第二十七話(I) 失意のち安心
| あれから誕生日プレゼントのことでいろいろ悩んではみるものの良案が浮かばない。 例えば、ワイン好きの人にワインを送るとしよう。 店先に並ぶワインを買い、その人に持っていったところでそれを喜んでくれるといえるだろうか。 ワイン好きだということはワインに関して詳しいという可能性が高い。 そんな人に素人からワインをあげたところで果たして本人は喜ぶというのだろうか。 所詮、素人の見る目だ。 玄人が選ぶワインの選び方なんて分かるはずもない。 よって、ワインであらずともその人の専門分野は送ることができない。 ましてや、本人に好みのワインが何かと訊くわけにもいかない。 だから幾ら皐月さんがお菓子作りが好きだからといってその本とかそういうものは送ることができない。 手芸もやるなんて言ってたけどそれにしても同じだ。 ようは趣味を知ったところで何も変わらない。 勿論、好きなものであってもそれが固有のものでなければ知ったところで何も変わらない。 しかし……なら、何を送ればいいものか……。 本人に同行してもらってその場で買ってあげるというのも一つの手だ。 でもそれでは本人が相手を考慮して躊躇するのを考えるとやりにくい。 なら、一体どうするべきか……。 そんなことを考えているうちに何時の間にか昼休みになっていた。 いつも通り、弁当を出して広げたところで皐月さんが意味深長なことを言う。 「あのさぁ……実は言っておかなきゃならないことがあって」 「えっ?」 と、反応した声が美樹や仁志とハモる。 話しておかなければならないことって一体……。 「実は、次の土曜日に……引っ越すことになって……」 「ええっ!?」 と、驚きのあまり大きな声を出してしまったものだからクラスの皆に見られる。 この間から何時かは来るだろうと思っていたときがこれほどにまで早いとは思わなくてつい……。 まあ確かにいつかは来るものだからそれが今来ようと後々になって来ようと来ることには変わりはない。 結局のところ、その引っ越すという一つのところに行きつくのが早かったという、ただそれだけ。 ただそれだけのことなのに胸のうちに大きく響く。 遠距離恋愛……か。 勿論、最初からそうなることは分かっていたから多少なりと覚悟くらいはある。 覚悟はあるけど……それは十分でなくて。 その満たない部分にそれが響く。 「そうか、引っ越すのか……」 「なんか朝から変だなと思ってたらそういうこと……」 あのとき挨拶しても気付かなかったのはそのせいか……。 「あ、でも……そんなに遠くないからここには通えるんだけど……」 って、なんだ近いのかと拍子抜けする。 なら別に遠距離恋愛とかそういうものにはならないのか……。 「と、言うと何所に引っ越すの?」 「あの遊園地に行くときに通った瑞井駅の近くの団地なんだけど……」 「それならここからそんなに遠くもないな」 たしかに仁志の言う通り瑞井は近い。 あそこならここにも余裕を持って通うことのできるところ。 「ねぇ、またそこに遊びにいっていいでしょ?」 と、早速美樹がつばをつける。 たしか皐月さんが越してきてからそれほど時間も経っていないときに遊びに来てたっけ。 「えっ、うん。それはもちろん」 「じゃあ俺も」 って、仁志も行くのか? 仁志に皐月さんの家に行かれてしまうと僕の立場はまるでない。 一体仁志は何を考えているんだろう……。 「えっ、仁志も?」 と、美樹が異議を唱える。 「なんだよ、美樹。俺が行っちゃ悪いのか?」 「ダメダメ、私がいるのにわざわざ皐月ちゃんの所に行かなくてもいいでしょ」 ……今のは焼きもち? 美樹が焼きもちを焼くなんてまた珍しい……というか初めてではないだろうか。 「瑞井の辺りは行ったことないから、一度行ってみたいと思ったんだよ」 なんて、仁志は言うけど某映画は瑞井の駅前の映画館に見に行ったはず……。 「へぇ……。本当に?」 「ほ、本当だよ」 「まさか股かけようなんて考えてないでしょうね?」 股……って、美樹にしては随分な焼きもちだ。 何かあったのだろうか……。 「俺が育人から皐月ちゃんをとるわけないだろ」 「さあ、それはどうだか……」 なんだか今にも罅(ひび)が入ってしまいそうな勢いで二人が揉める。 見物じゃないけど……また珍しいことだなと思う。 滅多に喧嘩なんかしない二人がこうまで揉めるのだから一体どうなってしまうのやら……。 って、そろそろ僕も乗じて頼んでおかないと。 「あのさぁ、僕も行っていい?」 「それはもちろん。逆に来て欲しいくらい」 「なら是非、行かせてもらうよ」 「じゃあそのときはクッキーでも用意して待ってるね」 「うん」 「で、何時来る?」 「僕は何時でも」 「じゃあ来週は越したばかりだし忙しいから、その次の日曜日は?」 「いいよ。ならその日は空けておくよ」 というわけで、約束は取り付けたものの……二人はどうなるのやら。 |