その34 変な感じの想い入れ ─ 創英

そう言えば、僕が入院していて義直君が二度目か三度目くらいに見舞いに来たとき、なんだか引っかかることを美由さんと義直君が言っていた。連絡は断つはずだったとか、落ちついてから話すとか、そんなことを。もしかしてそれは義直君と美由さんが昔付き合っていたということに関係があるのではないだろうか。卒業式の前日に別れたと知美さんから聞いた。すると、そのときに連絡を断つと約束したってことだろう。でも僕が事故に遭ってしまって、誰かしら大学に関係のある人を呼ぶ必要があると考える。そこで以前の僕が話していた中に登場した義直君に連絡をした。だから連絡を断つはずだった二人はまた会うことになってしまった。つまり彼らがまた会ったのは僕のせいであり、僕のためだということだ。落ちついてから話すというのは、そのことだろう。ならば僕には義理があるから、義直君に対して何も言えない。もし今になって、義直君の方からわざわざ電話をしてくるようなことであれば、別問題だけど。
午後二時前。
予定通り義直君が家を訪ねてきた。そう言えば、義直君に会うのは随分久しぶりなんじゃないだろうか。この間会ったのはまだ僕が退院していなくて、病室にいた頃だったと思う。それなら二週間くらい前だろうか。
ところで、どうやら僕は義直君に対して嫉妬しているらしい。理由といえば一つしかない。知美さんが、美由さんと義直君が以前付き合っていたと言ったからだ。でも、だからと言って何故僕はそんなに義直君に嫉妬しているのだろうか。確かに僕と美由さんは付き合っているという関係の上にある。でも僕にそれほどの愛があったというのだろうか。好きだと言えるような気持ちが一体何処にあったというのだろうか。だいたい、僕と美由さんが付き合っているということを知った義直君の方が嫉妬しているのではないだろうか。以前の彼女が今付き合っているのは自分の友達なのだから。別にそれが理由で別れたなんてことはないのだけれども、それに対して無関心でいられるはずがない。もし無関心でいられたとするならば、義直君は切り替えの早い人だということになる。でも僕には到底そうだとは思えなかった。
僕らは目的地に着くまで、会話という会話はしなかった。それでも何を話したかはあまりよく覚えていない。隣に歩いているのが美由さんの昔の彼氏だと思うと、とても話そうというような気分になれなかった。それは義直君にしても同じだったのだろう。彼も必要以上には話しかけて来なかった。僕らは目的地に着くまでに、自動販売機でジュースを買った。僕は着くまでに飲み終えてしまったけれど、義直君はあまり気が進まなかったらしい。ちびちびって感じだったと思う。
神社のベンチに二人で腰掛け、美由さんと知美さんが来るのを待った。生憎、時計をつけてくるのを忘れたので時間がはっきりしなかったが、この間来たときに計っておいたのによると、約束の時間の数分前くらいに着いたと予想される。僕らはその数分を待つため、気まずい空気の中に閉じ込められていた。そんな中、義直君が突然訊いてきた。
「もう俺と美由さんが付き合ってたってこと、聞いたのか?」
まともに話す彼の口調は、この前会ったときよりもきつくなっていた。
「……いや、美由さんはまだ何も言わないけれど。ただ……、」
僕はここまで話して迷った。知美さんから聞いたということを言うべきか、言わざるべきか。これから義直君はその知美さんと会うのだ。……いや、会わせるといった方が適切かもしれない。ともかく、そのためには彼女の気品を下げるようなことは避けるべきだろう。
「……なんだ?」
「ただ……、ちょっとね。風の噂ってやつで」
「風? まあ知ってるならどうでもいいけどよ。それよりあれからどうなったんだ?」
「どうって……。別にどうにもなってないよ。今まで通り。たしかに美由さんには結局話してしまったけど……」
「それは俺も知ってる。それからどうなったんだよ?」
「別に心配してもらわなくてもまあ仲良くやってるよ」
「……。俺は別に創英の心配なんかしているわけじゃないからな」
「そんなこと、言われなくても分かってる。でも、美由さんの心配ばかりでは……」
寧ろ自分の心配を……、いや知美さんの、なのだろうか。
「他に何の心配をしろって言うんだよ?」
「今は言えない」
「言えないってどう言うことだよ?」
「まあ、美由さんが来るまで待ってよ。そうすれば分かるから」
「……」
それから数分後。僕らは待ちくたびれて、少しぴりぴりしていた。そんな折、前方──社の方から歩いてくる人影を見つけた。目を凝らしてよく見ると、どうやら美由さんらしい。僕はベンチに彼を残し、彼女の方へと駆けた。
どうやら待ち合わせの場所は、僕らのいた西側の広場ではなく、東側の広場だったらしい。そして僕は義直君を呼ぶために西側の広場へ、美由さんは知美さんを呼ぶために東側の広場と戻った。
「ごめんね、義直君。理由が言えなかったって言うのは、こういうことだったから……」
「こういうことって? ……それより、この人は?」
どうやら義直君は知美さんのことを覚えていないらしい。全く、今から告白ってときにそんな質問はないと思う。
「知美……だけど」
「えっ、ホントに?」
「うん。あのときは眼鏡掛けていたけど。今はコンタクトだったよね?」
「えっ、う、うん」
なんだ、そうだったのか。それなら分からないのも無理ないかもしれない。
「そうなんだ。久しぶり」
「うん……」
「それで、結局何の用だったんだ?」
「知美に聞いてよ。私たちはただの案内役だから。それより創英君。しばらく二人の邪魔にならないようにその辺りを歩かない?」
要するに、二人っきりにするってことか。こういう場では部外者は立ち去るのみ。
「いいよ」
それから僕らは神社を出て町へ繰り出した。
町中を歩いている最中に、夜中にまたあの神社に行かないかと美由さんから誘いがあった。なんでも、蛍がたくさんいて綺麗なんだそうだ。夕飯を食べ終わった後、あの神社に集合という約束ができた。
その日の九時過ぎ、あの神社で。美由さんと二人きりの世界で。僕らは東側の広場のベンチに座り、求愛のダンスを踊る蛍たちを眺めていた。彼らは少ない一生の中で、こうして懸命に頑張っている。その一生が短いが故に、こうして懸命に相手を探さなければならない。果たして、こうしている自分はどうなんだろうな、って……。
そう言えば、義直君が捨て忘れていた缶がベンチの下へと移動していた。誰かが邪魔だと思って、動かしたのだろう。帰り際に少し離れたゴミ箱に捨てておいた。

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