その30 突然の電話と妙な誘い ─ 義直

俺は、想っていたのは自分だけだったと思っている。それは告白したときにだ。あの時の美由さんの態度と言ったら、素っ気なくて。確かにOKはしてもらったわけだけど、誰とも付き合ってないからって感じだった。それから一年以上付き合って、段々仲が深まりあったんだなとそう思う。最初は単なる片想いで、順々に両想いになっていったというのだろうか。少なくとも、俺はそう感じていた。でも、果たして本当にそうなのだろうか?
「もしもし、須木流ですが」
「義直君? 私だけど。ちょっと時間いい?」
相手は美由さん。あれから、三回目の電話。
「いいけど……。それより突然電話だなんて──」
「ねぇ、次の土曜日か日曜日、空いてる?」
美由さんは、俺の発言を無視して唐突に言う。
「えっ、両方とも暇だけど」
「じゃあ土曜日の二時くらいに創英君のところへ行ってくれない? 家は知ってる?」
美由さんのところじゃなくて、創英のところ?ならなんでそれを美由さんが電話してきたのだろうか。別に創英が俺に直接電話すればいいのに。それに“行ってくれない?”だなんて言うけど、理由がはっきりしていないし。
「ああ……。だけどなんで創英のところに行く必要があるんだ?」
「ごめんね、理由はわけありで言えないんだ。まあ、行けば分かるだろうから」
わけありって……。
「……理由はともかく、創英のところに行けばいいんだよな?」
「うん……」
「分かった。まあ、事情があるなら仕方ないよな……。それより、訊きたいことがあるんだけど……」
気になることは、こういうときにぶつけてみるが易しだ。
「訊きたいことって?」
「……今更、こんな話持ち出すのもどうかとは思うんだけどよ。中二のとき、俺から告白しただろ?」
「うん」
「あれって……もし、俺が告白せずにそのままだったら、どうなってたんだ?」
「どうって……別にどうもならなかったと思うけど……」
「じゃあもし俺があのとき何も言わなかったら、ただのクラスメイトで終わっていたってこと?」
「……多分」
「そう……」
結局、想っていたのは俺だけか。
「なら、あのときは単なる片想いだったってことか……。美由さんは別に誰かが好きだってわけじゃなかったからOKしたんだろ?」
「はぁ……。今更、そんなこと知りたいの?」
「いや、なんか気になって……」
「あのときは、別に好きな人がいなかったってわけじゃないよ。ちゃんといたよ、好きな人くらい……」
「えっ、じゃあなんで俺が告白したときにOKなんか?」
「義直君も鈍いね、ホント」
「……えっ、もしかして俺?」
「じゃなきゃ、OKなんてしないよ。好きでもない人と一緒にいても楽しくも何ともないでしょ」
「そりゃそうだけど……」
「でしょ? ……まあ、人によって色々あると思うけど、少なくとも私はそうだよ? 好きでもない人とは付き合わないって。義直君はどうなの? その辺」
「俺? 俺は……今は別に恋したいと思ってないし、付き合いたいとも思ってないから、よくわからないけど……」
「はぁ……」
今日、二度目の溜息。何故吐かれたのだろう。
「いいの? そんなんで。もっとそういうことに意欲持ってもいいじゃない」
「そう言われてもな……。今は気になる人なんていないし、まだ尾を引いているような気もするし」
「何言ってるの、義直君。君にかかってるんだから、もっとしっかりしてよ」
「俺にかかってるって何が?」
「えっ、私そんなこと言った?」
「うん」
「そう? まあ、そんなに深く気にしなくていいよ」
一体何なんだ。
「それより話変わるんだけど、知美って覚えてる?」
「知美……?」
どこかで聞いたことのある名前なんだけれども、思い出せない。
「美倉 知美だよ。ほら、同じクラスにいたじゃない」
「ああ……。たしかにいたな。彼女がどうかしたのか?」
「え、いや覚えてるならそれでいいよ」
「どういうことだ?」
「別に……。覚えてるかどうか訊きたかっただけだし」
「何それ……。そんなこと訊いてどうするんだよ?」
「いや……どうするって訊かれてもな……」
俺にはなんだかよく分からない。
「ともかく、覚えていてくれてよかったよ」
何がいいんだか……。
仮定を幾つか挙げてみる。
──もし、あの日に俺が美由さんに告白しなかったら。
実は俺が告白した時点で、彼女も俺のことが好きだったらしい。でも、彼女自身から告白することなんてなかったみたいだ。つまり、俺と美由さんは単なるクラスメイトとして終わっていた。両想いなのに、それを知らずに二人は離れ離れになる。この先は、一体どうなってしまうのか俺には想像できない。同窓会というものは今までなかったけれど。
──もし、中学校の卒業式の前日に別れることを拒んでいたとしたら。
彼女の空想した高校は存在していなかったので、以前の関係はそのまま保たれていたということになる。彼女のことを自慢げに話さない創英に逢っていたのかもしれない。それから、創英が事故に遭ってもその事実を知るのは夏休みが明けてからだと言うことになる。
──もし、絶縁関係になっていなかったら。
苦痛の卒業式も過ぎ、高校生活に入ってからしばらくして、家に一本の電話が入る。やりなおしという言葉と共に、美由さんの声が聞ける。また以前と同じように付き合っていける。あとは上と同じようになるのだろうか。
──もし、美由さんが創英に告白しなかったら。
どちらから告白したかは知らないので、とりあえずこうしておくことにする。告白していなかったら、俺と創英はただの友達で終わっていた。事故に遭って、それを知ったのも夏休み明けということだ。何か縁があれば、美由さんとは同窓会ででも昔話で盛りあがったかもしれない。
──もし、俺と創英が友達になっていなかったら。
まず、同窓会を除けば二度と美由さんに会うことはなかったはずだ。そうなると、今更こんなことを思い出さなくても済んだはずだ。それに、創英に対して嫉妬心なども抱く必要がなかったということになる。それこそ、美由さんは過去の存在になるはずだった……。
──もし、創英が事故に遭っていなかったら。
俺と彼はいつも通りの生活を送っていた。俺は勉強しながら、サークル活動なんかもやっていて、それなりにキャンパス生活を満喫していたはずだ。彼も勉強しながら、美由さんとあっちこっちデートに行っていたに違いない。それから、また夏休み明けにたんまりと土産話が聞けるのだ。ああ、知らないということはなんて幸せなんだろう。
──何がこうしてしまったのだろうか。
俺はできれば、今更美由さんとは会いたくなかった。もう忘れてしまったつもりだった。過去の存在、確かにそうなるはずだった。初恋の相手として、いつまでもそうあり続けたに違いない。いつまでも中学生のままのイメージの彼女しか浮かばなかっただろう。同窓会があるごとに彼女に対するイメージは一新される。その度に、過去に想いを馳せていただろう。
今の彼女ではなくて、遠き昔の彼女に対して。
美由さんが言っていた“美倉 知美”という人物について、主観的なイメージで少しだけ話しておこうと思う。でも俺は一体、何故彼女について語っているのだろうか。まあいい、始めてしまったものは最後まで行くのが筋だろう。
彼女とは中学二年生と三年生に同じクラスだった。彼女は銀縁の眼鏡をかけていて、俺からするとひどく恥かしがり屋だと映った。二年生のとき彼女と同じ班で──美由さんも同じ班だったのだが──、よく同じ掃除場所で一緒に掃除していたのを覚えている。彼女とは別段仲がよかったわけではない。単なる同じ班のメンバーだった。彼女は女子とはよく喋っていた。でも俺自身はあまり喋った覚えがない。勿論、中学なんて時期だからある程度男女が関わりを持って話すことが少ないのは分かる。でも班としての活動でもあまり話した覚えがない。
俺はそのとき美由さんに見栄を張るために班長をやっていた。それは告白する前の一学期も、告白した後の二学期も同じだ。だから班のまとめ役として、班員の意見を聞いていた。俺が周囲を軽く見回した際に、偶然彼女と目が合うと彼女は顔を伏せてしまう。理由は分からない(後になって思えば美由さんの本当の気持ちさえも、付き合っていながら気付けなかったほどの鈍感な俺に、そんなことが分かるはずもない)。
ともかく俺と彼女が視線を交わすことはなかったといっても過言ではない。ただの同じ班のメンバーだったというだけで、それ以外の何でもなかったと思える。
あとあと知ることになる事実は、そんな俺の過去のイメージを色んな意味で逆転させた。

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