第三十八話(I) 漣(さざなみ)
それから半年後の夏。 僕たちは、高校二年生になった。 誕生日はまだ来ていないから十六歳のままだけども。 この時期は来年度に大学受験を控えて、そろそろそれに向けて勉強に励む頃。 そんな最中、息抜きに皐月さんと二人っきりで海水浴場へと足を運んでいる。 何も泳ぎに来たというわけではなくて、この夏の暑い時期、涼みに来たとでもいうのだろうか。 あの冨田パークの観覧車から見えた海に来たのはこれが初めて。 案外近いところにあるのに来たことがないというのもおかしな話だ。 それで、皐月さんとは瑞井駅集合であとはここまで自転車でとばしてきた。 真夏の暑い最中、アスファルトの上に陽炎さえ見えるけど、坂を下ってくるここまでの道のりは涼しくていいものだった。 あれから、僕達二人は二年生になってクラスこそ別々になったけれども、それなりに仲良くやっている。 仁志と美樹は、美樹が僕と同じクラスで、仁志は皐月さんと同じクラスになった。 どうかというとあのこともあって僕は仁志に対してささやかな焼きもちを焼いていた。 美樹はまた僕のことも好きだなんてことを言うけども、相変わらず仁志とはあの仲のままだ。 僕も友達として、幼馴染みとして、美樹のことは好きだけども、さすがに皐月さんには及ばない。 ところで、僕たち二人は家から持ってきたシートを海岸の砂浜に乗せ、その上で悠々とするつもりだったのだが……。 「それにしても暑いな……」 ついこの暑さに耐えかねて愚痴をこぼしてしまう。 「折角だから水着でも持ってこればよかったね……」 その一言に頬が少し熱くなったような気がするけど、多分気のせいだろう。 ところで皐月さんが何故そんなことをいうかというと、何処へ行くかという目的が決まってなくて、なんとなくこの海岸に来たからだ。 だから泳ぎに来たのではないというのは、そういうことだ。 でも、折角来たのに泳いでいかないなんて勿体無い……。 いやそれは、ここまで来たのにという意味だけども。 「うん……。折角ここまで来たのに勿体無い……」 「目の前に海があるのに泳げないなんてね……」 「うん……。なんだか泳いでいる人が羨ましいよ」 「私も……。もう少しきちんと予定組んでから来るべきだったよね」 「息抜きにって誘ったのはいいけど、何処へ行くかは決めてなかった……」 相変わらず打算的な僕は誘ったのはいいけれど、皐月さんが来る直前まで悩んでいた。 しかし結局どうするか決まらなくてこの様だ。 「まあ育人君らしいといえばらしいけど……。でもこれは海を目前にして辛いよ」 「ごめん……。海なら潮風も吹いてるから涼しいだろうと思ったんだけど、風一つ吹いてなかった……」 漣の音はこの場の音にかき消され、にぎやかなことさえ除けば、まるで海だということがわからない。 「やっぱり帰って水着とってくる?」 「そんな気力も起きない……」 「そうだよね……」 見上げる空は雲一つなく、晴れ渡る快晴で太陽が降り注いで肌が熱い。 まるで網の上に乗せられた秋刀魚か何かのようにじわじわと肌が焼かれていく。 一応借りてきた日除けのパラソルの中に二人とも入っているものの、それは肌にとって気休め程度にしかなっていない。 持ってきたシートそのものは大きくて、それも二枚だから一人ずつある。 こうも熱いと寄り添う気にもなれず、ただ雑談を交わすだけだ。 「ねぇ、ここにいるより冷房の効いたうちに来ない?」 「そうだね……」 この暑さでだるくてしばらく動く気が起きなかったけれども、ようやく立ちあがり、場を片付けて自転車へと急いだ。 「ねぇ、ここへいるとき下った坂って今度は昇るんでしょ?」 「あっ……そうか……」 「とりあえずうちにつくまでの我慢だね……」 「うん……」 それから坂を昇り、なんとか皐月さんの家についた頃、もうすっかりばてていた。 「はぁ……。やっとついた……」 「うん……。まるでここは天国のようだよ」 「じゃあ今までのところは地獄か……」 「ああも暑いとね」 「ごめん……。今度はきちんと予定を立ててくるから」 「いや、今度は私に任せて」 「僕のは信用できないってわけ?」 「まぁ、仕方ないでしょ……」 「そりゃそうだけど……」 「ね、今度海行くことがあったら、もちろん泳ぎたいでしょ?」 「えっ、う、うん……」 まぁ、別に泳ぎが苦手っていうわけじゃないけど、素直に『うん』とは言えない……。 「じゃあ次も海にしない?」 それは何故かというと、理由なんて言うまでもない。 「いいけど……」 はっきりと『うん』と言えるなら、それはある種この上ないことだけど。 「何か都合悪いことでもあった?」 都合というかなんというか……。 「いや、ないよ」 まぁ、別に半年くらい付き合ってるんだからそんなことに遠慮なんてしなくてもいいんだけど……。 「ならいいよね?またあの海岸で」 今日と同じところか……。 「うん……」 心なしか皐月さんのテンションがここに来てから随分と高い気がする。 今度こそ泳げるってはりきってるんじゃないだろうか……。 まぁ、泳ぎに行くのは悪い気はしないけど、躊躇せざる負えないでしょ……。 |