その35 一世一代のイベント ─ 知美
大イベントだ。もし地区祭なら、大いに賑わっているような感じだ。もし選挙演説なら、沢山の人で群がっているような感じだ。もしセールなら、千客万来といった感じだ。私はそんな風に盛りあがっていた。あの義直君に告白するわけでしょ? そうなれば、騒がずにいられますかって。ああ、こういうときにだけ無駄にハイテンションになる自分もどうかとは思うけど、刻々と過ぎる時間に比例して脈拍数だけが上がるよりかはましだと思う。
前夜、八月十九日。 私は大きな喜び──獲らぬ狸の皮算用とはよく言ったものだ──と、小さな不安・緊張でいっぱいいっぱいだった。美由ちゃんが言うには、わざわざ呼び出した目的は義直君に一切言っていないらしい。彼は深く問うような性質でなくて、もの分かりがいいらしいと、以前美由ちゃんが言っていた。今回もそんな感じだったのだろうと思う。 当日、八月二十日の早朝。 美由ちゃんから電話があり、諸々の確認をした。用意周到、あとはそのときを待つばかり。 二時過ぎ、場所は美由ちゃんの家の前。私は大した勇気も使わずに、そのチャイムを押した。家の中から駆ける音がする。 「じゃ、行こう」 「うん」 このときはまだ、こんな感じで元気だった。 約束の時間の二分前、あの神社の広場にあるベンチより。美由ちゃんは腕時計を眺めて、 「あと二分くらい」 と、呟いた。私の脈拍はもちろん早くなっていた。さっきまでのテンションは何処へ行ったのだろう。私はただの緊張の塊になっていた。頭の中では“2”という数字が輪になって、くるくる回っていた。 「ねえ、今向こうから声しなかった?」 私はそれどころじゃなかった。なんだかうずうずして仕方なかった。もう五分も経っているのに、一向に創英君の姿は見えなかった。 「ちょっと向こうの方見てくるね」 そう言って、美由ちゃんは前の道を歩いていった。 しばらくして美由ちゃんが戻ってきた。どうやら、この神社内の別の場所で待っていたらしい。私たちは、神社内の中央にある社へと向かった。 「ごめんね、義直君。理由が言えなかったって言うのは、こういうことだったから……」 私は義直君を直視できなかった。あれから何年と経ってやっと逢えたのに、ただ地面を見つめることしかできなかった。 「こういうことって? ……それより、この人は?」 中学生の頃は眼鏡をかけていた。案の定、義直君は私だということに気付いていない。でも予想していたこととはいえ、少しショックだった。 「知美……だけど」 「えっ、ホントに?」 「うん。あのときは眼鏡掛けていたけど。今はコンタクトだったよね?」 美由ちゃんにそう話をふられ、あたふためいてしまう。 「えっ、う、うん」 「そうなんだ。久しぶり」 今度は本人から直接だ。 「うん……」 ああ、今から自分が何をしようとしているのかと言うと、告白だというのにこんな調子でいいのだろうか。 「それで、結局何の用だったんだ?」 「知美に聞いてよ。私たちはただの案内役だから」 再び話を私にふられる。 「それより創英君。しばらく二人の邪魔にならないようにその辺りを歩かない?」 「いいよ」 そして、美由ちゃんと創英君は神社を出ていった。この境内には、私と義直君の二人きり。 「……で?」 「えっ……」 「……まあいいけど、立ってるのも面倒だし座らないか?」 「う、うん」 そう言って、彼は社の階段になっているところへ座った。私は、彼に少し距離を置いて座る。それでも階段は狭くて、それほど離れてもいなかった。 「中学校のときの俺って、単に見栄張ってただけかも知れないな……」 しばらく間があって、彼はそんな風に呟いた。 「副会長をしたり、班長をしたり。わざわざそんなことする必要なんてなかったのに、俺って何やってたんだろうな……。なんだか無駄なことばかりやってたような気がするよ」 まるで独り言のように彼は話した。 「私は……別に、無駄だとは思わないよ……」 「何でだよ?」 「もし本当にそれが無駄なら、私はここにこうしているはずがないから……」 「どう言うこと?」 「私が何でわざわざあの二人に頼んでここにこうしていると思う?」 「さあ……。俺はただ美由さんに頼まれてきただけだしな……。ただ創英のところに行ってってそう言われただけだし」 「そう。中学校の卒業式が過ぎてからしばらくして、美由ちゃんから電話があって……」 「俺と別れたってことだろ?」 「うん……。私、それを聞いてからずっと逢いたくて……」 「……?」 「二年生の夏休み明けに、美由ちゃんが付き合ってるってことを知って諦めようって思ったんだけど、なんだか諦めきれなくて。結局今までずっとだけどね。別れたって聞いて、もしかしたらと思って……」 「諦めるって何の話だよ?」 そんなもの、決まってる。 「私はずっと義直君のことが好きだったの。なのに、夏休みが明けたら美由ちゃんと付き合っていて……。私は美由ちゃんにもそんなことは言ってなくて、楽しそうに話す美由ちゃんと一緒にいると余計に辛くて……」 私は想いがこみ上げてきて涙目になっていた。 「そう。それはごめんな……」 彼は申し訳なさそうにそう言った。 「じゃあ今日ここにこうしているのは告白のためか……」 「うん……」 「告白か……。されたのは初めてだな……。ともかく、少し考えさせてくれないか?」 「少しって……?」 「……一週間くらい。別に今誰かと付き合ってるってわけじゃないからよ。少し心の整理がしたいだけだから」 「うん……」 私がそう言うと、彼は何かを思い出したかのように自分の服のポケットを探った。でも見つからなかったらしく、私にこう言った。 「あのさ、何か書くもの持ってない?」 「書くもの?」 私は持っていたメモ帳と、ペンを取り出して彼に渡した。 「ちょっと借りるよ」 彼はそう言ってペンをノックし、メモ帳に十桁の番号を丁寧に書いた。 「うちの電話番号。好きなときに掛けてくれていいから」 彼はそう言って、メモ帳を私に返した。私はその書かれた紙を下へ送り、二枚目に十桁の番号を書いた。それからその紙をメモ帳から剥がし、彼に渡した。紙ははためき、パタパタと軽い音を立てた。 「これは私の家の」 「分かった」 彼はその紙を綺麗に四つに折って、胸ポケットにしまった。そして彼はしばらく空を眺めていた。私も同じように空を眺めた。今日は雲が二割三割。入道雲ほどではないけれど、大きな雲が空を泳いでいる。風が吹き、木葉が揺れる。蝉が鳴き、暑さが増す。雲が運ばれ、太陽が顔を出す。なんとも長閑な夏の風景だった。ここが縁側で、西瓜があったら……。なんだか贅沢をしてみたい。そういう気分だった。 |