その24 連日のツケ ─ 美由

創英君が好きだと言う相手は、加恵以外に誰もいないだろう。彼が病院にいるときに、私が連絡した人の中で対象と成り得るのは加恵しかいないし、義直君は他の誰にも連絡していないだろう。ましてや女性になど、不安定な私と彼の関係に付け入れさせるようなことはしていないと思う。加恵と信彦も同じように、していないはずだ。すると相手は加恵しかいない。でもたとえ創英君が加恵に告白なんてしようとも、加恵には信彦がいるから、創英君の気持ちは行き場がない。でも、私がその拠り所にされるのはご免だ。私が創英君のことを好きだからでなく、創英君が私のことを好きだから、好きになって欲しい。そう思うのは欲張りだろうか。
今日は朝から何だか調子が悪かった。妙に立ち眩みがするし、熱っぽいようだし、食べるものも大した量でないのにあまり入らなかった。
一体どうしたというのだろうか。そう思い、私は単身病院へと出向いてみた。
するとどうやら夏風邪らしい。風邪だなんて、不摂生していたわけでもないのに、どうしたというのだろうか。理由はともかく安静にしているようにとのことなので、仕方なしに家へ帰って寝ていた。
その日の夕方、五時くらいに家の電話が鳴った。母が帰ってくるにはもう少し時間がある。だから家には私以外誰もいなかった。仕方がないのでベッドから出て電話をとる。
「はい、もしもし。杉並ですが」
「美由さん? 僕だけど」
「創英君? どうしたの?」
「いや……その、一昨日はごめん……」
「まだ気にしてたの? いいんだって、別に」
いや、本当はよくなんてないのに。
「あれから考え直してみたんだ。本当は言うべきじゃなかったんだよね……」
「いや、だからもういいって」
だから全然よくなんかない。ただ、電話越しなのにそれでも言えないだけ。まだ気にしているんだって、そんなこと言えるはずがない。
「……あのさ、その一昨日のことなんだけど、実は美由さんに言う前に加恵さんに見破られたんだ」
「えっ……」
確かに加恵は察しがいいけれど、それじゃ……。
「だから加恵さんも知ってるんだよ。このこと」
私も創英君に言われたとき、加恵にどんな顔して会っていいのか分からなかったけど、加恵も同じってこと……?
「加恵さんは“私のことなんて早く忘れて”って言ってたけど……」
「そう……」
「それに今日も本屋で加恵さんに会って……」
一体創英君は何をやってるんだろう……。
「“電話かけてあげて”って言うからこうして電話してるんだけど……」
普通、そういうことは私に話すことでないと思う。記憶喪失になって、創英君はそういう面に対して疎くなってしまったのだろうか。
「そう……。じゃあ結局加恵に言われて電話してるの?」
「それもあるけど、今日は音沙汰なかったし心配だったから……」
確かに今日は朝から病院行ってあとは寝てたから、何も連絡してなかったっけ。
「ありがと。今日はなんだか調子悪くて病院行ってたから、何も連絡できてなくて」
「病院? それでどうだったの?」
「夏風邪だって。何も風邪引くようなことなんてしてないのに」
「そう……」
「安静にしてろってことだから、しばらく家から出られそうにないよ」
これでしばらく創英君とも会えないのか……。
「……それなら、僕から行こうか?」
「えっ……」
まさか、そんな言葉が創英君の口から出るなんて思ってもいなかった。
「だから、お見舞いに。別にいいでしょ?」
驚いたつもりなのに、聞き取れなかったものと勘違いしているらしい。まあ来てくれるっていうなら嬉しいけど。
「いいけど……、家がどこにあるか知らないでしょ?」
「ああ、そうか……」
でもせっかく来たいって言ってくれているのに、家を知らないからって理由で来ないって言うのも、創英君の厚意が勿体ない。仕方ない、申し訳ないけど誰か知ってる人に案内してもらうしかない。でも家の場所を知っているのは義直か加恵くらいしかいない。私は義直に頼むのは構わないけども、彼は創英君に私の家の場所を教えるなんてことは引き受けてくれないだろう。
そうなると加恵か……。
「ね、加恵に連絡入れておくから一緒に来てもらえない?」
たしかに加恵に教えてもらうっていうのも気が引けるし、私も会うのは気まずいけれど、ここは仕方ない。それに、今のうちに会っておかないとあとあと余計に会いにくくなりそうだし。
「えっ、加恵さん?」
「うん」
「別に案内してもらわなくても、直接教えてもらえればそれでいいって」
「いや、家までは城下町で入り組んでるし、誰かに案内してもらった方が楽だからね。それで、いつ頃がいい?」
「明日の午後なら……」
「そう。それなら一時くらいに創英君の街の駅前で待ってて」
「うん、わかった」
「それじゃ」
私を見舞うから家へ来るって話だったのに、なんだか違う話をしてるような感じだったな……。

「もしもし。杉並ですが、徳村さんのお宅でしょうか?」
「はい、そうですが」
「加恵さんいらっしゃいますか?」
「はい。しばらくお待ち下さい。──加恵 、杉並さんから電話よ」
「──は〜い」
それからしばらくして。
「もしもし、美由?」
「うん」
「……それで、何の用?」
加恵も気まずいんだろうか。
「いや……、お願いしたいことがあるんだけど。明日の午後って空いてる?」
「うん、そりゃまあ一応……」
「じゃあ明日の午後一時、この間創英君に会ったっていう本屋のところの駅からうちまで創英君を連れて来てくれない?」
「連れてくるって……?」
「創英君、家の場所知らないから、一緒に来て欲しいの」
「いいの? 私が行って。だって創英は──」
美由じゃなくて、私のことが云々と言いたいのだろうが、そこはあえて断ち切る。
「いいのいいの。そんなこと、気にしてるなら電話なんて掛けないよ」
「そりゃそうだけど……」
「ね、別に構わないでしょ?」
「まあそういうなら……」
「じゃあお願い。ああ、それとありがとね」
「何が?」
「色々と」
「色々って……?」
そう訊く加恵に敢えて答えずに、
「あと、今日は、別にこの間のことを気にして、創英君に電話をかけなかったわけじゃないよ。ただ、ちょっと風邪をこじらせて病院行ってたから電話できなかっただけで……」
確かに創英君はそんなことは言ってなかったけど、加恵が電話しろって言うくらいだからそう思っているに違いない。
「風邪? 寝てなくて大丈夫?」
「安静にしてろってお医者さん言ってたけど、今は家に誰もいないから私が電話に出るしかなかったの。まあ、咳きやくしゃみが出るってわけでもないから、そんなにひどいこともないんだけどね。それで電話に出たら相手が創英君だったってわけ。で、そのあとにこうして加恵に頼むために電話してるってこと。」
「……そう? でもやっぱり寝てなきゃ駄目だよ」
「うん……。電話してたら創英君がいきなり見舞いに行きたいっていうから……」
「それで私に頼んでるってことか」
「そういうこと」
「へぇ。よかったじゃない」
「ちょっと吃驚したけどね」
「そりゃ、創英がそんなこと言いそうにないもの」
「今も昔もね」
「それにしても昔の創英ってクールでかっこよかったよね」
そう聞いて、事故以前の創英君を顧みる。
「うん。無口だしね」
「そう? よく喋ってたと思うんだけどな」
そりゃまあ、加恵が話した分、創英君が返してたから。私となんかはお互い緊張して、そうも話さなかった。
「まああれからそんなに経ってないのに、なんだか懐かしいな」
「うん。今の創英君には面影ないもの……」
「私、美由に呼ばれて会ったときは吃驚したよ」
「まあ、それも無理ないよ……」
今頃、世界のどこかでくしゃみをしている人がいるだろうと思う。
「それより、そっちはどう?」
「まあなんとか落ちついたよ」
「落ちついたっていうと……?」
「いや、付き合ってるのかどうかって話」
「へぇ」
「とりあえず、客観的には付き合ってるってことで」
「何それ……」
客観的な付き合いってどういうことだろう。
「まあ、あまり深く考えないで。こっちの話だから。一応付き合ってるものだってことでいいよ」
「そんなのはずっと昔からそうだよ。何も今そう言われたからそうなんだと思うことでもないし」
「それはそうなんだけどね」
と、加恵は苦笑いして言う。
「まあ、ともかく。分かりやすく言うと、もう誰にも邪魔はさせないってことだよ」
何それ……。つまり、ただの惚気話だったってことか……?

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