その15 異様な感じ ─ 美由

なんだか色んなことがあったけれども、創英君が目を覚ましてからまだ十二日しか経っていない。その間、私は創英君に今までのことを色々と話してきたのだけれども、最近は何だか様子がおかしい。私をやたら病院から遠ざけようとするし──それは単純に気遣ってくれているだけかもしれないけれど──、それに……。
「どうも」
あと三日で創英君が退院できるらしいこの日に、加恵が久しぶりにやってきた。
「ってなんだ。美由も来てたんだ……」
しかし来るのは勝手だが、“なんだ”なんてひどいものだ。
「なんだはないでしょ。ひどいなぁ、もう」
「ゴメンゴメン。また悪いね、二人の邪魔してさ」
「いいって。気にしないで」
これは私と創英君が一緒にいる状態で、加恵に会ったときの決まり文句のようなものだ。
「そう? じゃあまた来させてもらうね」
これも含めて。
「それより創英、調子はどう?」
たしか、最初に加恵がこの病室を訪れたときもそんなことを言っていたような気がする。
「えっ、ま、まあまあってところ……かな?」
「それはよかった」
……なんだか創英君の様子がおかしい。何を加恵相手に緊張するようなことがあるのだろうか。
「それでどう? 信彦と上手くやってる?」
何食わぬ顔をして平然を装い、私は加恵に近況を尋ねてみる。
「う、うん。もちろん」
なんだか加恵の様子もおかしい。どうやら横目で創英君のことを気にしているような気がする。一方、創英君はなんだか落ちつかない雰囲気だ。
「信彦とは家近かったよね」
「うん。歩いて五分もかからないところだけど」
「じゃあずっとあんな関係?」
「それは結局、信彦が私と一緒にいるだけなんだけどね。何も私が信彦と一緒にいるわけじゃないよ」
そんなこと、信彦が聞いたら黙ってはいないだろう。どうやら、あのサイクリングにしても加恵が誘ったみたいだし。ではもしや、これは建て前ってやつなのだろうか。
「まあ信彦は信彦で何かと私を頼ってくるけど、私だってそれは同じだし。お互いが必要としてることには変わりないよ」
「……」
何故かしら創英君は調子を答えてから沈黙を保ったままだ。
「へぇ。じゃあ小学校以前からずっと?」
「多分そうだと思うんだけど。元々一緒にいるのが普通だったから、あんまり考えたことないけどね」
「へぇ」
「だから今までは恋愛において、そんなに苦労することなんてなかったんだけどね……」
それって嫌味なんじゃないだろうか。まあ加恵に限ってそんなつもりはないだろうけど、今の状況を思えばそういう風にも思えた。
「まあ男子を恋愛対象としてみることなんてなかったから。何も選ぶ必要も判断する必要もなくて、最初から一緒にいることが当然だったからね」
そうなると、万一信彦が欠けてしまったときには加恵は大変なことになるんだろうな。高一のときの私よりももっとひどいような感じに。なんだか加恵にはそういうのは似つかわしくないけれど。
「恋とかそういうのではなくて。一緒にいたいって言うのかな……。そんな感じだよ」
どちらにしろ、切ない感情があることには変わりない。それこそ紙一重の関係だと思う。
「へぇ。そうなんだ……」
私には恋することと一緒にいたいと思うことは、似たり寄ったりだと思うのだけれども。でも加恵がああして力説する上では、どうやら少し違うものらしい。私にはよく分からないが。
「別に信彦とだったら、付き合うだとかそういう関係にならなくても一緒にいれるから、あえて付き合おうとは思わないよ」
はいはい、だから元々からずっと付き合っているようなものだってことでしょ? 私は人の手を借りたとは言えど、加恵とは違って創英君とは前途多難なんだから。とてもじゃないけど、加恵みたいに付き合わずにお互いの気持ちが通じることなんてできない。今だって創英君、なんだか様子がおかしいし。
「そう……。じゃあ加恵さんは信彦君とは付き合ってはいないけれど、両想いだってこと?」
いままで黙っていた創英君が、その口を開いた。それを聞いて加恵は少し赤くなっている。
「えっ……。う、うん……」
信彦だって、何度も加恵のところに来ていたし。これで片想いだったら、加恵によほどの自信があったとしか思えない。
「じゃあ付き合わないのはその必要性がないからというだけであって、もし幼馴染みでなければとっくの昔に付き合っているということ?」
「そう……なんじゃないかな……」
多分、幼馴染みだからああして仲がいいんだろうと思う。
「じゃあ信彦君の目が他の人に向くなんてことは、一切心配してないってこと?」
「もっ、もちろんっ」
いや、そうは言っても明らかに焦ってるとしか思えない。しかし創英君、何もそんな質問をしなくてもいいのに。
「じゃあ加恵さんも他の男なんて目も触れずに信彦君に一途なんでしょ?」
何をいまさらそんなこと、訊くまでもないだろうと思う。加恵は滅多に赤くなることなんてなかったのに、今はよく創英君もここまで赤くしたなというくらい赤くなっている。
「もう、なんでそんなこと訊くの! わざわざ言わなくてもわかってるでしょ! 何度も言わせないで!」
これでは恥ずかしくて赤くなったのか、怒っていて赤くなったのかわからない。
「そう、か……」
なんだか創英君は鎮痛に受け止めてるし……。本当に何かがおかしいな……。
要するに、ああやって今の加恵がいられるのは信彦のおかげだということだろう。もし彼を欠くようなことが起こった場合、加恵は私の高一のときみたいに沈んでしまうか、ひたすら色んなことにやけになるだろうと思う。まるでお酒が入ったような感じだろう。いままで信彦のおかげで押えられていたものに、重しがなくなるのだから仕方ない。そうなるとそういうことを経験済みの私ですらどうしようもないと思う。
一方、創英君は何か様子がおかしい。加恵が入って来たときの挨拶もそうだ。何だか緊張しているというか、躊躇っているというかそんな感じだった。それに加恵が怒ったときの質問も何かおかしい。どれも訊かなくてももう分かっているような質問だし。まるで何かを確かめるような感じがして……。

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