その14 私事、でも他人事 ─ 創英
実際、言われてみればそんな気もしないことはない。そんなこともあったようなというような響きで頭の中に入ってくるのだ。だから完全に忘れているわけではなくて、ただ箪笥とか押入れみたいなところに仕舞われているだけかもしれない。でも記憶喪失になる前の僕と、今の僕では全くの別人格らしい。それは一人称が違うことからもわかるらしいし、話し方が違うことからもわかるらしい。 とりあえずここで美由さんや加恵さん、信彦君、義直君から聞いた色んなことをまとめておこうと思う。 まず僕の高校生以前の同級生には、一切連絡していない。だからその頃の僕が一体どんな人であったかなんて全く知らない。でもそのことを知らずに僕の周囲を取り巻く人と接するにおいて、大した影響はなさそうなので、また時間があったときに連絡をいれてみようと思う。 高校一年生。 どうやらこの時はまだ美由さんと一切の面識がなかったらしい。まあ彼女がそういうだけであって、もしかすると僕は彼女の存在に気がついていたかもしれないが。 一方、加恵さんと信彦君は僕と同じクラスで、加恵さんとは同じ班にもなったらしい。この時点ではまだ二人とも美由さんと面識がなかったらしい。そしてこの二人は幼馴染みで、家も近いらしくずっと仲がいいらしい。二人が喧嘩をした経験は聞いていないから分からないが、聞いている限り多分ないと思われる。 信彦君から聞いた話によると、加恵さんは社交的で友達も多いらしい。どちらかというと憎まれるよりも好かれることの方が多いらしい。中学校のときなんかは、ライバルがたくさんいて困ったなんて言っていた。ようするに加恵さんはモテると言いたいらしい。まあ無理もないと思う。それと、どうやらお節介好きらしい。そのおかげで僕と付き合うことになったと美由さんが言っていた。 一方加恵さんから聞いた話によると、信彦君は曖昧なことが嫌いらしい。ようするにはっきりしていないと気が済まない完璧主義ということだろうか。僕から見る信彦君はそんな感じではないのだけれども。あと加恵さんが言うには、信彦君とは付き合っていないらしい。でもよく一緒に病室にはやって来るけども。 そして肝心の僕自身は一体どんな人だったかというと、男友達は多かったらしいが女友達はそんなにいなかったらしい。でも、よく加恵さんに話し相手になってもらっていたらしい。なんだか矛盾しているが、前者は信彦君が言っていたことで後者は加恵さんが言っていたことだ。 それからどうやら信彦君とは高校生の時分に深い関わり合いを持っていたわけではないらしい。ようするに単なるクラスメイトで、友達と語れるほどの関係ではなかったということだろう。それが何故見舞いに来るようになったのかというと、多分加恵さんのせいだと思う。彼女自身は僕と仲がよかったらしいし。 高校二年生。 このとき、僕と美由さん、加恵さん、信彦君は同じクラスになったらしい。僕と美由さんが付き合い始めたのは、この年の春過ぎで、加恵さんが言うには、美由さんが片思いだったのでそれに協力したらしい。そのとき、僕の様子を見たところはどうやら僕も片思いだったらしい。そのときの気持ちがどうあったかは知らないけれども。 それで、まあ色々あって加恵さんがきっかけで二人は友達になり、その後付き合いだしたそうだ。美由さんが言うには、加恵さんに僕のことが好きだということを察知され、仕方なく加恵さんに頼むことにしたらしい。なんだか矛盾しているけども、僕はその立場として美由さんのいうことを信じておくことにする。 それから数日は加恵さんと僕が話しているところへ一緒について行っていたらしい。片思いが本当の話なら、僕は気まずい環境におかれていたことになる。それから数日後、二人とも加恵さんに胸のうちを無理矢理明かされて──ようするにばらされたらしい──付き合うことになったらしい。これも矛盾しているけども、立場上美由さんのいうことが真実だということにしておく。信彦君によると、たしかに加恵さんに協力したところはあるらしいが僕と美由さんを結んだのは実質的には加恵さんらしい。 高校三年生。 どうやらこの時期に僕は美由さんと喧嘩したらしい。何がその原因で、結局のところどっちが悪かったかなんていうのは聞いていない。ともかく喧嘩によって一時期仲が窺わしくなかったらしいが、加恵さんのおかげで元通りになったらしい。 このとき、僕と信彦君、美由さんと加恵さんが同じクラスだったらしい。でも僕は信彦君に対して深く干渉していなかったらしく、単なるクラスメイトだったそうだ。そして、美由さんはよく僕のところへ来て話していて、信彦君は相変わらずよく加恵さんのところへ行っていたらしい。だからクラスが別々になったことは大した影響がなかったらしい。美由さんが加恵さんに仲裁を頼みやすくなったというだけのことだろう。 大学一年目。ようするに今年の話。 僕と美由さんは別々の大学に進んだらしい。加恵さんと信彦君については聞いていないが、少なくとも僕とは違う大学だろう。そしてその僕が入った大学で最初に友達になったのが義直君らしい。何か話が合うものでもあったのだろうか、彼は僕の変貌ぶりに驚いていた。それからとりあえず彼から大学の概要について粗方聞いた。通っている大学は帝典大学というらしい。この病院から、何駅か行ったところでそれほど遠い場所にあるわけでもないそうだ。駅から大学までは歩いて五分くらいでそれも遠いわけではないらしい。あと不思議なことに大学で習ったことは頭の中に残っていたので、夏休み明けに支障が出ることは少ないと思われる。 ところで、僕と美由さんの関係はというと。 夏休み前、ようするに僕が事故に遭う前にサイクリングに行ったらしい。そのときに久しぶりに加恵さんや信彦君と会ったらしい。それから、サイクリングに誘ったのは僕らしい。まあ、そんなことはどちらでもいいんだけど。 それ以前にも大学に入ってから何度か行ったらしい。電話の頻度は週に五回くらい。お互いの親は同じ病院の同僚なので、面識はあるものの二人については友達という扱いらしい。だから付き合っていることは秘密らしい。まあ、どちらでもいいんだけど。 あれから、僕の母は二、三日に一度くらいの割合で来た。父はこの病院で働いているので毎日顔を見ている。僕の担当医である美由さんのお父さんは毎日見るが、美由さんのことはあまり言わないのでバレていないことは本当のようだ。 母と美由さんは仲が良く、見舞いの席でもよく話している。でもまさか美由さんが毎日来ているなんて、そんなことは知らないだろうと思う。 父は美由さんが毎日来ていることを知っているらしく、よく仄めかしたことを言って部屋を出ていく。美由さんのお父さんは、当然美由さんが毎日来ていることを知っていて、診察のときによく美由さんと話している。それでも僕には美由さんのことを何も言わないのが不思議でたまらない。あえて触れないでおこうとかそういう魂胆なのだろうか。ともかく、毎日来る彼女にかかる負荷が心配でならない。 |