その36 懐かしき同級の急な告白 ─ 義直

イメージは覆る。彼女は、告白されたからOKしたものだとすっかり思い込んでいた。でも本当は好きだったからOKしたのだ。わざわざ副生徒会長にならなくとも彼女のハートは告白する以前から射止めていた。つまり俺が生徒会副会長になったのも、班長になったのも、意味を持たない無駄なことだったのだということだ。何もそこまで頑張らなくても、彼女は俺を好きであり続けただろうと思う。中学生の自分は、無駄なことばかりやっていたような気がする。鈍感というか察しの悪い俺は、本当に何も気づくことができなかったのだから。
二十日午後二時頃。
俺は何の義理があったのかよく分からないが、なんとなく創英のところへ来ていた。先日、美由さんから連絡があったように。
日時:八月二十日午後二時頃
場所:創英宅
目的:不明
このいかにも怪しそうな誘いに何故俺は来たのだろうか。だいたい創英といえば今の美由さんの彼氏であって、俺が美由さんに対しての気持ちを完全に断ち切れずに今も想い続けているとするならば、この状況は明らかにおかしい。いや、実際にそうであるからこの状況はおかしいのだ。それは美由さんも知っているだろうから、こうして創英の元へ行くように言ったのもおかしい。何の理由があって俺をこんなところへ行って欲しいなんて言ったのだろうか。彼女は、目的はここへ来れば分かると言っていた。とくに理由を強く知りたいと思ったわけでもないが、曖昧なのはなんだかすっきりしないのでそのチャイムを押してみることにした。数秒して、家の中から物音がして玄関の鍵が開いた。
「行こう」
ドアは開いたけれど、創英は怒っているようにそれだけ言って、今俺が来た方へと歩いていった。
「……」
なんだ、久しぶりに会ったのに挨拶もなく、たったそれだけか。
それから創英はひたすら道を歩き続けた。通ったことのない道を通って、橋を渡って。創英は途中で自動販売機に寄り、ジュースを一本買った。俺もついでなので同じようにジュースを買ったけれども、飲むのはあまり気が進まなかった。創英はあれから何も言わずに、ひたすら歩き続けるだけ。俺はその後ろをついて歩いた。俺はそんな何も話そうとしない創英に接しにくくて、目的も行き先も訊くことができなかった。
しばらく歩いて、俺たちはある神社へついた。そこで少し創英と話したが、また不確定な要素が増えてしまった。俺は何かを心配しなければならないらしい。一体何を心配しろと言うのだろうか。
数分待っても何も起きなかったし、誰も現れなかった。遠くで烏が鳴いた頃、創英はベンチの前の道を急に走り出した。何があったのだろうとその方を見ると、その先には美由さんがいた。創英はしばらく会話を交わして、また戻ってきた。
「来て」
ただ一言、そう言われて俺はうっかりジュースの缶をベンチに置き忘れたまま創英の後ろをついていった。
創英についていくとそこにはその神社の社があり、美由さんと一人の女性がいた。何処かで見たような気もするけれど、それが一体誰なのか分からなかった。
「ごめんね、義直君。理由が言えなかったって言うのは、こういうことだったから……」
「こういうことって? ……それより、この人は?」
沢山の疑問があったけれど、とりあえず目の前で顔を伏せて赤面している彼女が一体誰なのかを聞いてみる。
「知美……だけど」
彼女は先日美由さんが聞いてきた美倉知美さんらしい。でも俺の記憶の中にある彼女とはまるで別人だった。
「えっ、ホントに?」
「うん。あのときは眼鏡掛けていたけど。今はコンタクトだったよね?」
「えっ、う、うん」
コンタクトか。言われてみればそんな気もする。彼女の顔を見る機会は、目が合うたびに彼女が顔を伏せていたから、あまりなかったけれど。
「そうなんだ。久しぶり」
「うん……」
声は彼女のものだったので、確信が持てた。でもこの前にいる女性が知美さんであるからといって、目的が明かされたわけではない。
「それで、結局何の用だったんだ?」
「知美に聞いてよ。私たちはただの案内役だから」
どうやら俺がここにこうしている理由は彼女にあるらしい。
「それより創英君。しばらく二人の邪魔にならないようにその辺りを歩かない?」
「いいよ」
邪魔にならないように……だそうだ。
「……で?」
「えっ……」
彼女はあの眼鏡がないだけで、あまり変わっていなかった。とりあえずこうして向かい合っていては話も進みそうにないので、何処かに座って落ちつきたかった。
「……まあいいけど、立ってるのも面倒だし座らないか?」
「う、うん」
ちょうど社へ上がるところが階段になっていたので、そこへ腰掛ける。彼女も倣ってその横に座った。そうして、しばらくの沈黙。
「中学校のときの俺って、単に見栄張ってただけかも知れないな……。副会長をしたり、班長をしたり。わざわざそんなことする必要なんてなかったのに、俺って何やってたんだろうな……。なんだか無駄なことばかりやってたような気がするよ」
何を話していいか分からなくて、昨晩考えていたことをそんな風に何となく話すと、
「私は……別に、無駄だとは思わないよ……」
と、否定されてしまった。
「何でだよ?」
「もし本当にそれが無駄なら、私はここにこうしているはずがないから……」
俺は彼女の言うことの意味がよく分からなかった。副会長になったり班長になったりすることが無駄なことだったら、知美さんがここにいるはずがないって。
「どういうこと?」
「私が何でわざわざあの二人に頼んでここにこうしていると思う?」
彼女は俺の問いを無視してそう続けた。
「さあ……。俺はただ美由さんに頼まれてきただけだしな……。ただ創英のところに行ってって言われただけだし」
「そう。中学校の卒業式が過ぎてからしばらくして、美由ちゃんから電話があって……」
「俺と別れたってことだろ?」
「うん……。私、それを聞いてからずっと逢いたくて……」
逢いたい?
この俺に?
何のために?
「二年生の夏休み明けに、美由ちゃんが付き合ってるってことを知って諦めようって思ったんだけど、なんだか諦めきれなくて。結局今までずっとだけどね。別れたって聞いて、もしかしたらと思って……」
「諦めるって何の話だよ?」
内容が区々(まちまち)で、よく分からない。
「私はずっと義直君のことが好きだったの。なのに、夏休みが明けたら美由ちゃんと付き合っていて……。私は美由ちゃんにもそんなことは言ってなくて、楽しそうに話す美由ちゃんと一緒にいると余計に辛くて……」
それを聞いて、やっと諸々の辻褄が合ったような気がした。彼女が俺を……か。
だから中学校のときに彼女は目が合うたびに顔を伏せていた。だから想いを伝えるために俺に逢いたかった。だから美由さんは俺にその目的を明かすことができなかった。だから今、俺はこうして呼び出されてここにいる。つまりそういうことだろう。
「そう。それはごめんな……。じゃあ今日ここにこうしているのは告白のためか……」
「うん……」
「告白か……。されたのは初めてだな……」
でも今のこんな状況の俺でいいのだろうか。別に誰かと付き合っているわけでもない。だからといって、すぐに付き合うことはできない。何故なら付き合おうとするならば、まず振り払わなければならない感情があるから。
「ともかく、少し考えさせてくれないか?」
「少しって……?」
「……一週間くらい」
とりあえず俺は一週間の猶予期間を設けて、その間に気持ちを入れ替えようと思った。
「……」
「別に今誰かと付き合ってるってわけじゃないからよ。少し心の整理がしたいだけだから」
「うん……」
とりあえず彼女に電話番号くらいは教えておこう。そう思い、ポケットを探るものの何も見つからなかった。
「あのさ、何か書くもの持ってない?」
「書くもの?」
彼女は持っていたかばんからメモ帳とボールペンを出して、俺に渡した。
「ちょっと借りるよ」
俺はメモ帳の一枚目に電話番号を書いて彼女に差し出した。
「うちの電話番号。好きなときに掛けてくれていいから」
メモ帳を受け取った彼女は、一枚目を下に送り二枚目に数字を書き、それを切りとって俺に渡した。
「これは私の家の」
「分かった」
俺はそれを受け取り、ポケットにしまった。つまり、そういうことだったのだ。
不確定要素の結果。
日時:八月二十日午後二時頃
場所:創英宅→神社
目的:知美さんに告白されるため
協力者:創英、美由さん

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