その27 お願い ─ 知美

会おうと思うなら、今しかない。告白するなら、今しかない。
中学校の卒業式から、早四年。もうそんなに経っているのに何故私は諦めきれないのだろうか。その四年の間に、自分にとって運命の人がいなかったからだろうか。寧ろ、彼こそが運命の人だったのかもしれない。でも……、彼にとってあの時点での運命の人は美由ちゃんだったのだ。決して、私などではなかった。今の彼は、私の存在すら覚えていないかもしれない。今、彼と会おうと思うなら頼めるのは美由ちゃんだけだ。先日から美由ちゃんは彼と関わっている。元々別れたときに連絡しない約束だったのに、創英君の事故によってそういう風になってしまったわけだ。だから美由ちゃんと彼との関わりは再開することになった。美由ちゃんが言うには、彼は創英君と大学が同じらしい。だから美由ちゃんは彼に電話をしたのだ。でも彼にしてみれば、昔の彼女の今の彼氏が自分の友達だったなんて……。それでは世はあまりにも非情だと思う……。

私が美由ちゃんの話を聞いて受ける創英君の印象は、いいようにしか映らない。同様に、義直君もいいようにしか映らなかった。
創英君はクールだ。彼女はそう言った。どちらかというと無口で、格好つけているというより格好いいらしい。私は彼を直接見たことはない。でも話を聞いている限り、彼の性格はクールっぽかった。あまり話さないし、自分からはデートに誘わないし、デートは断らないし、注文をつけても快く引き受けてくれる。彼女が話す限りそういう風に映った。
義直君は優しい。彼女はそう言った。よく色々と話してくれるし、言いたいことは言いあえるし、それでいて気遣いもよくしてくれるらしい。しかもリーダー的で、色んなことをまとめてくれる。例えば迷子になったとしたら、その先頭に立ってみんなを案内してくれそうだなんて言っていた。
もし創英君が私の彼氏だったとしたら──あくまで仮定だ──、その相手は務まらないと思う。私からデートに誘おうなんてとんでもないし、無口な彼を相手に一人で話すなんてできない。
一方、義直君ならそれとは正反対だ。先立って、引っ張っていってくれそうな気がする。何も彼に頼りきるわけにはいかないけれども……。

あれから一週間。私は、満を持して美由ちゃんに電話を掛けた……はずだった。
「もしもし、美倉ですが……」
「知美?」
なんだかいつもと声が違う気がするけど。
「うん……」
「どうしたの?」
「え、いや……様子が気になって」
率直に、彼に会いたいだなんて言えるわけが……。
「様子って言われてもね……。ちょっと風邪ひいたってくらいで、他には何も……」
「風邪? 大丈夫?」
「うん。ちょっと鼻声だけどね……」
ああ、そのせいか。
「他は別に……何もなかったけど……、それだけ?」
「えっ、いや……」
切り出すには、相手が美由ちゃんでも少しだけ勇気が必要だった。
「じゃあ……、何?」
「……。あのさ……この間、義直君から電話があったんでしょ?」
当たり障りのない、事実の確認。
「うん、そうだけど……。それがどうかしたの?」
「いや……、その……」
だけど、これでは何も意味がない。
「ん、何……?」
「えっと……」
「まあ、別に時間はあるし、ゆっくりでいいからさ」
そんな風に気を遣わせてしまっていては、いけないなって。
「うん……。あのね、美由ちゃんは中学校のとき、義直君と付き合ってたでしょ?」
「うん」
「でも卒業式の前に別れたんだよね?」
「そうだけど……。その義直君がどうかしたの?」
「今、彼と連絡取れるよね?」
「うん。できないこともないけど……」
「……、じゃあ……、会わせてくれない?」
「えっ、義直君に?」
「そう」
「別にいいけど……。どうしてまた急に義直君に会いたいなんて?」
「えっ、それは……」
「まあいいよ。それより、電話で話すのもなんだし今からうちに来ない?」
「えっ、でも風邪引いてるって……」
「別にいいって。くしゃみも咳きも出てないしさ」
「そう?」
「うん」
「じゃあ行こうかな……」
「うん。じゃ、待ってるから」
「うん」

ここに来たのは何年振りだろうか。久しく来ていないので、バスから見えた町の風景も変わってしまった気がした。大学に入ってから電話はよくしているけど、わざわざここまで来ることはなかったし。
私は、家のチャイムを押した。するとそれから音がして、家の扉が開いた。
「ようこそ」
美由ちゃんがそう言う。ふと目を落とすと、玄関には男ものの靴があった。

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