その28 全快─頼まれ事 ─ 美由

好きだといえる理由。それは一体なんだろうか。私が彼──もちろん以前のだ──を好きな理由。それこそ、加恵が言うように“好きだから好きだ”としか言えない。それに何かしらの根本的な理由があるとするならば、以前の創英君から今の創英君に変わってしまったときに、すぐに好きだなどと言えるはずがない。私は、“中身が変わっても創英君は創英君だ”ということで、あのときは好きだと言った。でもよくよく考えてみれば今の創英君は別人格なので、以前の創英君とは違う別の人格に告白したことになる。つまり私の言動が正しいなら、私は二つの人格に対して好意を抱いているということになるわけだ。たしかに外見は同じ創英君だけども、中身は全然違う。人格を一人の人としてとらえるならば、私は二人の人に告白したということになる。果たしてそんなことでいいのだろうか……。
以前の創英君と今の創英君のどちらが好きかという問いがあるのならば、私は迷わず以前の創英君だと言う。元々私が好きになったのは彼だからだ。
じゃあ今の創英君はどうなのかと言うと……。嫌いでもないが、好きでもないというべきだろうか。今の彼は創英君であって創英君でないのだ。ただ容姿は創英君で、名前も創英君、住所も(以下略)。でも人格は、以前とは違う創英君だ。私が元々好きになった創英君とは違う。
私が好きになった創英君は、男友達と騒いでいるように見えて何処か妙な寂しさを感じる彼であり、何物にも勇敢に立ち向かっていくように見えて実はかなりの奥手である彼だ。今の創英君は、なんとか以前の自分に近付こうと懸命で、私を好きになろうとしている彼だ。別に寂しさなんて感じないし、奥手だとも感じない。今の彼にはそれなりに寄せる思いはあるけれど、それは期待であって好意でないかもしれない。
電話を終わり、自室へ戻ろうと思ったそのとき、電話は再び音を立てて鳴り出した。
「もしもし、杉並ですが」
「美由さん? 今日行っていい?」
「今日……って、えっ、もしかして今から?」
「うん」
「なんでまた急に?」
「いや……なんとなく、逢いたいなって」
「でも今日は友達来るから……」
友達というのは、知美のことだ。私の中学生のときの同級生で、偶然にも同じ大学に入った。でも大学に行ってからは彼女が家に来るのは初めてじゃないだろうか。
「僕の知らない人?」
「うん。中学時代の同級生」
「僕は別にいいよ?」
「いや、そういう問題でなくて……」
ではどういう問題なのかというと、彼女は私とは普通に話すのに男の人とだとすっかりあがってしまうということだ。つまり、創英君が家に来たところで、三人で仲良く和気藹々とできるはずがないと言いたいわけで。まあ、そんなことを創英君に説明すると彼は、
「別に僕は逢いたいだけだし、静かにしてればいいでしょ?」
なんて言う。
はぁ……。
彼女が家へ来る理由は一つ。突然義直君と会いたいというからだ。まあ、私はなんとも言わないけど。
「でも……ねぇ」
「別にいたって気にしなくていいから、二人で話しててよ。僕はそれからでいいから」
まあ、ここは妥協するしかないか……。
「彼が……創英君。で、こっちは知美ね」
「どうも」
「こ、こちらこそ……」
やっぱり、思った通りだ。
「まあ、創英君は適当に漫画でも読んでて……」
「……?」
とりあえず、創英君は置いておく。しばらく放置だ。互いに初見同士の二人を、同時に相手なんて器用なことできない。
「で、どうしたの? 突然義直君に会いたいだなんて」
「どうしたって訊かれても……。何となく……逢いたくなって……」
「本当に? 何となくだなんて……。会って何話すつもり?」
「何って訊かれても……。何気ないこととか、あれからどうしてただとか?」
「訊かれても困るんだけど。別にそういうことなら同窓会でもよくない?」
「……」
それから知美は黙りこくって、下を向いてしまった。まあ、男の人の話題だなんて知美にしては珍しいよな……。
「……。別にいいでしょ? 私と知美の仲なんだし」
「そう言われても……」
そう言って、彼女は創英君を見る。
「別に創英君のことなんて、気にしなくていいって」
創英君は漫画に夢中で聞こえていないみたい。
「そう言われても……」
「どうせ漫画に夢中だろうから……。ね?」
すると彼女は小声で呟いた。
「うん……。実は中学生のときから……ずっと彼のことが好きだったの」
えっ……知美が義直君のことを好きだった?
「嘘でしょ? そんな、あのとき義直君は私と──」
「嘘なんかじゃないよ! そんなこと私が嘘で言えるわけないでしょ!」
創英君が吃驚してこっちを見る。
「そりゃそうだけど……、でも……」
で、また漫画に戻る。
「あのときは、だから言い出せなかっただけ……」
じゃあ私が知美に義直君の話をしていたっていうのは、どうなるんだろう。
知美は義直君が好きだった。私は彼と付き合っていた。私は知美に彼のことを色々と話した。じゃあ……。
「ごめん。そうだとは知らずに……」
「別にいいから、そんな過去のこと謝られても困るよ」
「うん……それで……、えっ、じゃあもしかして義直君に会うっていうのは……」
「うん……思ってる通りだよ」
いずれ告白ってやつですか。
「だから……、逢わせてくれない? なんだか、今しかないような気がして……」
「いいけど。そうだね……、何処で会うとか決めてる?」
「えっ……」
「もしかして考えてなかったりとか……」
「うん……」
ここまで、勢いだったみたいだ。
「そう。それならいい場所があるんだけど」
「いい場所って?」
「神社なんだけどね、夜に蛍が綺麗なところ」
以前、加恵に教えてもらった場所だ。
「蛍……?」
「うん。ちょうど夏だし、いっぱいいると思うよ」
「じゃ、じゃあそこでお願いします……」
「了解。それなら、創英君に協力してもらわない?」
「えっ……なんで?」
「なんでって、私が義直君を神社まで連れてくるわけには行かないでしょ。別に知美がいいって言うならそれでもいいけど、どうせなら私じゃないほうがいいじゃない」
まあ義直君だって、完全に気が抜けたわけじゃないだろうし──今更謝ってたくらいだから──、創英君のほうが無難だと思う。まあある意味それも似たり寄ったりかも知れないけど、私よりかはましだろう。
「そう、だね」
「だからあとで創英君には説明しておくから」
「……いや、私のことだし私に説明させて」
「いいけど……」
「じゃあ……。あの……創英さん」
創英さんって……。

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