その41 スケジュール ─ 創英
僕の記憶は消えてなくなったわけではない。場合によっては、思い出す可能性もある。現に、ベッドの感覚とか家の食卓の味とかそういうものは心当たりがあった。だから、美由さんとの記憶も思い出せるはずだ。きっかけが掴めたら。恐らく。 信彦君や加恵さん、義直君に対する記憶もまだ何処かに眠っているはずだ。駅前の本屋、隣町の風景、細道の地図、昔の町の様子、まだ自由に溢れていたであろう少年時代。そんなものの記憶も、きっと何処かに。 見つけ出せる? 見つけ出そうとする? 見つけ出す? ……見つけ出したい? 本当は、何を目指して、何を求めて、何を見たいのだろうか? 「じゃあ次の日曜日はサイクリングね」 と、まあ成り行きでそんな風に決まった。 「僕が思い出すとは限らないけど」 「別にそれはどっちでもいいよ。無理にそうあって欲しいとは思わないし」 本当にそうなのだろうか。そんな疑問は確定せず、未だ疑問のまま。ずっと疑問のままである、そんな気もするけれど。 「うん。分かってる。でもせっかく行くなら、何か感じたいな」 何か……、美由さんに通じるもの。より強く、想えるように。 「私は楽しめたらそれでいいよ」 「僕も、そうかな」 「その海岸道路には事故の少し前に行ったんだけど、そこで偶然加恵や信彦と会ってさ」 事故の少し前。つまり、夏休みに入った頃か。 「へぇ、それで?」 「ええっと、それからしばらく話してて。帰りは四人で帰ったんだけど」 「うん」 「帰りの電車で信彦が切符なくしたらしくて、大変だったらしいよ」 切符って、降りるまで何処へ入れておこうか迷うものだよな。たぶん、それで入れた場所を忘れたんじゃないかと。しばらく経って意外なところから出てきたりするんだろうな、きっと。若しくは、車内に置き忘れていたりすれば、どうしようもない。探せど探せど見つからないのだから。まさか忘れ物として届いているわけではあるまいし。 「結局、そのあと二人はどうしたのか知らないけど。私たちは二人と別れたあと、創英君の家へ行って夏休みはこれからどうするだとか、そんな他愛のないことを話していたと思うんだけど。それがまさかこんなことになろうとは、予想だにしなかったけどね」 誰が予想するだろう、事故に遭うだなんて。ましてや、記憶をなくしてしまうだなんて。でも、過去が何も分からない状態の僕を支えてくれたのは、他でもない毎日来てくれていた美由さんだと思う。それだけで僕は何となく安心感を得ていたような気もするし、事故以前の自分と繋がっているような気もしていた。 もし彼女の存在がなかったら。僕は自分自身を散在していたかもしれない。こうでもない、ああでもないと、自分は一体誰なのだろうと。今でもたまにそんな考えが過ぎる時もあるけども、そこまで重度になったりはしていない。それもこれも、彼女がいてくれたから。 「そのときは、夏休みに何をするつもりだったの?」 「何だったんだろうね。なんだか、事故に遭ったっていうからそれどころじゃなくて。もう覚えてないよ」 僕は一体何をするつもりだったのか、物凄く気になるのだけども。 「そう……」 「夏休みもともかくあと数日しかないから、意義のあるものにしようよ」 「う、うん」 「せっかくだし、色んなところへ買い物に行ったり、もちろんデート行ったり。来週の日曜日は、その一環として。ね?」 「う、うん……」 僕は少し、気迫負けしていた。 「私と創英君は、別の学校だから休みが終わってしまうと土日くらいしか逢えなくなるしね」 「遠いの?」 「何が?」 「いや、美由さんの大学と僕の大学」 「さあ……。私の大学はここから四駅くらいのところだけど、創英君の大学には行ったことがないから、分かんないな」 「そう」 「近いからといって、何か変わるってわけでもないじゃない?」 「まあね。でも近いと親近感沸かない?」 「親近感も何も、こうして付き合っているんだから近くてもそれがどうだってこともないでしょ」 「いや、そういうのじゃなくて……」 なんだか上手く言い表せない。 「もちろん、どちらかというと近いほうがいいけど。でも近いからといって何かあるわけでもないしね」 「そう……? なんて言ったらいいのかな、近いっていう事実だけで安心感を得られるっていうか」 「安心感? 別に私は何処にも行かないよ?」 「いや、そういうのじゃなくて……」 「よく分かんないけど。とにかく近くにいたいって想うなら、いつでも会いに行くよ?」 「それは、ありがとう」 多分どちらかというと美由さんが僕に会いたいんじゃないのかな。確かに僕も可能な限り、一分一秒でも長くいたいと想うけど。 「私も一緒にいたいって想うから、想われなくても会いに行くんだろうけどね」 「別に電話さえ入れてくれれば、いつでもいいよ」 「まあ毎日日にち会いに行けるほど暇でもないから、たまにだろうけどね。夏休みが終わったらとくに」 「それは僕にしても同じだろうと思うけど。それより終わるまでに一度行ってみないとな、大学に」 まだ場所だけで、そこがどんなところなのかさえ知らないのは、さすがにまずい。 「あれ、義直君から場所聞いてないの?」 「場所は聞いたけど、まだ行けてなくて」 それも随分前に聞いたのに。まだ真相も知らなくて、知美さんとも会っていなくて、病室にいた頃に。退院したら行かなきゃなとも思いつつ、引き伸ばされたままになっていた。 「夏休みもあと数日ほどしかないのに?」 「うん……。だから明日にでも行こうと思うんだけど」 「じゃあついていってもいい?」 「別にいいけど。でも単に見に行くだけだし、大したことをしに行くわけじゃないよ?」 「それでも別にいいから」 「そういうなら── 夏休みが終わったら。もちろん学業も早々に忙しくなってくるだろう。勉強したことは残ってはいたので、大して遅れるというようなことは起きないと思うけれども。それでも学校そのもののシステムとか、学校の構造も分かっていないのだから大変だろうなと思う。確かに義直君はいるけども、あまり彼を当てにするようなこともできない。何といっても、今は彼とは微妙な関係だ。確かに知美さんが、義直君に告白したみたいだけど、あんな状態の義直君と付き合うのもさぞかし大変だろうなと思う。もちろん、今の僕もその類なのだけども。 |