第十三話(I) ONLY TWO

時計は約束の時間よりも、三分ほど前を指していた。
テレビでは、ニュースをやっている。
キャスターが近くの県を紹介していた。
少しくらい早めに出るかな。
そう思い、台所の椅子から立ち上がってかばんを手に持つ。
大して特別というわけでもない、普通の黒色。
そこに蛙のキャラクターがぶら下がっている。
美樹が家族旅行に行ったときのお土産。
ご当地ものらしくそこに地名が書かれている。
時計はさらに一分進み、約束の時間まであと二分。
少し急ぎ足で台所から玄関までの廊下を行く。
「いってきま〜す」
と、家の中に告げる。
玄関の扉を開けると僕よりも先に皐月さんが出ていた。
「お待たせ」
「さあ、いこ」
「うん」
家を出る前に告げた挨拶よりも少し緊張している。
学校へ行く道を並んで歩く。
皐月さんとの距離が今までになく近いもので、ドギマギしている。
何を話しかけたらいい……という問題以前でまず声が出てきそうにないというくらいに。
風に靡く皐月さんの髪が顔に当たるか当たらないかというところをいく。
朝の冷たい風が燃える頬を冷ましているかのよう。
ただ、風の音だけが二人の間を抜けていく。
「今度、遊園地に行くでしょ?」
しばらく続いた沈黙が皐月さんの言葉で消える。
「うん……」
「それでさ、何処の遊園地に行くとか何も聞いてない?」
「いや、全然……」
「じゃあなんで遊園地になったんだとかも?」
「それも聞いてないけど……」
自分の返事が最初に話したときと同じような感じになっている。
もっと他に返す言葉があるだろうなんて自分を叱る。
そしてしばらくの沈黙が流れる。
「美樹ちゃんと仁志君ってさ、どういう関係なの?」
「えっ、あの二人?付き合ってるんじゃないかな……たぶん」
「何時(いつ)から?」
「それはよく知らないけど……前からあんな感じ……」
「ああいう関係ってさ、うらやましいよね」
と、皐月さんが空を見て言った。
ああいう関係って美樹と仁志みたいな?
「えっ……う、うん……」
頬が以前にもまして赤くなる。
「でもさ、私はそういう関係になりかけてもすぐに引っ越しちゃうんだよね……」
「……」
返す言葉が見つからない。
それはなんだかとても寂しげな感じだった。
たしかに僕にもそういう人がいなかったわけじゃないけど……。
そのときも自分はこんな感じの口調だったな……。
でも、そうだということはたとえ僕が足掻いてもどうにもならないということ?
突然、無力感と失望感が同時に僕を襲う。
「でもここにはしばらくいられそうだから……」
しばらく続いた沈黙を破るかのように皐月さんが口を開く。
それを聞いて少しほっとする。
でもいずれ別れは来るだろうな……。
二人は黙ったまま学校の門を通りすぎ、玄関で上靴に履き替え別々に教室に入った。
教室には既に美樹と仁志が来ていた。

←12   (I)   14→

タイトル
小説
トップ