第二十三話(I) 正夢

その道が長く感じられた植物園は抜けた。
でも手は今だつながれたまま。
植物園で自分から手をつなげなかったことに対する後悔と、皐月さんの方から手を握られたことに対する緊張が入り混じる。
そのせいか皐月さんに対してはどうも上手く喋れない。
別に嫌って訳でもないし、寧ろこうしているほうがいいのだけども。
なぜなら、なんと言っても好きなのだから。
そんな妙な緊張感の中、二人で観覧車へと歩を進める。
「ねぇ、ピンクの観覧車の意味って知ってる?」
「えっ、ピンク?」
「そうそう。美樹ちゃんと仁志君が言ってたんだけど」
「皐月さんも?」
「私もって育人君も?」
「うん。『乗るならそれに限る』って仁志がね」
「へぇ、美樹ちゃんも『一つだけピンクになっている理由を知ってる?』って」
「二人ともにいうんだから、よほどピンクの観覧車には何かあるんじゃない?」
「なら、とりあえずその観覧車のほうに行ってみない?」
「うん」
そしてそれから中央の公園を抜け、観覧車のほうへと向かう。
公園の西側の道は単独ではなくて家族とかカップルの人が多い。
やはり観覧車に一人で……というのは気が引けるものらしい。
どうせ来るから家族か好きな人と……。
まあ実際こうして来ているのだけれども。
それからしばらく歩いたところにその観覧車はあった。
やはり想像通りそこには長い行列ができている。
そして、黄色い観覧車に混じって一つだけピンクのがある。
「仁志と美樹が言ってたのはあれか……」
「とりあえず、この列に並ぼう」
そして列の後尾へと並ぶ。
それから数十分並んだ頃にはもう列の前のほうへと来ていた。
ピンクの観覧車もあと数台というところに迫っている。
「やっぱりピンクのに乗るのかなぁ……」
「ピンクのに乗るのは嫌?」
「そんなことはないけど……。よく分からないけどなんだか少し怖くてさ」
「私も……少し」
それで乗ったのは案の定ピンクの観覧車。
そのピンクの観覧車は皐月さんと僕の二人を乗せて回る。
「ピンク……だよね?」
「うん……」
ピンクの観覧車の中は至って普通。
別に何も変わったところはないけど……。
二人で向かい合って座るのは初めてだろうか。
なんだか今までに増して緊張していて、まるで自分の中の時が止まったかのよう。
「あのさ……」
しばらくしてから切り出したのは皐月さんのほう。
それが何かと思いきや、あまりにも唐突な質問をされる。
「育人君って……私のこと、どう思ってるの?」
ど、どうって答えは勿論決まっているけど……。
頬が段々熱く、赤くなるのがはっきりとわかる。
「えっ、僕は……」
「私は……好きだよ、育人君のこと」
と、皐月さんが頬を赤くしながらそれを気にかけないように振舞って言う。
でもやはり隠しきれてはいないような。
そして僕はそれに対して益々赤くなる。
なんだか胸のうちから思いが込み上げてくるような感覚に襲われる。
「僕も……勿論好きだよ」
ついに言っちゃったな……って感じぐらいで。
というか、そのことはとっくにばれているのでは……。
「よかった。なら別に付き合ってもいいでしょ?」
「えっ、うん。それは喜んで」
って、言ったものの……転勤したらどうなるんだろうなんて疑問が今更沸いてくる。
俗に遠距離恋愛というあんな感じになるのだろうか。
付き合ったはいいものの……転勤では話にならないし。
そうなったら電話や手紙くらいはできるけどやっぱり辛いものがある。
でもなんだか今そんなことを言い出すと拙いような気もしてとりあえず保留にすることにした。
「はぁ、なんだか緊張したら疲れちゃった……」
「僕も……」
というか、何時から自分は緊張しているのかあまりはっきりしないような……。
「そうだ、乗りかかった舟だし下につくまでに……キスしない?」
「えっ、キス?」
なんだか急で度肝を抜かれたというか……。
「そう。どうせ二人っきりだしね」
「僕は……構わないけど……」
「なら私もこっちね」
と、向かい合わせから隣になる。
お互い、向き合いながら林檎よりも赤くなっていた。
あとは……寝坊して見た夢とほぼ同じ。

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