっくの前に過ぎてしまっていた。
あとは時が過ぎるのを待てば良いだけとでもいうのだろうか。
そして、そんな今日も先ほど美樹ちゃんから電話があった。
今日もまた遊びに来るとのことだった。
これで四度目だろう。
それにしても今日は遅い。
台所でベルがなるのを待ってた私は待ち遠しくなって、家を出た。
ガラガラガラ……
ドアを開き、学校の方を見ると突然美樹ちゃんの声がした。
「どうしたの?」
その呼び声のほう、育人君の家の前を見るとそこにまだ来ていないと思っていた美樹ちゃんと育人君がいた。
「えっ……」
美樹ちゃんがとっくに来ていたなんて……。
しかも何故か育人君と喋っている。
その育人君の手には財布があった。
なんだこれから買い物か……。
それを見て私は少し落ちついた。
「ちょっと遅かったから……」
「ごめん、ごめん。ちょっと準備に時間がかかってさ」
と、いうがいつものようにバックを肩に掛けているだけ。
「気になって外まで来ちゃったよ」
美樹ちゃんが突然スーパーのほうを向いた。
何かあるのだろうかと向くとそこには仁志君がいた。
首に黄色のマフラーをしている。
ののマフラーは、この間美樹ちゃんが家で編んでいたものと同じだ。
「あれ?仁志、どうしたんだよ?」
育人君が仁志君に向かって訊く。
その育人君の声は大してかっこいいというわけでもなくごく普通だった。
でも何か歯がゆい気持ちになる声だった。
「おまえんちに遊びに来たんだよ。それより美樹、この間はありがとな」
仁志君の声を直接聞くのも初めてだろう。
少し太めの声だ。
「えっ、別に構わないってば」
「あれってこの間の?」
さっきから気になっていたことを訊いてみる。
「そうそう。クリスマスプレゼント」
「そうだったんだ……」
クリスマスプレゼントか……。
誰かにあげたって事はわかっていたけどそれが仁志君だったとは。
「あのさ、仁志。これからおせちの買い物に行こうと思ってるんだけど」
「買い物?それならついていくよ」
「えっ、付き合ってくれるわけ?」
「終わるまで暇だからついていくだけ」
「というわけだから、美樹そろそろ行くからな」
「それじゃあね、仁志、育人」
「おう」
そうして、育人君と仁志君はスーパーのほうへと歩いていった。
「さ、早くはいろ。外じゃ寒いでしょ?」
「えっ、うん」
こうして美樹ちゃんと家の中へ入っていった。
それにしてもさっきの歯がゆさはなんだったんだろう……。

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