第七話 後編(I) 新しい場所

班変えで自分の班を決めるのも全員済んだ。
今は仁志と談話中。
これでこの学級活動のちょうど半分くらいが過ぎたところだった。
あとは席変え。
一学期、二学期と同じように教室を縦二、横三に区切って各マスに一班ずつ入るように決める。
その何処に入るかは班の代表がそれぞれジャンケンして入りたいところから入るという、いたって普通の決め方。
そのマスの中は縦三、横二になるようにそれぞれの机を配置する。
即ち教室全体では机が縦六、横六に並ぶようになっている。
先ほど決めた班のうちの一人が僕のところへやってくる。
「俺がジャンケン行っていいよな?」
「別に構わないよ」
「じゃあ俺がいくからな」
というわけでしばし傍観だ。
その人は前へ行って先に集まっていた他の五人とジャンケンをする。
そして見事に惨敗して決められるのも後ろから二番目となった。
教卓の前はどうも人気がない。
専ら先生の机の前に比べればまだましだけども。
何故ならあの場所は冬場、ストーブの前でとても暑い場所だからだ。
そして最後に空いた場所はその教卓前と先生の机の前。
その人は迷わず教卓の前を選ぶ。
先生が黒板に書いた縦二、横三のマスの中央上部に数字を書く。
その下にあたる中央下部には『5』と書かれている。
それを見て仁志が話しかけてくる。
「育人、お前いちばん後ろへ来いよ」
「言われなくてもそうするよ」
マスで中央下部ということは、教室の真中の後ろ側ということだ。
つまりは教卓の前である二班の後ろ。
仁志がそう言ったのもそういう経緯だった。
それで全ての班が決まったことになる。
さっき決まったそれぞれの班へ移動する。
別に男子列や女子列があるわけではない。
だから同性同士隣になっても構わない。
ちなみに二班は男三女三。
先ほどジャンケンしに行った人が謝っていた。
他の人の希望に沿わなかったのだろう。
僕は仁志との約束の通り一番後ろへと行く。
するとその隣には美樹がいた。
「美樹、いちばん後ろ?」
「さっき皐月ちゃんと約束してね、それでいちばん後ろにいるんだけど」
皐月さんと約束?
ということは皐月さんはその後ろの五班の中でもいちばん前?
それを聞いて胸が踊る。
「じゃあ皐月さんはいちばん前?」
「え、そうだけど……何かあった?」
「いや別に……」
そういって冷静を装う。
でも口調に乱れがあるのが自分でもはっきりとわかった。
「育人こそなんでいちばん後ろなの?」
「僕も仁志と約束してさ、いちばん後ろへ行くって」
「仁志もいちばん前か」
少し言葉が跳ねているような気もする。
気のせいか……いや多分そうじゃないだろうと僕は思った。
他のこの班の席のほうも無事成立したようで僕と美樹はこの班のいちばん後ろの席を取ったことになった。
後ろの班もまとまったのか、仁志と皐月さんが一番前へ来る。
それを見て脈が少し早くなる。
「約束通り、いちばん後ろだからな」
「ああ、俺もいちばん前。あと皐月ちゃんも美樹と約束したって前譲らなくてさ。他にも前がいいっていう人がいて……」
「ふ〜ん」
美樹と約束したと……。
本当にそれだけだろうか。
別の理由があったりして。
いやそれは考えすぎだろう。
そう思って慌てて消す。
「それでなんとか勝って前へ来たんだからな、結局それで皐月ちゃんと隣だけど」
それを聞いてまた速くなる。
「僕のほうは別にもめなくて……それで美樹といちばん後ろ」
「案外すんなり決まったんだな」
さっきの班変えのときの憂鬱な顔は何処へ行ったのかというほど嬉しそうな顔をしていた。
それで皐月さんも一番前か……。
やっぱりこういうときにきっかけは作っておくべきなのだろうか。
と、毎日朝に会っても言葉さえ交わさない自分が思っていた。
しかし最初の一言というのは案外勇気がいるものだ。
でもそれで自分はなかなか言い出せずにいては何も変わらないだろう。
ならせめてよろしくくらいは言っておいたほうがいい。
そう思った矢先、突然皐月さんの方から話しかけてきた。
「あっ、育人君、よろしくね」
顔が真っ赤に染まっただろう、心臓がドキドキしている。
思ってもみなかったことで僕はしどろもどろになる。
「えっ……あっ、どうも」
それでやっと口から出た言葉はこれだ。
我ながら情けない。
「毎朝新聞とりに行ってるでしょ?私も任されてて」
「えっ、うん……」
「それで毎朝挨拶してるでしょ?それならせめてきちんと隣人としてよろしくとぐらい言いたくて」
「それは僕も前から……」
「えっ、そうだったの?ならいつでも言ってくれればよかったのに」
言えるわけがない。
話しかけられただけでこんなに上がってるのに……。
自分から話しかけるなんて仁志みたいなこととてもじゃないけどできやしない。
美樹とはまた例外だ、いとこなりに幼稚園以前から付き合いがあったから。
「席も近いことだし、これからよろしくね」
そう言って皐月さんはまた美樹と話をしていた。
「育人、顔赤くないか?」
「えっ、そんなことないって」
「それになんか言葉数少なかったような気がしたけどよ」
「えっ、それはちょっと熱っぽくて喋る気になれなかっただけで……」
こういう時は屁理屈というのだろうか、それを縦並べる。
「嘘だろ。ほんとは育人、あれなんだろ?」
「あれってなんだよ」
分かっていてわざと訊き返す。
「あれって言ったらもう決まってるじゃんかよ」
仁志が言いたいことは分かっている。
それでも自分は訊き返す。
「あれって?」
「好きなんだろ?」
「誰が?」
また訊き返す。
どうせやっても無駄だって分かっていてやってしまうのは既に窮地だということだろう。
「決まっているじゃんかよ、皐月ちゃんがさ」
「えっ、僕が?皐月さんを?何言ってんだよ、全く……」
冷や汗が額から顔を伝って落ちる。
たしかに仁志の言う通りだけど……。
こういうことは実際自分でも素直に認められない。
でもそうなのだから仕方ないのだけれども……。
「まっ、いいさ。そのうちわかるだろうからな」
仁志が笑って言う。
この場所、なんだか嬉しいような悲しいような微妙な場所だ。
これから仁志が何度もこう来るのは必至だろう。
僕だって話したいのは山々だけども……。
そんなこんなで波乱(?)の席変えもなんとか終わったのだった。
二度目は明日の朝……。

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