その16 可能性の立証 ─ 加恵

まさかと思ったことはどうやら事実らしい。確かに確認はしていない。でも私の長年の勘(?)からすると、外れてはいないと思う。私自身は恋愛がそれほど上手くはないけれども、他人の幇助とそれに関する勘は何かと上手いのだ。まあ、自分で言うのもなんだけれども。
でも、もしその勘が当たっているのなら、私は美由と一緒にいるのが辛い。今まで、彼女に電話をかけるとその会話の中に創英は幾度となく出てきた。元々その関係の発端は私にあるので、彼女はそれを経過報告みたいな感じで楽しそうに話す。私としてもそれは嬉しいし、気になることでもあった。でも、もしそれが事実ならば私は……。
ガラガラガラ……
病室のドアをいつもと同じように開ける。その部屋は203号室。しかし部屋には誰もいなかった。仕方がないので、私はベッドの近くにある回転椅子に座り、創英の帰りを待つことにした。
それから一分も経たないうちに創英は戻ってきた。どうやら美由は来ていないらしい。
「よっ」
「どうも」
「今日は美由来てないの?」
「いや、用があるからって今帰ったところなんだけど」
そう言いながら創英はベッドに腰掛ける。
「じゃあ見送り?」
「うん、そうだけど」
訂正、どうやら美由は早めに帰ったらしい。
「それでね、今日は訊きたいことがあって来たんだけど……」
「訊きたいことって?」
「う〜ん、こんなこと訊くのもどうかと思うんだけどさ……」
「うん」
「もしかして、今美由以外の人が好きなんじゃない?」
「……僕が?」
「うん」
「……そう言われればそうなんだけど」
やはり、記憶がないのに突然彼女だなんて言われても素直に受けとめて愛をもって接することのできる人はこの世に数多くといないらしい。それはこの世に生まれてくる前から相手が決まっている許婚のような感覚で、それも幼少時代という時をとばされてしまったかのようになるのだから無理もないだろうと思う。
「やっぱり……。それで、その相手って私でしょ?」
創英が分かり易いことは、高校のときと何も変わってはいない。それは創英の本質であって、例え記憶喪失になろうが変わりそうにないと思う。
「……、うん」
少し間をおいて、彼はそう言った。とりあえず私はその考えが自惚れでないことに軽く安堵する。
「その気持ちは嬉しいけれども、私には信彦がいるし創英には美由がいるでしょ?」
「それは分かってるよ。ただ、自分の気持ちが上手く美由さんを向かないだけ」
今、この状態で彼の気持ちは私を向いている。昔からそうやって思って告白してきたりする人が多かったけれど、どうしてこんな私がそこまで魅力的に見えるのだろうか。
「でも……こんなこと言うのもなんだけど、今はどうにか美由さんに向けようと努力してるから」
それは要するに今の創英が私を好きでないようにしているということ。それもなんだか寂しいような気もするが、何を言おうとそれは美由のためである。あの楽しそうに話す美由のことを思うと、そんな寂しさなどわけもないはずだ。だいたいきっかけを作った私が美由から創英をとったりするなど、言語道断だろう。
「うん。そうしてもらわないと私の立場も美由の想いも居場所を失うからね」
「とりあえず今は空白の時間を埋めるよりも、なくなった愛情を取り戻す方が先だと思ってるよ」
彼も彼なりに苦労している。彼が記憶を取り戻したこの世の中は彼の想いとは裏腹だったのだから。
たしかに記憶を取り戻すことによって自然に愛も戻ってくるかもしれない。でもそれには相当の時間を費やすだろう。それに愛の向きを変えるにも相当の時間が必要だろう。しかし、今彼自身が自分の努力によってできるのは後者だと思う。記憶を取り戻すことなんて、自分だけで行うには負担が多すぎるから。
「私もそう思うよ。美由のためにもね」
「うん……。美由さん、僕の目が覚めてから毎日ここへ来るんだよ」
「毎日ってあれから一日も休まずに?」
「うん」
美由がここへ毎日来てる……か。
「美由さんの想いは彼女が何も言わなくても、痛いほど伝わって来るよ。だから、加恵さんが好きでいる僕も辛いんだ。逆に変なプレッシャーなんか感じてしまって。それに彼女は朝早くから夜遅くまでここにいて、毎日電車に揺られてバスに揺られて、ときには歩いて駅まで行ったりしているみたいだから僕も心配で。それが彼女に金銭面でも体力面でも相当な負担をかけているだろうから。だから昨日、どうせ退院は明後日なんだし、残りの二日ゆっくりしてって言ったんだけど、なんだか逆に僕を疑っているみたいだし」
「そう……。美由も創英のために一生懸命なんだよ。だから創英も早いところ私のことなんて忘れて、美由を安心させてあげないと」
「うん。でも、ああして彼女に負担かけるのは僕としても辛いんだけど……」
「交通費はともかく、他のことは美由のやりたいようにやらせてあげればいいから。創英君はそれを拒まなくても、彼女がそうしているときに安心させてあげればいいんだって」
「うん……」
「まあどうあれ、できれば今日の私との会話のことは話さない方がいいと思うよ」
「うん。僕もそう思うよ」
またともかく、私の勘もまだまだ捨てたものではないということか。それにしても、この状態はどうしたものかな……。

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